第143話 お人形と依頼


 下着から肌着、スカート、ドレスにズボン・・。


 次から次に部屋に届けられる衣服。


 そして、それを次から次に着せられるお人形さん。


 そう、俺である。


(俺は、男だっ!)


 とえたい・・けども、今は女だった。もう、完全なる女の子。それも、ちょっと類を見ないほどの綺麗な顔立ちの幼女なのです。


 ユノンもデイジーも、旅館の女主人ホウマヌスさんまで夢中になって、俺にあれこれ衣装を着せて遊んでいる。


 まあ、もう・・好きにして下さい。


 タケシ・リュードウの呪いから脱け出る方法を見つけただけで、ボクは満足ですよ。


 ユノンとデイジーには、散々辛さんざんつらい思いをさせたしね・・。着せ替え人形くらい、喜んでやりますとも。


「ちょっと化粧とかしません?」


 ユノンが紫瞳をきらきら輝かせていてくる。


「い、いや・・それは」


 さすがに化粧までは・・。


「駄目ですか?」


 ユノンが悲しげにうつむく。


「あ・・いや、良いよ。うん・・任せます」


 男、コウタ・ユウキ。奥さんを悲しませるような事はしません!


「やったぁ! じゃあ、デイジーさん、ホウマヌスさん・・」


 ユノンがはしゃいで手を叩き、デイジーとホウマヌスと楽しそうに打ち合わせを始めた。


(まあ・・楽しそうだから良いかな)


 俺、何をされても文句を言えないくらいに非道ひどい事をいっぱいやったし・・。


 自分の中で何か大切なものが失われそうだったけども・・。


(何か他の事を考えよう)


 俺は眼を閉じて、魔神酒の入手方法について思いを巡らせることにした。


 当てはある。


 と言うより、例のお店である程度の情報は得られるだろう。そして、龍帝・・。あいつには、どうであれ、お礼参りに行かなければ気が済まない。

 あの龍も、何だかんだ言って、かなりの物知りだ。きっちりと情報をひきださねば・・。

 後は、チュレックの国母様に、樹海の神樹様・・。


 いつぞやの魔神や月光の女神様と会話できれば良いんだけど・・。


(まあ、なんとかなるだろう)


 ちょっと予想の外だったけど、こうしてユノンやデイジーを苦しめない方法が見つかったのだし、旅館の女主人にはちゃんとお礼をしないといけないな。


(・・フェロモンか。いや、もう違う能力名なのかな? まあ・・どっちにしても、もっと早く・・ユノンを苦しめる前に使えるようにならないと)


 理屈で言えば、発情、即の使用で鬼畜化は回避できるだろうけど、それだと男の子として淋しい。世間並みに夫婦の営み的な行為をして、それ以上のレッドゾーンに踏み込みそうなところで幼女化して回避というのが理想的なのです。


(・・あれ?)


 でも、これってリュードウが言っていた『3日間で1000回しないと死ぬ』という条件をクリアできて無いよね? 俺、死んじゃうの? 幼女化したまま?


(命のスペアはあるけど・・)


 リュードウの仕掛けだ。スペア無効くらいの悪辣な仕込みをしていそうな気がします。だって、あいつ頭はおかしいけど、実際のところ凄い魔法使いだし。神々までたおしたとか、ちょっと尊敬しちゃうよなぁ。馬鹿だけど・・。


オスの獣心を消し去る事で、クリアかどうか・・3日経てば判るのか)


 今回は、1日ちょっとで正気を取り戻して幼女化している。あれから半日近くも着せ替え人形状態だから、多分、残り1日くらいかな?


 ぼんやりと考え事をしていると、


(ぁ・・)


 お腹が可愛らしい音を鳴らした。


「まあ、申し訳ありません。食事の時間を忘れておりましたね。すぐに用意させましょう」


 旅館の女主人ホウマヌスが慌てた声を上げて、小走りに部屋から出て行った。


「・・って、うわぁ」


 目の前に、どこかの御令嬢がたたずんでいらっしゃいます。いや、それが自分の姿だと分かっているけども・・。


「これ、凄いねぇ」


「とっても綺麗です。コウタさん」


「本当に・・どこの王族の姫君にだって負けませんよ」


 ユノンとデイジーが何やら誇らしげに褒めてくれるけど、素直には喜べないのです。と言うより、いつの間に、こんな高価そうなドレスやら宝飾品やらを装備させたのですか? 黒を基調にしたドレスは、ユノンの趣味ですよね? サイズがぴったりなんですけど、どうやって調達したんですか?


「はぁ・・もう、ユノンとデイジーだから良いけど」


 こんな姿、他の人には見せられないよなぁ。


「変装する時とか良いかも知れません。とても可愛いですし」


 ユノンが悪戯っぽく微笑した。


「いいえ、お方様、このような可憐なお姿では、人攫ひとさらいに狙われてしまいます。危険過るのではありませんか?」


 デイジーが不安げに眉をひそめている。


(楽しんで頂けて何よりです)


 俺は、あきらめ顔で座っていた。もう、この2人に何を言われても腹が立たない。全てを許しちゃう自分がいます。


(ふうん・・)


 小ちゃな手だな。指も触れたら折れそうなくらいに頼りない・・。


(・・って、あれれ?)


 何だ、これ? 不意に頭の中に、あれこれ情報が流れ込んで来る。文字だったり、映像だったり、音だったり、匂いだったり・・膨大な量の情報が脳に押し寄せて来た。


「コウタさん!?」


「どうされました?」


「ぅ・・こ、これは?」


 額を抑えながら、俺は乗り物酔いのような嘔吐感にさいなまれ、胸元を抱えて身を屈めた。とにかく、じっとして動かずに耐える。ガンガンと何かで頭を殴られているかのようだ。


「コウタさん!」


「コウタ様っ!?」


「・・吐きそう。頭痛い」


「デイジーさん、神聖術を」


「はい!」


 ユノンの指示で、デイジーが急いで癒しの術を使い始める。


(これ、記憶・・歴史?)


 "世界の記憶"とでも言った方が良いのかな? とんでもない量の情報が延々と果てる事無く流れ込んできていた。


 ユノンに背をさすられ、デイジーの神聖術を浴びながら、なんとか気を失わないように自我を保ち続ける。ったところで、到底理解できない・・。模様のような文字列が混じり、断片の映像には人では無い生き物の記憶、感情が混ざり合って濁流になっていた。


「コウタさん?」


「大丈夫・・ありがとう、2人とも」


 身体が、脳が慣れてきた。気づけば嘔吐感も消えている。


(・・あ、ちらっとリュードウが居た?)


 断片の映像に、リュードウの姿が見えたようだった。


(誰の記憶なんだ、これ?)


 疑念を持つ余裕ができた頃、意識が白々としたものに覆い尽くされていった。


 この過程を知覚できたのは初めてだったけど、


(これ、神様に召喚されたかな?)


 覚えのある感覚だった。


 案の定、身体が消え去り、視界が真っ白に塗り潰されている。



『コウタ・ユウキよ・・』



「ん・・あ、最初の・・神様?」



 この異世界にとされた時に簡単な説明をして、模写技を授けてくれた神様の声だった。



『覚えておったか・・人の感覚では久しぶりということになるかの』



「そうですね。随分、経った気がします」



『はて・・性別は男だと思うておったが、見誤っておったかな』



「いいえっ! 神様のお見立ての通り、男子でございますよ! ちょっと事情があって、こんな姿になっちゃいましたけど」



『ふむ・・・ほほう、なるほどのぅ、面白げな事をやったようだの。良い目の付け所じゃが・・少しいびつな術になってしまっておるな。修正しておいてやろうか』



「ふ、ふおぉぉぉーー」



『よし、こんなものじゃな。先のままでは、永遠に男に戻れぬからの』



「ひゅぇ・・」



 おかしな声が漏れた。



『魂核に影響を及ぼすほどの魔術か・・タケシ・リュードウの執念は凄まじいな』



「創造の杖を使ったんでしょ?」



『あの錫杖だけでは、これほどの力は得られぬよ。あやつめの研鑽の成果じゃな』



「リュードウ、恐るべし・・」



『女人化を解きたい時には、月光を角に浴びよ。多少の時間はかかるが元の性へ戻ることができる』



「ありがとうございます! 3日くらいですかねぇ?」



『ふむ・・そうじゃな。月が満ちておれば半夜、大きく欠けておれば3日ほどかの』



「なるほど」



 満月、凄ぇぇ・・。



『さて、コウタ・ユウキよ』



「引き受けましょう!」



『・・何も聞かぬ内から軽率な』



「俺は、恩と恨みは忘れません」



『引き受けずとも良いのじゃぞ? 神々の勝手な都合ゆえ・・』



「いいえ、引き受けさせて貰います」



『・・そうか。我らとしては助かる』



「それで、何をすれば?」



『神界を護って欲しい』



「・・・・ほう」



 いやっ・・いやいやいやっ、話が大き過ぎでしょ?



『得体の知れない異界の武器が神界めがけて撃ち込まれておる』



「ふむぅ・・」



『現世に肉体を持たぬ我らを滅する力を有しておってな、幾柱もの神が討たれておる』



「それ、ヤバいじゃん」



『かなり、ヤバい』



「ええと、それってアレでしょ? 蛙巨人とか、でっかい蜂とか送り込んでる奴が犯人でしょ?」



『そうなのだが、なかなかに手強い。攻め手が出払った隙を突かれ、防備が手薄になっておる』



「もしかして、さっき俺の中に流れ込んできた情報って・・」



『滅せられた神々の記憶じゃろう。リュードウの術によって、コウタ・ユウキの魂核は色々と複雑な事になっておるからの』



「俺、人間ですよね?」



『・・・大きな枠組みでは、人と呼んでも差し支えは無かろう』



「いやいやいやいや・・ちゃんと人間ですって!」



『まあ、そう言っても嘘にはならん』



「ちょ、ちょとーーーー?」



『そんな事より、異界の武器の破壊を依頼したい。引き受けて欲しいと思うが・・どうかの?』



「・・・まあ、やりますよ。1つだけ条件がありますけど」



『何かな?』



「俺の船、サクラ・モチと、カグヤの能力を完全回復して下さい」



『ふむ、なるほど・・異界の武器には、異界の武器か。良かろう。神々の意見を取りまとめ、時限措置として、能力制限を解除させよう』



「解除が確認でき次第、速やかに捜索して撃滅いたします」



 真っ白な中で敬礼して見せた。


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