第151話 樹海でも、何か起きたみたいです。


「魔族の・・捕虜?」


「・・すでに息を引き取りましたけれど、使者であった可能性があると、闇谷の者は考えています」


 義母、サリーシャ・リーンラムが言った。


「誰から誰へ? 交渉とかです?」


「異世界人を相手に何らかの交渉を行おうとしていたようです」


「異世界人?」


 俺じゃ無いよな?


「ええ・・樹海のアズマ様達であろうと、闇の長も言っておりました」


「ふうん・・」


 じゃあ、俺には関係の無い話かなぁ・・。


「すでに接触を持った後・・魔界へ戻る途中での捕縛でした」


「・・あら」


 つまり、アズマ達と接触済みという事か。


アズマ達は何と言っていました?」


「それが・・魔族とは会っていないと」


「ふうん・・すると、一緒に居る女の子の誰かかな?」


「どなたも知らないそうです」


「・・・ふうん」


 あまり良い感じじゃ無いねぇ。


「元々、アズマ様達は樹海とは縁の無い方々です。やはり、異世界人という事もあって、お互いに少し距離を置いてしまっておりますし・・」


「まあ、あれくらい強くなると、アズマ達だけでも生きていけるでしょうから・・いつもいつも樹海の都合で戦ってはくれなくなるでしょうね」


「・・はい。戦死者が出て以降、特にそうした雰囲気が顕著になっており、森の民エルフも、獣人達も、どうしたものかと対応に苦慮しているそうです」


「やれやれ・・」


 あちこちで争乱の気配が濃くなってきた時期になって揉め事ですか。


 樹海の民としてはアズマ達に去られる訳にはいかないだろう。あの手この手で御機嫌取りをやっているのかな?


「同じ異世界人として、アズマ達の気持ちは理解できますねぇ」


「・・こちらにも、魔界からの誘いが?」


「無いですねぇ・・別口で支援要請を受けたので駆けつけるところですけど」


「ユノン・・なんとか出来ないかしら?」


「お母様、私は独りユノンとなり、コウタさんに嫁ぎました。今は、ユノン・ユウキです」


「・・ご免なさい」


「ですけど、闇谷に危機が迫るようなら、旦那様におすがりするつもりです」


 ユノンが笑いを含んだ視線を向けてくる。かねてから打ち合わせてある事だ。有事の際には、闇谷、大鷲オオワシ族の集落、神樹・・の順で助けに向かう事を取り決めてある。


「ユノン・・コウタさん」


 義母がほっと安堵の息をついた。


「何かあれば、ユノンに念話を・・届かない距離に居る時は、大鷲オオワシ族に連絡してください」


 念話の中継基地とでも言うべき、拠点を点在させて駐在を置いている。


「心配しているかもしれないので言っておきますけど、俺はノルダヘイルという国の国王です。同じ異世界人だからと誘われたところで国を放って何処かへ行くような事はしません。まあ、あちこち遠征することになりそうなので、微妙なんですけど・・」


「心強いです。感謝します」


 義母サリーシャが深々と頭を下げた。


「お母様・・」


 ユノンがサリーシャのかたわらにしゃがんで顔を覗き込んだ。


「コウタさんもおっしゃいましたが、ユノンも、谷に危難が迫れば闇谷に駆けつけますよ?」


「・・ありがとう、ユノン」


「クインルー義姉様は?」


「・・戦人いくさびととして・・最後の1人として責務を果たそうと・・危ないくらいに気負っていて・・あれでは、戦いの場で冷静な判断は出来ないでしょう」


アズマ達に監視を?」


 俺は、お茶をすすりながら訊いた。


「・・森の長に依頼されて、闇谷の者がついております」


「放っておくのが一番良いと思いますけど? 見張るような事をしていると、あいつはへそを曲げますよ?」


「やはり・・そうなのでしょうね」


「まあ、もう遅いかなぁ」


 俺は嘆息した。あのハーレムキングが、監視の眼に気付かないはずが無い。魔界へ行くという選択はしないと思うけど、樹海を出て別の場所へ行くという可能性は十分にある。むしろ、今まで樹海に留まっていた事が不思議なくらいだ。


「・・ところで」


 俺は強引に話題を転じた。だって、このままだと、アズマ達の真意を訊いてくれだの、説得してくれだのという流れでしょ? 勘弁してください。今、ちょっと気まずいので会いに行きたくないんです。


「悪魔王という奴を知っています?」


「・・悪魔!?」


「悪魔王の手下というのが、こっちの世界に攻め込んできているそうなんですけど」


「あ・・悪魔の・・凶魔兵がっ!?」


 サリーシャ・リーンラムの顔貌が真っ白になった。


「凶魔兵と言うんです? チュレックに来ちゃってるみたいですけど?」


「魔族どころか・・悪魔まで・・」


「お母様」


 ユノンが心配そうに母親に寄りそう。


「ユノン・・た、大変よ!」


 サリーシャがユノンにしがみつくようにして声をあげた。


「お母様は、どういった存在なのか御存じなのですね?」


「知っているわ。かつて・・凶魔共と戦ったことがあるから。あいつらが、またい出て来たの?」


「・・強いです?」


「個々の力も脅威ですが、何よりも凶暴さが怖ろしい」


「魔族よりも?」


「魔族というのは、魔界の住人というだけのこと。文化や慣習の違いで、こちら側とは相容れない部分が多くあるけど、決して意思の通じない相手という訳では無く、古くは商取引なども行われていたほどよ」


「ほほう・・」


 確かに、迷宮で会った魔族は、普通に会話が成立したし、人より知性的ですらあったけど・・。


「だけど、悪魔は・・悪魔族は違う。私がるのは、数多くの凶魔兵と、1匹の悪魔のみだけど・・思い出しても身の毛がよだつ生き物だった。あれは・・他の生き物を殺戮することだけを目的に攻めて来るの。支配することも、何かを略奪することもしません。ただただ殺すために行動するのよ」


「・・言葉は通じない?」


「少なくとも、凶魔兵には通じないわ。明確な階級か・・役回りのようなものが決まっているようだったから、部隊長のような、もしかしたら、そうした存在なら意思疎通が図れるのかも知れないけど・・」


 なんだか、ヤバそうだ。


「凶魔兵は、どんな感じの・・形とか大きさは? 何をやってきます?」


「大きさは・・そこの扉くらい。そう、サソリのような尾に強靱な脚・・両腕は長くて細かった。手の指は3本で鉤爪が長い。頭部は眼や鼻の無い・・こう、鸚鵡オウムクチバシみたいな形状で・・口を開くと牙が無数に並んでいて」


 サリーシャ・リーンラムが凶魔兵の姿形を詳細に説明してくれた。腕は細いのに、鋼板の門扉を一撃で引き裂いたそうだ。


「大魔法を使ったところを見たことは無いわ。でも、発火の魔法を頻繁に使ってくる。それと、血・・体液は鉄を溶かすほどの酸よ。あと、部隊長の凶魔兵は、口から真っ黒い毒と酸が混ざり合った唾液を飛ばすわ」


「なるほど・・」


 身長というのかな? 体高は2メートルほどで、鋼板を引き裂く爪と腕力で、血が強酸で、毒と酸を吐いて・・。


「鱗とかあります? こちらの武器や魔法のとおりは?」


「ある程度の強打、馬による突撃槍や強弩など、当たる角度が良ければ鱗を貫けたわ。ただ、ハリネズミのように槍を突き入れて、強弩の矢が突き立っても簡単には死なず、その姿でなお襲ってこようとする。あれは、傷みを感じず、死の恐怖といったものが無いのだと思うわ」


「・・厄介な奴だな」


 聴いているだけで頭とお腹が痛くなりそうです。

 そんな凶悪な奴が・・兵士?

 もしかして、いっぱい居るんです?


「いったい、どれほどの数が居たのか・・神々よりつかわされた天使様と龍帝率いる龍族が迎え撃ってくれたおかげで、この樹海は何とか護られたけど・・」


(うわぁ・・いっぱい来るのか、そんな奴等が・・その上、部隊長? えっ? 悪魔王って、もっととんでもないんだよな?)


 サクラ・モチに引きもっていたら見逃して貰えないでしょうか?


「あれ・・スピナさんが、魔族の何某なにがしが悪魔ちしたって言ってたけど・・悪魔って、元は魔族なの?」


「分かりません。でも・・あの方が仰るのならば・・そうなのでしょう」


(う~ん・・これ、アズアズ言ってる場合じゃ無いね)


「ああ・・それから、馬より速く走ります」


「ははは・・それはもう、何て言うか・・兵器じゃん」


 俺は乾いた笑い声を立てながら頭を抱えた。


(今から、その凶魔兵とかと戦いに行かなくちゃいけなかったよね?)


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