第133話 挑発と報復

(今度は人間かな?)


 少し両腕が長く、全体に猫背だったが、まあ人間だろう。


「おのれっ! チュレックの法を甘く見おって!」


 審判役の講師が、未だ騒いでいる。


 そちらは無視して・・。


「シフート」


「は、はいっ!」


 獣耳の少年が緊張で上ずった返事をする。


 先程のパエルと同じような革製の軽鎧に、鼻先までが隠れる深い金属兜を被っていた。兜の側頭部が獣耳の形に加工され突き出ている。手に持っているのは、大きく湾曲した形の長刀・・鎌のように内側に刃のある武器だった。盾は持たず、右手にだけ、大ぶりの金属籠手を着けていた。


「相手は、生徒って感じじゃないから、あいつも誰かの代理かな?」


 190センチはありそうな長身だが、背を屈めているため160センチそこそこの位置に顔がある。やたらと鼻が大きく尖った顔に、糸のように細い目、何の意味があるのか口元には黒布が巻かれていた。


(黒服の類かな?)


 何度か戦った黒衣の妖しげな連中が思い浮かぶ。あいつらと同類・・そんな雰囲気のする、あまりお近付きにはなりたくない感じだ。


(審判は・・・っと、駄目だなあいつ)


 貴賓席に居る王族へ直訴じきそに向かおうとして、近衛騎士に抑えられていた。


 俺は嘆息しつつ、練武場の中央へ進み出た。


「じゃあ・・始めっ!」


 鋭く合図をする。


 途端、


「・・あら?」


 猫背の大男が、何を勘違いしたのか俺に向かって襲いかかって来た。大柄な体躯に似合わぬ身軽さで宙へ高々と舞い上がり、両手を左右に拡げて何かの技を繰り出す構えだ。



・・雷兎の蹴脚



 俺は、地面に向かって蹴り足を一旋していた。上に跳んだように見えたのは幻影だ。本物は影に潜って、足元から襲って来ていた。


 頭だったものを粉々に飛び散らせつつ、大柄な身体が地面から引き抜かれるようにして宙へ跳ね上げられた。



・・破城角っ!



 流れるようなコンボで、男の胴体に凶悪な頭突きが打ち込まれる。


 ドムン・・


 柔らかな打撃音が練武場に響き、一拍の間を置いて、男の身体が爆散してしまった。


(おぅのぅ・・)


 ついやってしまった。だって、攻撃して来たんだもの・・。俺、悪くないよね?


 そっと、ユノン達を見る。


(よ、よし・・)


 ユノンは平常運転だ。何事も無かったかのように無表情に立っている。隣のデイジーは何やら満足げに微笑み、シフートは顔を抑えて嘆息していた。


「まあ・・今のは事故だ!」


 俺は観覧席に向かって声を張り上げた。ここは勢いでしきろう。


「代わりの奴を用意してくれ!」


 当然の要求をしただけだったけど、観覧席の一部に陣取った一団から何やらいわれの無い罵詈雑言ばりぞうごんが飛んできた。

 その悪口の中に、俺が無視できないワードが含まれていて、俺の両眼が冷え冷えとわった。


「あ~あ・・ボク、知~らない」


 離れた貴賓席で、フレイテル・スピナが呟いた。


 直後、某国の一団が消し飛んだ。


 奴らは言ってはならない事を口にしたのだ。そう、俺の性別に関わる重大な誤認をざまに叫びやがったのだ。


 手元へ戻った白々と輝く細槍キスアリスをひと撫でしつつ、俺は地を蹴って観覧席へと移動した。


「やあ、みなさん御機嫌よう!」


 にこやかに挨拶をする。俺は常識人だからね。挨拶は欠かさないんだ。どんなに腹が立っていてもね・・。


「俺は、コウタ・ユウキ。見ての通りの男の子だ。先程、あっちの・・消えた座席の辺りで、間違えちゃった人が居たようだったから念のため言っておくよ? 世の中には、言って良い事と悪い事があるんだ。そのくらいは理解できるよねぇ?」


 優しく語りかけながら、騎士校の制服を着た12、3歳の女の子の頭を鷲掴わしづかみにする。


「・・ゴミのような雑魚ザコばかり出さず、ちゃんと強い相手を用意して? 吹けば飛ぶようなカスばっかり出されて・・もうガッカリなんだけど? 俺の生徒が暇過ぎて寝ちゃいそうだよ?」


 首を中心に、ジョイスティックのように上下左右、斜めに頭を入力しつつ、女の子に優しく諭す。


「周りにいるのは護衛だろう? 強いんだろう? 全員、練武場へ下ろしたらどう? ざっと・・9人、魔導で隠れている奴を含めれば16人も居るじゃないか。俺の生徒は、たったの3人だ。いくら、雑魚ザコばっかりでも、それなりに良い勝負になるんじゃないの?」


「き、貴様っ!」


 ようやく我に返った護衛の男が怒りに激昂しながら腰の長剣を引き抜こうとした。



・・雷兎の破城角っ!



 護衛の男が爆散して周囲を血肉で染め上げた。


「やあ、1人減っちゃったなぁ。残りは、15人かぁ・・あっ、そうか! 君っ!」


 頭を掴んでいる少女の顔を覗き込む。


「君を加えれば、16人になるね?」


「ひぐっぅ・・」


 喉を痙攣ひきつらせて、少女が白眼を剥いて失神した。ついでに、盛大に漏らしたようだった。


「あ~あ・・ご身分の高い人も、お漏らしするんですねぇ・・いやぁ、勉強になるなぁ。お口は達者だったのに、下は駄々漏れかぁ」


 言いながら、周囲にいる連中をゆっくりと見回していく。


「ところで、これ・・この漏らしちゃった子は、どこのどなた様?」


「・・・」


「名無し? じゃあ、俺が名前をつけてあげようか?」


「エーメント公国、ジーレンダル公爵家の三女にあらせられる」


「名前をいたんだけど・・もう、漏らしっ子で良いか」


「ミンシル・ロンベータ・ジーレンダル様だ!」


「エーメント公国の、ミンシル・ロンベータ・ジーレンダルね」


 ユノンに作って貰った手帳に書き留めておく。


「・・明日にでも家庭訪問して、根こそぎ滅ぼしちゃうか」


 ぽつりと呟いた俺の顔を、護衛の男達が呆然と見ていた。


「あ・・これ、返すね」


 未だ頭を鷲掴わしづかみにして吊り下げていた少女を近くの護衛へ押し付けて、別の集団へと視線を向ける。


 途端、一様に視線が伏せられた。


「う~ん、酷くない? このカスみたいなもよおしは、あんた達が要求したんでしょう? 鍛錬で忙しいのに、無理に時間を作って来ているんだよ?」


 不貞腐ふてくされたようにボヤく俺めがけて、至近から加護技や魔法が放たれた。お漏らしさんの護衛達が遅まきながら反撃を試みたのだった。不意を突いたつもりだったんだろうけど・・。


「だからさぁ・・そんな低級技とか効かないから」


 俺は憐憫の眼差しで男達を見回し、そのまま無視して次の集団へと向かった。


「く、来るな! 者共っ! 近づけるな!」


 栗色の髪をした少年が力みかえって叫ぶ。応じて、取り巻きの武装した男達が剣を抜き、術を唱えて準備をする。


 しかし、


「あ・・ど、どこだ!? どこに・・」


 俺の姿が観覧席から消えていた。


「いなぁい、いなぁい・・」


 どこからともなく、俺の声だけが聞こえて来る。


「す、姿を現せっ!卑怯だぞっ!」


 金切り声をあげる少年の両肩が、いきなり人の手に掴まれた。


「バァー!」


 少年の耳元で思いっきり大きな声を出す。


「・・ひゃ」


 縮み上がった声と共に少年が振り返った。


 しかし、そこに俺は居ない。


 某大馬鹿者タケシ・リュードウが心血を注いで研究した絶対透明化の技である。そうそう見破られるような技では無いのだ。


「バァー!」


 今度は、少年の目の前に現れて大声を出す。


 声にならない叫びをあげて少年が衝動のまま逃げ出そうとしたが、何かに足を掴まれて宙づりに持ち上げられていた。


「ほうら・・高い、高ぁ~~~い」


 陽気な掛け声と共に、少年が数十メートル上へと放りあげられる。


「ぁああああ・・」


 少年の思考が混濁したような叫び声が木霊した。


 そのまま、少年は落ちた。


 そして、また足を掴まれた。


「高い、高ぁ~~~い」


「わ、若様ぁーーー」


 1人の若者が懸命に身を投げ出した。そのうえに、若様が降って来た。すでに、目は虚ろになり、壊れた人形のように動かないまま・・。


 その頃、


「どこ行くのぉ?」


 観覧席に居た最後の集団の行く手に、にこやかに笑う俺が立ち塞がっていた。


 しかし・・。



『司令官閣下』



 不意の声と共に、軍服女子が出現した。



「どうしたの?」



『亜空間を経由して、別次元から流入する生命体がおります』



「・・・は?」



『当艦の探知領域内に限定しても、8万体以上・・』



「意味が分からないんだけど・・カグヤの他にも、亜空間を行き来出来る奴が居るって事?」



『当該生命体そのものには亜空間移動能力は検知されません』



「別の奴が、亜空間を移動させている?」



『高確率で、御推察の通りかと』



「・・その生命体の情報を収集、分析を頼む」



『はっ!』



 軍服女子が敬礼をして消えていった。



(なんか知らないけど、遊んでる場合じゃ無いかも?)


 ぞわぞわと・・背筋に嫌な感じが走る。このところ忘れていた追い詰められたような危機感を感じる。


 少し考え込み、すぐに思い決めて、フレイテル・スピナの所へと移動した。


「コウちゃん?」


 フレイテル・スピナの顔に緊張が走る。


「何かが大量に侵入して来ているらしい」


「何か? もしかして、魔族かい?」


「いや・・多分、別口だと思う。今、どんな奴等か調べさせてるけど・・数は、8万体以上」


「多いね」


「まだ、場所の特定も出来ていない。敵か味方かも不明・・ただ、ヤバい奴等だと感じる」


 俺は出来るだけ平静な口調を心がけて伝えた。


「・・分かったよ。チュレック全土に警戒急報を出して! 魔族級の存在が数万の規模で向かって来ている」


 フレイテル・スピナが提督や騎士達に指示を出し始めた。


「話精霊、カモンっ!」


 俺は、樹海の皆にも連絡することにした。いや、これまで出会った知り合いには片っ端から伝報した方が良いだろう。例え、誤報になって、空騒ぎで終わったとしても・・。



『ご伝言ですかぁ~?』



 蜜柑色の衣装を着た精霊がにこやかな笑顔と共に姿を顕した。



(広い範囲になりそうだし、義母おかあさんやアズマ達にも伝えておこう)



 俺は伝言相手を列挙しながら、第一報アラートメッセの内容について思考を巡らせていた。

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