第132話 豚を焼く


(うちの生徒は、全員が家から追い出された子らしいけど・・さあ、どうなるかな?)


 圧倒的な力を身につけたと知ると、縁切りが惜しくなって、あれこれ元の家から誘いがかかるかもしれない。当人が良ければそれで良し・・ただ、生徒が嫌がるようなら、少しお節介をしなければ先生失格かも?


 そんな事を考えながら、生徒達を前にしてユノンとデイジーを相手に雑談しながら待っていると、見覚えのある女騎士が足早に近付いて来て、いきなり片膝を着いて頭を下げた。


「師父っ、ご無沙汰しております」


「へっ?・・し、しふ?」


「レイラン・トールに御座います」


「あぁ、いや、ちゃんと覚えているけど・・しふというのは?」


 ディージェ付きの美人騎士さんだ。忘れる訳が無い。


「お許し下さい。日頃より、そう思い決めておりました故、口をついて出てしまいました」


「えぇ・・と、あの?」


「御身を師と仰ぐことをお許し下さい」


「・・師? 俺、槍は達人だけど、剣とかはボチボチだよ?」


「槍だ剣だと・・小手先の事を申しているのではありません。御身の・・コウタ・ユウキ様の在りようを師としてお慕い申し上げているのです」


(これは・・新種のデイジー?)


 ちらと、狂巫女を横目に見つつ、


「俺を師・・か」


 これと言って、俺に被害は無さそうだよな?


「つきましては、師父に一手御指南頂きたく」


 レイラン・トールが双眸を輝かせて見上げてくる。うちの生徒、パエルの赤毛をもっと燃えるように色濃くした感じの紅髪に、勝ち気に整った美貌、多分180センチを超えているだろう高身長・・・。チュレックでも指折りの剣士だという彼女の実力を知っておくのは悪くない。


「ふうん・・まだ相手が来ないようだし、ここで少しやる?」


「おおっ! 感謝致しますっ!」


 美貌の女剣士が喜色満面叫ぶように言って頭を下げた。


 後で知ったのだが・・。


 例のリド・ベイン・ウェイラードという銘の剣を手に入れたものの、あの剣を手に戦う相手が国内におらず・・というより、剣が強力過ぎて対戦相手を気遣うばかりで力を出せずに困り果てていたらしい。


「リド・ベイン・ウェイラード・・我が家の始祖、聖騎士ワグナルド・ディ・トールが愛剣・・持ち主の知識と経験を次の持ち主へ継承させる宝具で御座います」


 レイラン・トールが腰の両手持ち剣を抜きながら言った。


「ご先祖の戦闘経験を継承・・それは・・」


 ちょっと凄い事なんじゃ? もしかして、この女騎士さん、別人みたく強くなってる?


「・・確かに、それだと鍛錬の相手でも苦労するかもな」


 俺は、細槍キスアリスを取り出して手に握った。


「俺の愛槍・・キスアリスという。普通の武器じゃ受けるのも難しそうだから使わせて貰うよ」


「・・なんと美しい」


 レイラン・トールが俺の真珠色の細槍キスアリスを見つめて双眸を細めた。


「デイジー・・」


「はい。防壁はお任せを」


 狂巫女さんが短く呪を唱えて神術の障壁を張り巡らせていく。


「よく見ておきなさい」


 ユノンが4人の生徒達に声を掛けている。


「時間は1分。互いに、剣と槍のみとしよう」


 5メートルほどの距離を取って向かい合いながら声を掛けた。さすがに、雷轟だのカンディル・パニックだのは、不味いだろう。


「はいっ」


 レイラン・トールが気合いの入った返事を返す。

 手に握っているのは、青みがかった地色をした両手持ちの長剣だ。派手な意匠は無い。だが、厚みのある剣身から揺らぎ立つような闘気の渦が見えるようだった。


 先に動いたは、レイラン・トールだ。


 外連味けれんみ無く、真っ向から斬り伏せてくる。その剣に細槍キスアリスの穂先を合わせ、滑らせ、喉元へ穂先を奔らせる。それをレイラン・トールが両手持ちの柄を使って打ち払うなり逆に突いてきた。



 ギィッ・・


 ギッ・・ギギィッ・・・



 重く咬み合う金属音が響き、焦げた臭いが辺りに漂う。


 直後に、リド・ベイン・ウェイラードが宙へ弾け跳んだ。レイラン・トールが、左手の甲から肘にかけて裂かれて鮮血を流し、脇腹を槍の柄で殴られ血反吐を吐きながら倒れ伏す。すぐに、苦しげに歯を食いしばりながらも起き上がろうと身を震わせていたが・・。


「・・1分経った。デイジー、治療をお願い」


 俺は細槍キスアリスに振りをくれて個人倉庫へ収納した。


「はい」


 デイジー・ロイアムが障壁を解除して、レイラン・トールの治療を始めた。


「かっ、感服致しました!」


 叩きのめされて消沈するどころか、興奮に顔を紅潮させてレイラン・トールが膝を着いて頭を下げた。


「まず、剣を拾ってあげたら?」


「はっ、失礼致します」


 デイジーの神術に癒やされながら、両手持ちの長剣を拾いに走る。


「さすがに強いね」


「いいえ、己が未熟を思い知りました。ご教授ありがとうございました」


 レイラン・トールが剣を鞘に戻しながら、どこか嬉しそうに破顔する。


「うちの生徒達には良い刺激になったかな」


 4人の生徒達が興奮覚めやらぬ顔で見つめている。


「王宮で何かと話題になっておりましたが・・あの幼子達が、わずか数ヶ月で、これほどまでに・・」


 レイラン・トールが微笑を浮かべた。


「先生が良いからね」


「本当に、羨ましい限りです。できれば私も・・」


 レイラン・トールが言いかけた時、転移の揺らぎが感じられた。


「おっと、どうやら国母スピナ様のお出ましだ」


 振り返った視線の先に、フレイテル・スピナが転移して現れた。そうと見て、レイラン・トールがひざまずいて低頭する。


「コウちゃん、早かったね!」


「終わったら、この子達と買い物に行こうと思って」


「良いねっ! ボクも行って良いかい?」


「良いよ。そこの騎士さんが護衛に来るならね」


「やったぁ! 良いよね、レイラン? ディーちゃんにはボクから言っておくからさ?」


「はっ! 御下命とあらば」


 顔を伏せたままレイランが答える。


「それで、この子達の相手は?」


「うん? あぁ、どうせ代理をたてて観覧席から見物だよ」


「ふうん・・幼年組は分かるけど、年長組まで?」


「そうなんじゃない? みんな上で見物してるみたいだもん」


「・・なんだか、がっかりだなぁ」


 俺は、険しい視線を観覧席や貴賓席へと向けた。


 パラパラと父兄らしき貴族達が着席を始めている。騎士校の生徒の姿も混じっているようだ。貴賓席には、宰相ミッターレ、リリンによく似た雰囲気の少年、母親らしき女性の姿がある。

 さすがに国王は来ないようだが、バロード・モンヒュール提督が来ていた。俺の視線に気がついて笑顔で黙礼をしてくる。


「みんな、お偉いさんの子供って事か・・やり過ぎると、この子達が恨みを買っていじめられる?」


「代理人は、そのやり過ぎをする事を依頼されていると思うけど?」


「ふうん、それなりに強い相手なのか。生徒相手じゃ無ければ加減はいらないな」


「それに、恨みを買っても良いじゃない? コウちゃんの国に連れて行っちゃえば、誰も手出しなんかできないよ」


「まあ、最終的にはそういう方法もあるけど・・家族の事もあるだろうし、ホイホイ連れて行く訳にはいかないでしょ?」


「ディージェ君に調べさせたら、家族や親族から縁を切られちゃった子供ばかりだよ。ご丁寧に、神殿で聖詔を捧げてあった」


「聖詔まで?・・全員が?」


「うちの馬鹿王子・・トーロスが旗頭をやった反乱軍に参加していた家は処罰を受けたり閉門になったりしたからね。ミッターレ家の破談は・・まあ、あれも結局はトーロスがらみかな。他は、ロンツ・ギパースという商人の番頭の娘さん、ドルクーレ伯爵の近習頭の息子さん、公妾の娘さん、ボード子爵の私妾の娘さん・・」


 フレイテル・スピナが俺の生徒達を指差しながら言った。


「だから、コウちゃんの家来にしちゃっても、誰も文句は言わない・・言えないんだ」


「なるほど・・」


 ズケズケと生徒達の身の上をさらしたのは、俺の同情を誘って引き取らせるつもりだったからか。まあ、嫌じゃ無いけどね?


「チュレックには引き受け先は無い?」


「あるよ? でも、アーシェもそうだったけど、多分、コウちゃんの所に行きたがると思うんだよねぇ・・ねぇ? そうなんじゃない? ボクの力で、離宮の近くとかに君達の住まいとか用意できるし、仕事の世話だって出来るけど・・そういうのは違うんでしょ?」


 フレイテル・スピナに声を掛けられて、子供達が互いに顔を見合わせた。


「リリン・・と申します。国母様、直答をお許しください」


 リリンが片膝を着いたまま顔を上げた。


「うん、なんでも言ってごらん。全ての発言を許します」


「・・・正直のところ、修練に精一杯で他の事に思いを巡らせる余裕はございませんでした」


「あはは・・それはそうか。コウちゃん達が先生だもんね。でも、どうかな? 今の話みたいな事って、少しは考えていたんじゃない?」


「はい。もし、お許し頂けるならば・・いつの日か、コウタ先生に剣を捧げたいと思っておりました」


 リリンが、チラチラ俺の顔を窺いながら言う。意外に好かれていたらしい。まあ、嫌われるより良いけども・・。


「だよねぇ~」


 フレイテル・スピナが俺の顔を見て微笑する。


「他の3人も、俺の家来になるの?」


「はい!」


 3人が勢い込んで返事をした。どうやら本心らしい表情・・思い詰めた瞳が真っ直ぐで眩しい感じだ。


「ふうん・・どうしよ?」


 俺はユノンを見た。


「せっかく指導したのですから、コウタさんの役に立って貰いたいです」


 ユノンはブレが無い。


 デイジーは・・。まあ、くまでも無いか。


「じゃあ、今日から生徒で家来か。でもまあ、しばらくは修行かなぁ」


 正直、まだまだ弱くて危なっかしい。迷宮探索でも、ヒヤリとする場面が多かった。


「ふふふ、コウちゃんは評価が・・・おっと、来たかな?」


 フレイテル・スピナが後ろを振り返った。


 天幕を載せた丈夫そうな台車が、4人の大男に押されて場内に入って来た。


「なんだい、あれ?」


 フレイテル・スピナが素直な疑問を口にする。


「豚です」


 ユノンが素っ気無く呟いた。


「豚?・・ああ、豚鬼オークかぁ」


 フレイテルの眉根が寄る。 男達が台車の上に載せていた天幕の留め具を外して被せていた帆布を剥ぎ取ったのだ。見るからに出来の良い金属板の鎧を着て、両刃の斧に長柄を継いだ重そうな武器を握っている。特徴的な豚頭には金属の額当てを着けていたが、頭部のあちこちに古い刃物傷が残っていた。


 豚鬼オークは、眠っているかのように眼を閉じてうずくまっていた。


「コジュン家の戦奴隷です。確か、斧鬼・・フンカン」


 レイラン・トールが、フレイテルを背に護る位置に立った。


「燃やします?」


 ユノンの問いかけに苦笑しつつ、


「審判とか居ないの?」


 俺は、フレイテル・スピナにいた。


「高等科の講師が審判をやるはずだけど・・あれかな?」


 指差す先で、何やら騒いでいる初老の男がいた。俺の耳が拾ったところでは、どうして生徒同士の演習に、代理人・・それも、チュレックで禁じられている戦奴隷を持ち込んだのか!・・といった内容だった。どうやら、対戦相手は、他国からの留学生だったらしい。何がいけないのかと、偉そうな口ぶりでうそぶいている。


「これは、アリ?」


「・・う~ん、面白そうだから、アリかな」


「そうか。じゃあ、パエル」


「はい!」


 革製の軽鎧姿のパエルが勢いよく手を挙げた。腰に吊っているのは、2本の小太刀だ。


「前座で悪いが、あの豚はパエルに任せよう。レイランさんと国母さんは貴賓席へ」


「はっ!」


 レイランが黙礼して、フレイテル・スピナを促す。


「買い物の約束、忘れないでよ?」


 念をおしながら、フレイテルが去って行く。


 それを待ちわびていたのだろう、観覧席にいる術者が覚醒の呪を使用して、うずくまっている豚鬼オークを目覚めさせたようだった。


「審判っ! 開始の合図を!」


 未だもめている審判役の講師に声を掛けた時、豚鬼オーク戦斧バトルアックスを振りかぶってパエルに襲いかかってきた。パエルの方は、演武場の中央で腕組みをしたまま迫り来る豚鬼オークを見つめて動かない。


「ま、待てっ! このような違法の魔物を代理などと認めんぞ!」


 講師が顔を真っ赤にして騒いでいる。


 観覧席で悲鳴のような声が上がった。豚鬼オークの巨体がのし掛かるようにして、小柄なパエルに襲いかかったのだ。


 しかし、淡く輝く光の鎖が巨体に巻きつき、腕に、脚に絡みついて、豚鬼オークの突進をガッチリと地面に固定していた。


「先生、もう良いですか?」


 パエルが豚鬼オークを見つめたまま訊いてくる。


「良いよ」


「じゃ・・」


 パエルが右手をあげて豚鬼オークを指差した。


「悪戯好きな蜥蜴さん、魔力を捧げて願い奉る。光鎖よ、光鎖よ、あかく燃ゆる炎鎖とならん」


 パエルが小声で呟くと、真っ赤な炎に身を包んだ小さな蜥蜴が姿をあらわしてパエルを見つめて口を開いた。それへ、パエルの指先から光る魔力塊が放たれて蜥蜴の口へ吸い込まれて消える。



・・ルルラァァ・・・



 蜥蜴が満足げに鳴き声をあげ、くるりと宙返りをして消えていった。


 直後に、


 ドウゥーーーーー


 豚鬼オークの巨体が炎の柱に包まれて燃え上がっていた。


(・・お腹空いたなぁ)


 焼ける豚肉の匂いに、小腹を刺激されつつ、俺は小あくびを噛み殺した。

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