第137話 悲しみの発露
事情を聴き、御墓参りに行き、謝罪をし・・。
俺は、自分の国・・ノルダヘイルにある家に居た。
居間でユノンの太股を枕にして、ぼんやりと天井を見上げている。ユノンも、どこか呆けたように力無い視線を
急に
亡くなったのは、
巨蜂の襲来が切っ掛けだったそうだ。
つい先ほど、この居間で義母から聴かされたところだった。
ディジェーラ、サンアープの戦死については、俺なんかよりユノンの方が心を痛めているだろう。母は違えど、姉妹として育ったのだから。
(ファウル・ホーネットか)
5人とも、命を落とした相手はホーネット系だった。いずれも、ファウル・ホーネットが率いるデル・ホーネットの群れとの戦闘だったそうだ。
ついつい忘れがちになるが、月光の女神様の加護は秀逸だ。
あの状態異常ラッシュで動きを乱され、手傷を負ったところに、イェル・ホーネットの大群が押し寄せたのだという。
息をつく間も無い大乱戦をなんとか切り抜けた時、5人はすでに息を引き取った後だった。死後、ホーネットによって運ばれそうになっていたところを矢や魔法で撃ち落として死体を取り戻したという話だった。
(死・・か)
その場に俺が居たなら・・とは思う。けど・・
みんな強くなってた。
多分、いっぱい戦って強くなったんだ。
なのに、
どうしようもない、圧倒的な数の差・・。膨大な数の巨蜂が襲来したらしい。
防ぎきれない悪疫に毒・・。
絶望的な戦いの中でも、みんな必死に戦ったんだ。だけど、力尽きて斃れていった。
あの男勝りな気性の義母さんが泣いていた。どうしようも無かったんだと・・背を震わせていた。
まだ、その気持ちは分からない。俺は、本当の意味では悲しめないのかもしれない。あの
(
一時期、岩山の洞窟に拠点を構えていた時には多少の付き合いがあったけど、あまり積極的に会話をするほどの仲では無かった。
(ぁ・・)
ふと気付くと、ユノンが泣いていた。ひっそりと声も無く、頬に涙を伝わせている。
いや、本人は泣いている事にも気が付いていないのかもしれない。どこか
「・・ユノン」
そっと呼びかけると、
「ぇ・・あっ」
少し驚いたようにユノンが身体に力を入れ、すぐに慌てた様子で頬を濡らしていた泪を拭おうとする。
「そのまま、泣いて」
俺は膝枕で寝転んだまま、両手を差しのばしてユノンの頬を挟んだ。
「泣いたら・・駄目です。それが闇谷の・・」
「良いから泣いてよ」
「・・コウタさん」
「泣いて・・ユノン」
「でも・・だって、みっともないです」
「
冗談めかして言いながら身体を起こして、間近にユノンの顔を覗き込む。
「俺の代わりに泣いてよ・・ね? お願いだから・・死んじゃった人のために泣いてあげて」
「コウタさん・・」
困り顔のまま俺の顔を見つめていたユノンが、やがて堰を切ったように大粒の泪を流し、声を押し殺して嗚咽を始めた。
「ありがとうね」
ユノンを抱きしめてお礼を言いながら、まだ薄い背中を静かに
「ご免なさい・・・ご免なさい」
誰に対してなのか、しきりに謝罪を口にしながら泣きじゃくり始めた。時折呼んでいる名は、戦人として命を落とした義姉達の愛称だろう。
(ユノンが熱い)
ほっそりと華奢な少女の身体から甘い香りと共に、激しい憤りと嘆きが大渦となって押し寄せていた。
(・・・俺のユノンを泣かせた奴)
理も非も関係無い。ただただ許せない。震える背中を両手に感じながら、俺はこの騒ぎを引き起こした存在をはっきりと憎悪していた。
そう、これは自然の災害じゃない。
カグヤの分析によると、巨大な蛙人や巨蜂は亜空間をくぐって投入されている。今現在は、亜空間への出入りは観測されていないらしいが、今後、いくらでも侵入してくるのだとしたら、こちらの世界はほぼ
(蜂はもう繁殖を始めているし・・)
俺自身は負けるとは思わない。
多分、どんな蜂や蛙が相手でも勝てるだろう。むしろ、目に付く端から退治して回るくらいの事ができると思う。
(でも、このままだと無理だよな)
俺やユノン、デイジーがどんなに頑張って退治しても、それ以上の速度で繁殖が進んでしまうと、いつになっても巨蛙や蜂の数は減らないことになる。こうしている間にも、大陸各地で巨蜂は数を増やしているのだから・・。
(俺達が、1万、2万の蜂や蛙を片付けても、きっと他の場所で増えちゃってるんだよね)
何とかして根絶させる方法は無いものか。
いや・・。
(そうじゃない。この蛙を送り込んだ奴を仕留めないと駄目じゃん)
亜空間を出入りする知識だか、能力だかを持っている奴がどこかに隠れている。高みの見物って言うのかな? こちらの世界が大混乱に
(それって・・神?)
そんな事が出来る奴が同じ人間とは思えないけど?
(あぁ・・カグヤみたいな? 古代の・・古代人とか?)
亜空間潜行艦があるくらいだから、そういう存在が生き残っていても不思議じゃないけれど。
(なんで、
いや、
「・・さん」
ふと呼ばれた気がして意識を戻すと、
「コウタさん」
俺の腕の中で、ユノンが泣き
「もう・・大丈夫です。すいません」
申し訳無さそうに言って
「大丈夫じゃない」
俺は、額の小角をユノンのおでこに軽く当てた。
「・・コウタさん?」
「俺が大丈夫じゃない」
「え・・?」
「転移してよ」
「それは・・良いですけど、どちらに?」
「迷宮の98階」
不思議な旅館のあった階層だ。
「・・あの、迷宮へ行くのでしたら、デイジーさんにも声を・・」
「二人で行こうよ」
「あそこがどうなっているか分からないですよ? 迷宮も・・無事かどうか」
「良いよ。どんなになってても・・ユノンは俺が護るよ」
「・・コウタさん?」
俺の意図を計りかねて、ユノンが戸惑っている。
「飛べる?」
「・・はい、あそこでしたら・・分かりました」
ユノンが小さく頷いて眼を閉じると集中し始めた。
ほどなく、周囲の景色が一変して、見覚えのある広大な鍾乳洞に転移していた。
「さっすが・・」
感嘆の声を漏らしつつ、俺は身を折ってユノンの
「あ、あの・・コウタさん?」
「成人した場所が良いかなって・・思ってたんだ」
「成人・・」
ユノンが鍾乳洞の行く手に見えている豪奢な旅館を見つけて、みるみる顔を染めていった。
「あの部屋が空いていると良いんだけど」
色々と想い出深い旅館である。
「私、歩けます」
「良いじゃん、たまには・・どうせ、知ってる人なんか居ないんだし」
「だって・・ちょっと恥ずかしいです」
ユノンが、ちらと旅館の玄関へ視線を向けた。
ちょうど出立するらしい客を見送って、見覚えのある妖艶な女が姿を見せていた。客の方は、側頭部に金色の巻角がある小柄な男だった。
控えているワニっぽい容姿の甲冑武者が4人、近付く俺達に気がついて警戒するように身構えたが、旅館の女が声をかけると大人しく
「珍しいな・・人の子かい?」
巻角の男が声を掛けてきた。俺からしたら、この男の方が珍しいんだけど・・。
なんというか、鳥の
「初めまして。コウタ・ユウキです。こちらは、お嫁さんの・・」
「ユノン・ユウキです。こんな格好で申し訳ありません」
ユノンがバツが悪そうに挨拶をする。俺の方は、しれ~っと
「ははは、
双巻角の怪人が
ゲコは
「ええ、大きなゲコと、大きな
「むぅ・・そちらも災難なんだねぇ」
「貴方の方にも、ゲコが?」
どうやら別の世界のような口ぶりだよな?
「我が物顔で
「そちらも、同じ感じですかぁ」
俺は溜息をついた。ちらっと見ると、ワニっぽい従者達が気が気でない様子で見守っている。
「忙しそうですね」
「う~ん、まあ、暇では無いねぇ」
怪人が苦笑したようだった。
「引き留めて悪かったね。ホウマヌス、また来るよ」
「ええ、また・・いつでもいらっしゃいな」
妖艶な肢体の美女が仮面の下で紅い唇を綻ばせる。双巻角の怪人が軽く手を上げて、従者を引き連れて踵を返した。足を動かしたようにも見えないのに、みるみる距離が離れて行く。
(不思議な・・あれも魔法?)
「お久しぶりね。お二人さん」
仮面の美女が声を掛けてきた。
「あ・・はい、ご無沙汰してます」
「お泊まりですか?」
「はい、部屋に空きはあります?」
「ええ、もちろん。先日のお部屋で、よろしいかしら?」
仮面の美女が戸口で半身に振り返った。グラマラスな肢体がよじれて、凄まじい色香が吹き寄せてくるようだ。
「ありがとうございます」
にこやかに御礼を言う。俺に抱えられたままのユノンが少し身じろぎしたようだった。
さすがに、俺が何のために来たのか確信したらしい。
ただまあ、どうして今この時なのかは分からないだろう。ふふふ・・だって、俺にも分からないですから~。むしろ、自分自身の大胆さにビックリしています。
(さあ・・・・どうしよう)
何を隠そう、女の子とそういう事をいたすのは初めてです。ノリと勢いで来ちゃいましたけど、ここから先は完全に初めて尽くしなんだよねぇ・・。
こういうの、手順とかあるの? もう、勢いだけでいけちゃう? 学校の保健体育でも習わなかったよね? みんな、どうやってんの? 動画で独習? 教本鑑賞? ハウツー読破?
(やべぇ・・俺、シロウトじゃん・・って、そりゃそうか)
なんだか急にソワソワしてきましたよ。
「どうぞ、ごゆっくりなさってね」
女主人の声が背に掛けられる。ここからは、部屋付きの女中が案内してくれるのだ。
(何をごゆっくりなされば・・)
胸内でツッコミつつ、案内の少女について階段を登って行く。パタパタと揺れる黒羽を眺めている内に、だいぶ、テンパってきました。
(夫婦だし・・普通だよね? ねっ? いや、ユノンは年下っぽい外見だけどさ・・もう十分に女の子だし、とっても綺麗だし・・俺だって)
あれこれ考えている内に、いつの間にか部屋の前にいた。
(えぇっと、だぁーーーと、寝台に?・・いやっ、落ち着け! 落ち着くんだ、
まずはユノンさんとお話しをして・・。
でも、何て声をかければ?
行為そのものについては現代高校生なりの色々な予備知識があるのだけど、どれもこれも前段階をすっ飛ばした目的ダイレクトな参考資料ばかりで・・。
(こうなったら・・もう、
そうっと両腕で抱えあげたままのユノンを見る。
(はぅ・・)
瞬きをしない双眸が、じっ・・と見つめていた。どこか熱っぽく、少し不安そうに
ここまできたら、押して押すしかない。戻るだの、止めるだのという選択肢は存在しないのだ。
(ゆ、結城浩太は、男で・・男だから!)
ようし、やるぞっ! 獣だ! 獣になるんだ! 野獣と化すのだ!
「コウタさん・・」
「ぇ・・ぁ、はい?」
ちょっぴり声が震えました。思いっきり動揺してる俺を笑わないで欲しい。
「ユノンは・・大丈夫です」
抱き抱えられたまま、ユノンが下から手を刺し伸ばして俺の頰に優しく触れてきた。ほっそりとした指先で俺の
「ぁ・・」
その瞬間、やばいくらいに激情が噴き上げて、俺の中でごちゃごちゃ考えていた何もかもが弾け飛んだ。
その日、俺は真に野獣と化した。
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