第140話 光明


「できるんですか!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。


 だって仕方がないんだ。目の前にいる妖艶な美人さんが、タケシ・リュードウの呪い・・みたいに勝手に発動する力を制御する方法があるって教えてくれたんだから。


「消し去る事は出来ません。しかし、ご自身の支配下に置くことは可能です」


「おおぉぉぉ・・」


 俺は思わず、隣に座っているユノンの手を握った。


「よかったですね」


 ユノンも安堵の笑みを浮かべた。


「ただし・・ここからは取り引きになるのですが」


 女主人が幾分か声を潜めた。


「お教えする前に、ある物を用意して欲しいのです」


「・・難しい物なんでしょうね?」


「難しい・・のだと思います。この世には存在しない物ですから」


 それって・・無理なんじゃ?


「でも、俺は・・俺には、できると考えていらっしゃるんですね?」


「占った・・と申せばおわらいになりますでしょうか? こう見えて、占いを得意としておりますのよ?」


 この仮面の美人さんは、占い師もやっているらしい。


「その占いに俺が出たんですか?」


「はっきりと視えた訳では無いのです。まだ薄い・・可能性の糸のようなはかなさでしたが・・」


「ふうむ・・いや、それが何であれ、リュードウの呪いを抑える事ができるのなら・・俺は引き受けますよ」


 他に選択肢は無いじゃないか。龍帝にいたって、知らんの一言しか返ってこない可能性が高いのだ。


「・・では、正式な依頼としてお願い致しましょう」


「はい」


 俺はしっかりと頷いて見せた。やるしか無いのだ。わずかに見えた光明なんだから、なんとか情報を手に入れないと・・。ユノンとの幸せな夫婦生活のために・・。あぁ、デイジーも込みで。


「魔神酒を手に入れて頂きたいのです」


「魔神・・の酒ですか?」


 神酒みたいなもの?


「神々の酒・・その中でも、魔神に祝福された酒があるのです」


「ほほう・・」


 当てが有るような、無いような・・。


「量は?」


「ごく少量で構いません。酒杯の半分ほどもあれば・・」


 女主人が指先で酒杯の大きさを描いて見せた。まあ、猪口ちょこくらいの感じだろうか。


「ちなみに、その魔神酒というのは、どういった効能が見込まれるのですか?」


 神酒は生命力を与えたり、傷や病を治したりだったけど。


「・・魔障を源に生まれし者達にとっては至高の活性薬・・貴方達にとっての神酒と同様に傷病を癒し、生命力を増す働きがあると言われております」


「なるほど・・」


 神酒の魔神版ということかな?


「かつて・・」


 女主人が何かを言いかけて、口をつぐんだ。


「はい?」


「同じ依頼を受けて下さった方がおります」


「・・どうなりました?」


 多分、失敗したんだろうけど・・。


「そのまま、戻って来ませんでした」


「あらら・・」


「とても力のある方でしたので、あるいは・・と期待したのですけどね」


 女主人が淡く笑った。


「人間です?」


 そんな気がした。


「・・タケシ・リュードウ様ですよ」


「うわぁ・・そう来ました?」


 あいつ、こんな所でもやらかしてるのか。


「聴けば、大陸各地から女という女を集めて巨大な後宮を作り上げたのだとか。ユウキ様の身体に宿った力は、リュードウ様が数千とも、数万とも言われる後宮の女達全てとしとねを共にするために生み出したものでしょう」


「あいつ、神々と龍帝に退治されたらしいけど・・」


「愛人にしていた加護者の1人が裏切り、リュードウ様が大切にしていた錫杖を盗み出して行方をくらませたそうです。龍帝によって討伐されたのは、その後の事でした」


 はい、新情報出ましたぁーー。


「なんか、強い武器だったんだ?」


「創造の杖・・という名の神具です」


「・・ヤバそう」


 名前からして、何でもアリな雰囲気じゃない?


「杖の力で武器や魔法をいくつも創造し、リュードウ様は神々に比肩するほどの強者として君臨しました。実際に、幾多の神々を討ち取ったようです。杖を失わなければ、龍帝であろうと返り討ちにした事でしょう」


「なるほどなぁ・・あ、じゃあ、その杖があれば、魔神酒が作れるんじゃ?」


「そう思ったのですけれど・・」


 杖で創れたのなら、持って来たはずだろう。いつまで経っても、リュードウは旅館には現れなかったそうだ。


「杖を奪った女というのは、どうなりました?」


 杖の力で、どこかの女帝でもやったのだろうか?


「少年ですよ?」


「ふぁっ?」


 おかしな声が漏れた。


「創造の杖を奪った愛人は、当時12才の少年だったそうです」


「・・さいですか」


 コウタはらない情報を聴いた。記憶メモリから削除デリートすることにした。


「その少年は、リュードウ様が討たれた事を知り、自ら命を絶ったそうです」


「へぇ・・」


 もう、ゼロ興味である。


「後に、龍帝が創造の杖を回収し、神々の元へ送り届けたと・・」


 結構前から龍帝は神様側として動いていたらしい。


「じゃあ、杖は神様が持ってるのかぁ。ちょっと貸してって言うわけにはいかないだろうなぁ」


「もう神界から出すことは無いでしょう」


「・・そうだ。話は変わるけど、今押し寄せて来ているカエルハチは誰が操っているんです?」


 一応、いてみる。占い師っぽいし、何か知っているかもしれない。


「異世界人でしょう」


 あっさりとした回答である。


「へっ? いや、俺は何もしてないですよ? まさかのアズマ達が?」


「いいえ、他にも召喚された方や流れ着いた方はおります。リュードウ様もそうでした。幾人が生き延びていらっしゃるのかは分かりませんが、不老の力を得た方は少なく無いと思います」


「もしかして、何万人も居ます?」


 背筋が冷えるんだけど?


「さすがにそれほどでは・・リュードウ様の時代に大勢が命を落とされたようですから。ただ、子孫まで数えれば、数百人は存在するのではないでしょうか」


「子孫・・でも、ちょっと少ないですね?」


 リュードウやアズマのように、ハーレムを築いた奴がいっぱい居たはずだけど? それこそ、他の事を放り捨てて、朝から晩まで女の所に入り浸ったはず。


「異世界人の血はこの世界の住人とは交わりにくいそうです」


 こちらの世界の人間と恋をして夫婦になった例は数多くあるらしいが、子宝に恵まれた事例は極めて少ないそうだ。


「そうなんですか」


 なんだか悲しい情報です。俺とユノンはどうなんでしょうか? あと、デイジーも。


「・・ユウキ様は、私どもの世界についてお訊きになりませんね。魔界の方にお越しになった事がおありですか?」


 女主人が話題を転じてきた。


「まだ行った事は・・ああ、ちょっとだけ入った事があったんですけど、すぐに追い出されちゃったんで」


 某天空の迷宮から落ちた時に、ちょっとね? 軽く挨拶しちゃったよね?


「まあ、魔障気は平気だったのですか?」


「平気です」


 むしろ、吸ってエナジーにできるレベルです。怪しい精霊を見なくちゃいけませんが・・。


「こちらの世界に招かれて、まださほどの時が経っていないようですのに・・その、失礼な物言いになってしまいますが、魔力が無い身でよく生き延びて来られましたね」


「ははは・・魔力なんて飾りですよ」


 俺は高笑いした。


「さぞかし、強力な加護技を取得されているのでしょうね」


「ははは・・加護技なんて飾りですよ」


 もう一度、元気に笑って見せた。


「まさか、加護すら・・?」


「いえ、月光の女神様から加護を授けられています」


「まあ・・月光の」


 かつてのデイジーを見るかのような、反応に困った顔で女主人が口をつぐんだ。


「毒や麻痺といった状態異常が防げます」


 女神様をフォローしておく。


「ええ、それは存じておりますけど・・」


 口調に憐憫れんびんが・・。やめてください。


「魔界の皆さんは、魔力で相手をはかる感じですか?」


 みんなして、魔力、魔力と・・。


「初対面の時はそうですね。まずは魔力の量、操作の流れをることから・・そして、魔圧の見定めでしょうか」


「・・はは、それだと、俺は評価の対象にもなりませんねぇ」


 美人さんに言われると傷ついちゃうぜぇ・・。


「逆に不気味に感じる者の方が多いと思いますよ?」


「あれ?」


「この階層は、力の無い者が立ち入る事が出来ません。当人に力が無くとも、お連れの方が強いということになりますし・・そうした者を引き連れる地位にあるという事ですからね」


「なるほど・・」


 強い者を雇える力があるかどうかも、評価の対象になるわけか。


「ユウキ様の場合、お連れの奥様、ロミアム様は魔界でも強者となれるほどの方々です。ユウキ様を軽く見る者はおりますまい」


「ふうん・・」


 俺自身の強さを評価されないのは面白くないけど、ユノンやデイジーが認められるのは嬉しいね。口ぶりだと、この2人でもまだ強者の仲間入りができていない感じかな?


(魔界か・・)


 魔神酒というのを手に入れた後、ちょっと行ってみても良いかも?


「この場で、魔神酒を手に入れて下さる事を約定して頂ければ、ユウキ様の身に宿されたリュードウ様の秘薬に対抗する術を施しましょう」


「えっ!? 先にやって貰えるんですか?」


「ええ・・今のままでは、奥様の身に危険が及びますでしょう?」


 それでは、長い旅など耐えきれないだろうと・・。


「助かります。是非、お願いします」


 実際、こうして近くに座っているだけでも危険なんです。


「冥府の魔神様に授かりし、魂洗の技法を用います。魂に喰い込んだ暗示を抜き去るには、これしか方法が無いでしょう。創造の杖ならば可能かも知れませんが・・」


「・・創造の杖は別とすれば、最良の方法という事でしょうか?」


「そうなりますね」


「時間が経つと効果が無くなるという事は?」


「御座いません」


 女主人が首を振った。


「・・魔神酒を貴女に渡した後に何が起こるのか、聴いておきたいのですけど?」


 うはははは・・とか笑いだして世界征服するとか勘弁なんですが?


「当てが、お有りなのですね?」


 女主人の声が緊張を含んだ。


「仮の・・模造品まがいものでしたら、少し時間を頂ければ準備します」


模造品まがいもの・・と仰ると?」


「短い時間だけ魔神酒と同様の酒を用意できるという事です。時間が経つと、消えてしまう品・・夢のような代物ですけどね」


 多分、創れるでしょ。アイツなら・・。


「ユウキ様」


「は、はい?」


「審判の瞳というものをご存知?」


 女主人が真っ直ぐにこちらを見つめている・・ような気がする。仮面の下で、眼がどっちを見ているのか分からないけど。


「・・ユノン?」


 隣に座る物知りさんに助けを求める。


「その瞳を持つ者の問いかけに嘘を答えると命を失う・・と」


 ユノンが固い声音で言いながら、デイジーを振り返った。


「魔神王の加護・・世界で1人にしか与えられないと言われる至高の加護技です」


 デイジーが補足する。


「ふうん・・まあ、問いかけが魔神酒の模造品レプリカについてなら問題無いですよ? あれこれ、他の事まで訊かれるのは困るかなぁ」


「瞳を使う事だけでも、その方の尊厳を冒してしまう行為なのです。誓って、お約束の問いしか致しません」


 女主人が小さく微笑んだ。




–––


12月30日、派手な誤記を修正しました。とほほ・・。

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