第146話 熱闘


 キィィィアァァァァァァッーーーーー



 甲高い悲鳴が響き渡った。


 それがとある少年のものだと知っているのは、俺とユノン、デイジー・・そして、船精霊のカグヤだけだ。


 肉も金属も腐食して、歪な骨格だけという姿になったエメラルドという少年だったものが、足下から生え伸びた漆黒のはりつけ台に無数の針によって縫い刺しにされて固着され、得体の知れない気体に包まれて薄皮をぐようにして表面から溶解されていく。


「・・ディジェーラ姉様、サンアープ姉様の仇です。そのまま苦しみ抜いて滅びなさい」


 ユノンの紫瞳が昏い炎を奥底に宿して見つめている。


(コウタ君、夫婦喧嘩をしちゃ駄目だぞ?)


 自分に言い聞かせつつ、俺は方上に浮かんでいる船精霊カグヤを見上げた。



『空間の封印は完全です』



 俺の視線の意味を察して、軍服女子が即応してくれる。本当に優秀な精霊さんです。まあ、実際は精霊とはちょっと違うのだけど。



「よし・・情報の記録も・・当然出来ているな?」



『はっ!』



「おまえは有能で助かる」



勿体もったいなき御言葉っ!』



 カグヤが誇らしげに胸を張った。時々、時代劇入るよね、この軍服女子さん。ゲンザンとかの真似をしているのかな?



「あれを救出に接近するものは無し・・か?」



『はっ! 探知網に反応出ません』



「そうか」


 宝石名を持つお仲間が助けに来るかと期待していたのだけど・・。さすがに一網打尽とはいかないようだ。


 だけど、念には念か・・。



「もう少し、探知を行ってくれ。あれの封印も継続だ」



『了解であります!』



「デイジー」


「はい?」


「神聖障壁を巡らせておいて」


かしこまりました」


 何故とはかず、デイジーが即座に呪文を唱えて神聖術による物理障壁、魔法防壁を幾重にも展開していく。


(何か聴こえる?・・いや、これは音じゃないか?)


 ここ数時間、俺の耳が何かを聴き続けていた。


 ルビー、オニキス、ダイヤモンド・・少なくとも3人ほど、厄介そうな敵が潜んでいる。それが、異界に居るのか、すでにこちらに侵入しているのかは不明だ。エメラルドは何も話さなかった。


(まあ、3人居るというのも、本当かどうか怪しいけどね)


 それにしても・・。


(やっぱり、何か聴こえる)


 空気が振動しているわけじゃない。エメラルドから魔力のようなものが出ている感じはしない。よほど注意しないと拾えない音・・いや、気配?


「コウタさん?」


「ユノンは、そのまま続けて」


「・・はい」


「カグヤ・・人が感知出来ない何かが・・震動か、流れて動くかしていないか?」



 漠然としていて、どう説明したら良いか分からないけど・・。



『粒子・・粒子体の移動が見られます!』



「距離と位置」



 言いながら、俺は個人倉庫から愛槍キスアリスを取り出して握った。



『艦内に・・動力部に向かっております!』



「デイジー、ここを任せる!」


「はいっ!」


「カグヤ、他区画に別の侵入物が無いか調べろ!」



『はっ! 直ちに!』



「俺を動力部へ転送っ!」



 声を掛けつつ、床に光る転送円へ跳び乗る。



『はっ!』



 鋭い返事と共に、俺の視界が一変し、広々とした区画に転送されていた。


(粒子ね)


 粒子って見えるの? ツブなの? コナなの? 大きさは何ミリ?


(あれ・・これって、物理は絶望的? 槍じゃ無理っぽい?)


 魔法じゃないと捉えられないとか? 俺、最悪の相性なんじゃ?


(いやぁ・・これは、失敗したかも)


 デイジーとかユノン向きの相手のような・・。



「カグヤ、艦内の索敵と俺の支援は同時にできるね?」



『はっ! 問題ございません!』



「よし・・それなら」


 言いかけて、俺は動力区画の内部に視線を巡らせた。


「来たね」



『はっ! 粒子体の23%が侵入しました。こちらでは無く、駆力変換炉へ向かうようです』



「そうはいくか」



 ・・月兎の猿叫っ!



 耳で捉えている物体めがけて挑発の声をあげた・・はず。これ、自分では何も聞こえないんだ。



『粒子体の動きが停止。こちらへ向きを変えます』



 よしよし、挑発に乗ってくれたらしい。粒々ツブツブになっていても音は聞こえるのか?



「カグヤ、粒子を閉じ込められるか?」



『短時間であれば』



「正確に」



『2秒を下回りません』



 結構短いね・・。2秒と考えておこうか。



「よし、俺が合図するまで姿を消しておけ。合図で封印後、思いっきり圧縮して小さくしてくれ」



『了解です』



 返事と共に、カグヤが消えた。



「粒子体とは、オシャレじゃないか。宝石ちゃん」


 とりあえず、挨拶をしておく。姿を見せ無いことも立派な戦い方だし、優位性だろうから、返事は返らないだろうと思ったのだけど・・。


「なぜ、宝石名だと知っている!?」


 驚愕した声と共に、燃えるように赤い髪をした少女が・・いや、声の感じからして少年が姿を現した。歳は12、3歳くらいの外見をした、ちょっと女の子っぽい男の子だ。


 こいつ、阿呆の子かもしれない。


「ルビーちゃんか」


「き、貴様っ、どこで我の名を!?」


 いちいち声を上げるお子様です。


「堂々と姿を見せたということは、戦いの流儀というものをわきまえているね。お前の主人はなかなかの人物なのかな」


 まずは褒めてみる。


「むっ! ほ、ほう、分かるか? 我の主人の尊さが?」


 少年が嬉しそうに相好を崩した。


 なんか、ちょろい・・。


「当然だろう? 主人の風格はそれを慕う者達に見習われるものだ。お前の立ち振る舞いを見れば、良き主人であることは明白だよ」


 ゴメン、自分で言っておきながら頰がりそう。舌がもつれそう。


「ほほう・・いや、貴公はなかなかに物の分かった御仁だな」


 少年が、えらく時代がかった物言いをする。先のエメラルドも小姓がどうとか言っていたし、なんか妙なルールがあるのかな?


「ははは・・どうせ戦い合えばどちらかが命を落とすんだし、始める前に少し話をしないか?」


 俺はざっくばらんな雰囲気を作りながら笑って見せた。


 なんか、普通に時間が稼げそうな雰囲気ですよ? 敵を前にベラベラお喋りとか、頭がおかしい子なのかも・・?


「・・うむ、さすがに並んでという訳にはいかぬぞ?」


 少年がキョロキョロと周囲を見回す。そのくらいの警戒心はあるのか?


「このままで良い。互いに・・3メートルで正対しよう」


「うん、良いな。良い距離だ」


「粒子体・・という呼び方が正しいのかは分からないけど、こうして向き合っていても、まるっきり一個の人のように見えるね」


 ちらっといてみる。少しでも情報を引き出して活路を見出したいところだけど・・。


「ふふふ、個にして全・・とは、我の主人が口癖にしていらっしゃった言葉だが、武器でも魔法でも傷付かぬ微細な粒子の集合体ゆえに、我を防げる者はおらず、主人の剣として数多くの猛者達を葬ってきた」


 よく喋ると思ったら、自信の裏返しか? まあ、普通に考えて無敵だよねぇ。無双できちゃうスペックだよなぁ。


「そうだろうな。剣も魔法も効かぬとなれば、さて・・なかなかに厳しいな」


 いや、真面目にどうすんのコレ・・。卑怯チート過ぎるだろう。


「ふふ、貴公は素直だ。ただ、我にも弱みはある。それは・・」


「おい、その先は言うべきじゃない」


 一応、止めるフリをしつつ、ワクワクしながら弱点の暴露を待つが・・。


「・・いや、良いのだ。単に活動できる時間が短いというだけのこと。時間が切れたとしても、粒子となって散るだけだし、いずれは魔力を吸収して元に戻るのだから」


 とんだ、ガッカリ情報でしたぁ~。


「便利な体だな」


 苦笑して見せつつ、俺は内心で頭を抱えていた。さあ、どうしましょう? こいつ、なかなかの困ったちゃんでしたよ?


(攻撃は無効・・カグヤの封印でも2秒ちょいしか閉じ込められない)


 手詰まり感が酷い。どうしたものか。


「もしかして、粒子を半分に別けて、敵を前後から挟み討ちとかできる?」


「いや・・便利なようで制約はあるのだ。壊れないというだけで・・頭は頭がある場所に、心臓は心臓がある場所に存在しないと駄目だ。人の姿を保たないと精神が崩れるのだと、タケシ様は仰っていた」


「それもそうか」


 つまり、目の前の少年は100%の粒子が集まって形成した姿で、別の場所に漂っているツブは居ない・・という意味かな?


 俺は小さく息をついて、改まった表情で粒子の集合体を見つめた。

 方法は一つしか思いつけない。あまり良い未来は思い描けないけども・・。


 やってみるしか無いだろう。


「そろそろ、やるか?」


「・・うむ、良かろう」


 少年が頷くのを見てから、俺は槍を構えた。愛槍キスアリスではなく、ただの鋼の槍だ。変に警戒されて想定外の動きをされると困るからね。


「頭か、胸の粒子を破壊できれば・・俺が勝つにはそれしか無いらしい」


 頭か胸を狙いますよ・・という意味だよ? 伝わったかな?


「理屈ではそうだが・・いや、全てを知って槍で挑もうとする貴公に、これ以上の問答は失礼か。せめて、苦しまぬよう全力で参ろう」


 そう言って、両手を左右へ拡げた少年の体から凄まじい熱が噴き上がった。


「主人によって、フレアバーストと命名された技だ」


「なるほど・・」


 3メートルの距離でも、お肌がチリチリと焦げてるんですけど・・。


 まあ、粒子に戻って姿をくらまされるより良い。とにかく、目の前に全部の粒子が集合しているということだ。


「では俺も秘奥義を見せないといけないな」


 俺は薄く笑みを浮かべながら鋼の槍を構えた。


「ほう?」


 もう駄目、熱過ぎる! 髪の毛、燃えちゃう!



「カグヤ!」



 合図の声を掛けながら瞬足で跳ぶ。



『はっ!』



 短い返事と共に、



「な・・べぇぅ」



 妙な声を残して、熱々の粒子少年が透明な立法体に包まれ、瞬時に圧縮されて、一辺が3センチほどに縮んだ。


 2秒間しか封じられないにしても・・。


 そこに大きな口を開けた俺が突っこむなり、一口で立方体を頬張り、迷わず呑み込んだ。


 直後、


(ぼわっちぃぃぃぃ・・・)


 両手で口を押さえつつ床を転げ回った。灼熱の塊が胃袋で暴れ狂っていた。すでに2秒は過ぎ、粒子少年を捉えた立方体は消え去っている。代わりの封印が、俺の胃袋・・神兎の胃袋なのだった。



『灼熱の粒子少年』バーサス『底なしの神兎の胃袋』



 今、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされたっ!



(ぅぼあぁぁぁぁ・・・)



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