第129話 授業開始


「残ったのは18人だけ? 随分、減ったね」


「はい」


 デイジーが名簿を手に頷いた。


 人数に対しては、あまりに広すぎる講堂に、俺とデイジーの話し声だけが響いている。


 18人の少年少女達は直立不動のまま息を殺して見守っていた。


「半年以内に、大鬼くらいは斃せるようになるかな?」


「その程度なら問題ありません。エルダーゴブリンの集団が相手となると厳しい者も居るかと」


「ふうん・・」


 なかなか優秀じゃないか。下は9歳、上は11歳だ。


(日本だと小学生だよな?)


 こんな幼い子達が、半年後には大鬼を斃せるようになるのだという。普通に考えたら、野良犬を相手にしても危ない・・というか、食い殺されてしまうだろう。


「訓練の流れは?」


 俺は、健気に頑張って立っている少年少女達を見回した。


「私が聖術と体術を、ユノン様に攻撃魔法を、コウタ様には演習による指導をお願い致します」


「ふむ・・」


「まず1ヶ月で、行軍に最低限耐えられる体作り、そして攻撃魔法、治癒魔法の一通りが使える状態に致します」


「ふうん・・」


 ちびっ子達、魔法使えちゃうんだぁ・・。


「2ヶ月目からは迷宮探索を開始し、実際に魔物との戦闘を経験させながらの教導を行います」


「ふむぅ・・」


 なかなかハードモードだ。


「3ヶ月目には、課題として迷宮の小鬼を仕留めさせます」


「できるかな? 危ないんじゃない?」


「喰われても、慰み者にされても、私が蘇生させますので大丈夫です」


「お、おぅ・・」


「4ヶ月目からは、小隊を組んでの迷宮探索・・・25層を目標とします」


「・・そんな事を言ってたね」


 フレイテル・スピナがそれっぽい事を言ってたような気がする。


「5ヶ月目からは、大鬼対策ですね。4ヶ月目までの成長度合いによっては、迷宮探索を繰り返さなければなりません」


「まあ・・そうだろうね」


「初期の加護を授けられた者が混じっていますが、わずかに顕現している程度です。正直、現状のままでは使い物になりません。コウタ様を相手に、演習を繰り返すことで加護を育てる事も必要になるでしょう」


「加護を?」


「加護は限界まで使用することで低確率ながら階梯が上昇する事があるのです」


「へぇ・・」


「幼い内に死線を潜ることで新たな加護を得る事もございます。私など、この歳になって新しい加護を授かったほどですから・・」


 そう言って、薄らと笑みを浮かべるデイジー・ロミアムだった。


「・・まあ、まずは軽く手合わせをしてみよう」


 俺は直立不動の少年少女達の正面に立って見回した。


「素手でも武器を使っても、魔法でも、加護でも何でも良い。俺を斃すつもりで、全力で攻撃をしてみてくれ」


 そう声を掛けてみたが、当然ながら誰1人として動こうとしない。


「・・おっと」


 1人の少女が正面を向いたまま挙手していた。


「君は?」


「コウタ様はお忙しい方です。ご諮問には遅滞なく答えなさい」


 デイジーが声を掛けると、


「リリン・ミッターレです。御指南、お願い致します」


「うん・・自由にやって良いからね」


「はいっ!」


 少女が鋭く返事をした。


「この子の次も決めておこうか・・」


「お願いします」


 男の子が勢いよく手を挙げた。


「うん、君にしよう。その次は・・」


 3番目以降になると、次々に連続して手が挙がった。さすがに、逃げ出さずに残っていただけの事はある。まあ、暗い顔の子や表情の抜け落ちた子など混じっているが・・。


「よし、ここは広いから、そこの後ろ辺りでやろうか」


 わざわざ練武場などへ移動しなくても、講堂の中に広々としたスペースがあった。まあ、大学の大講堂みたいに備え付けの机椅子が並んでいるのだけど・・。



・・雷兎の噴吐・・・



 俺はつい先ほど魔兎の魔呑で吸い込んだ火炎を口から噴き出した。


 ユノンが地走龍の亜種が吐く炎息程度だと称した紅蓮の炎が、講堂の後ろ半分を灼き払う。


「あ・・ごめん、あれ消して」


 俺に言われて、デイジーが壁に燃え広がった火炎を消し去った。


「・・まあ、これで広くなったよね?」


 俺は子供達の方を見ないようにしながら、まずユノンとデイジーに同意を求めた。ちょっとビジュアル的に派手過ぎたかも知れない。


「移動の時間を省けます」


 ユノンが真面目な顔で首肯し、


「十分な広さですね」


 デイジーも微笑みながら頷いた。


「さて・・」


 そうっ・・と、子供達を振り返る。


(ぅ・・)


 瞳の幾つかが伏せられ、幾つかは怯えに震えて見つめていた。


「まあ、ほら・・俺、滅茶苦茶強いから・・加減しなくて良いからね」


 適当なことを言いつつ、黒焦げになった床を踏んで様子を確かめてみる。


(少し熱いかな?・・でも、まあ良いか)


 火傷しても、デイジーが治すでしょ。


「この辺で良いかな?」


 振り返って声を掛けると、先ほどのリリン・ミッターレと名乗った女の子が背を正して真っ直ぐに歩いてきた。すごく姿勢が良い。緊張はしているが、気負いの無い表情を見て少し安心した。


「傷は、うちのデイジーが治す。まずは力を見たいから、思いっきりやってくれ」


「はいっ!」


 リリン・ミッターレが返事をして、その場で一礼してから腰の剣を抜いた。


 俺も個人倉庫から適当な錫杖を引っ張り出す。まあ、細槍じゃないので達人という訳にはいかないけど、似たようなことが出来る程度には体が覚えている。


(・・ふうん、綺麗な構えだな。ちゃんと剣技を習ってる子なんだ)


 剣技には素人の俺でも、リリンという子の構えが綺麗なのは分かる。


「始めよう」


 一声かけて、俺はゆっくりと前に出た。


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