第4章

第135話 防衛、そして防衛。



 結論から言おう。


 巨大蜂や蛙巨人は強かった。いや、もちろん、手に負えないという事では無く、ちゃんと仕留められる。俺個人で言うなら、さほど脅威にはならない。


(でもね・・)


 めざせゴブリン、打倒オーガ・・とか言っていた人達にとっては絶望的な怪物だった。


「ごめんね」


 隣で頑張っているユノンに謝る。本当なら、がっつりと攻撃魔法を浴びせる役目がやりたいだろうに・・。


「いいえ、お役に立てて嬉しいです」


 ユノンが笑顔を見せる。


 斃せないから護るしか無い・・という事で、大きな町などに長大な大防壁を築いている最中だった。もちろん、人の手で一から造っていたら何年経っても終わらないし、その頃には巨蛙の餌になっている。


 ユノンが無数に展開させた魔法陣を頭上へ散開させながら、古代魔法による大地の隆起を行っていた。掘削と造成を同時に行い、高さが150メートル、厚さが100メートルの巨大防塁を生み出しているのだ。


 これに、フレイテル・スピナが土系の精霊魔法で硬化付与を行えば、即製ながら凄まじく丈夫な防壁が完成する。


「イェル・ホーネットは?」


 肩上に浮かぶ軍服姿の船精霊カグヤを振り返る。

 イェル・ホーネットとは、カグヤが識別用に命名したスズメバチの化け物だ。体長が3メートルの黄色っぽいやつが、イェル・ホーネット。体長が5メートルの黒っぽいやつが、デル・ホーネット。



『追跡監視中の集団は、エイセンス城塞都市にコロニーを形成しつつあります』



「コロニーって・・・巣?」



『排卵並びに、孵化した幼体がおります』



「おぅのぅ・・」



 卵を産んだんですって・・。


 これって、マズいんじゃなぁい?



『サクラ・モチをエイセンス上空へ移動させて制空域の拡張を行いますか?』



「いや、あちこちで同じような事になっているだろうから・・観測を続けながら王都まで移動しよう。ここから先は、もうホーネットトードの領域だ」



 地下などに隠れて生き延びた者が居るかもしれないが、今は無事な町や村に防塁を築く方を優先したい。みんなを守るとか無理なんで・・。



『イェル・ホーネットの集団が接近して来ます』



「数は?」



『81』



「ゲンザン、頼む」


「はっ!」


 ゲンザン・グロウが配下の大鷲オオワシ族を連れて駆け出て行った。大鷲オオワシ族は連戦続きだったが、まだ余力はありそうだ。俺に付き従っている大鷲オオワシ族は、文字通りに歴戦の戦士だ。バケモノ蜂を相手にしても単騎で勝てるくらいに強くなっていた。


『ファウル・ホーネット、デル・ホーネットの出現を感知』



「位置と数は?」



『地表・・地下から掘削しつつ地表へ向かっております。数は56・・ファウル・ホーネットは1』



「蜂って・・地面の下とかに棲むの?」


「そうした種もいますけど・・」


 ユノンが言い淀んだ。



『エイセンスの地下にも反応が近づいています』



「・・防壁の下をくぐるつもりか」



「地面にも、硬化処理をするべきだったね」


 フレイテル・スピナが唇を噛んだ。


 現実問題、それを全ての町や村に施して周るのは不可能だった。どうしたって、魔力が不足する。


「さすがに、目の前で人が食べられるのは気分が悪いな」


 俺は愛槍キスアリスを握った。


「ファウル・ホーネットの方は私がやります」


 ユノンが魔素の光を纏いながら申し出る。


「うん、お願い。俺は町の下から来る奴らを狩る」


「ボクも・・」


 フレイテル・スピナが申し出たが、


「いや、先に休憩して魔力を回復しておいて。ユノンと交替で行って貰うことになりそう」


「・・そうだね。分かったよ」


 フレイテル・スピナが大人しく従った。

 数によっては、交替して魔力を回復しながらの長期戦も有り得るのだ。


 投影中の映像では、ゲンザン達が黄色い巨蜂イェル・ホーネットを相手に空中戦を繰り広げている。


(落ち着いてるな・・さすが、ゲンザン)


 数で上回る巨蜂をあやすように位置を変え、羽根を狙った攻撃を加えている。そうしながら配下の動きに眼を配り、支援したり、指示を出したり・・。こうした乱戦になると、集団戦の経験が豊富なゲンザンは頼もしい。


 単騎でも巨蜂を仕留められるのに、あえて多対一の状況に持ち込んで味方の消耗を抑えている。巨蜂の方が統制が甘く、動きが乱れやすいのだ。


「デイジーはサクラ・モチの護りだ。負傷者が出たら対応してくれ」


「畏まりました。お帰りをお待ち申し上げております」


 狂巫女さんが艶然と微笑んで低頭する。


「うん・・ユノン、行こうか」


「はい!」


 ユノンが俺の背へ手を当てる。直後に、俺の身体はエイセンスの真上へと転送されていた。ユノンも一緒に瞬間移動して、俺だけ置いて行ったんだとは思うけど・・・。


 本当に一瞬でした。


「さて・・」


 地中を掘り進む巨蜂の物音は、俺の耳が拾っている。侵略側を気取って勘違いしちゃってる虫ケラに身の程というものを教えてあげよう。


(ただ、町を壊さないようにしないと・・)


 俺にとっては、それが一番難しい。


 そういえば、このところ蛙巨人を見かけない。巨大防壁は、蛙巨人の足留めのために造成しているのだけど・・。


 巨蜂には防壁の高さは関係ない。まあ、防壁上空にはデイジーの光幕が張り巡らされていて巨蜂と言えど簡単には突破できないけども。



『司令官閣下』



 軍服女子カグヤが姿を現した。



「どした?」



『当陸地に上陸中のジアン・トードが後退を開始しました』



 ジアン・トードというのは、蛙巨人のことだ。この軍服女子が命名した。



「後退?」



 訊き返しながら、地中から頭を覗かせた巨蜂めがけて、雷兎の破城角を叩き込む。


「家に入れっ! 蜂の魔物が侵入している!」


 呆然と見ている町の人達に声を掛けつつ、続いて出てこようとする巨蜂の頭部を愛槍キスアリスで貫き徹す。実際には凄まじく硬いらしいのだが、愛槍キスアリスで突けば木綿豆腐を箸で刺したくらいの感触でしか無い。



『上陸中だったジアン・トード、2391体の内、1428体が海上、海中へと移動しております』



「む?・・どっちの海?」



『北東部に向かっているようです』



「話精霊、カモン!」



 声を張り上げた時、ユノンが向かった方角から金属を擦り合わせるような耳に障る音が響き始めた。何度か耳にした事がある、ファウル・ホーネットの断末魔だった。あの蜂は死に際に、様々な種類の毒や麻痺を撒き散らす。その合図のようなものだ。


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