第128話 躾け
説明しよう。
デイジー・ロミアムによって建てられた大きな金属柱は能力計測器となっているのだ。
・・以上。
「先生ぇ、分かりませぇ〜ん」
やや馬鹿にしたような声をあげたのは、後ろの方に居た女の子だった。
直後に、その辺りが爆発して、十数名の少年少女が瀕死の状態で散乱してしまった。周りにいた子供達も、血やら何やら浴びて座り込み目口をだらし無く開いて座り込んでいた。
「はい、みなさん、授業中に許しなく喋る事は禁止ですよ?」
デイジーが微笑しながら神聖術によって蘇生させ、治癒を行なっていった。もっとも、この惨状を起こしたのもデイジーである。
集められた少年少女達は、5歳から11歳までの志願者達・・国母様、国王以下年長組の生徒達が見守る中で能力検定を受けたいと申し出た182人の子供達だった。
静まり返った中に啜り泣く者が現れ、再び爆発が起こって死傷者が生み出された。
「泣く事は許可していませんよ? 幼過ぎて言葉の意味すら分かりませんか?」
血みどろの少年少女達に優しく語りかけながら、デイジーの治癒光が降り注ぎ、身体の傷は綺麗に消えていった。
聖衣姿のデイジー・ロミアムが、帳簿を手に幼年組の前に立った。
「まず最初に・・階梯の低い加護など、ただの飾りです。その辺のならず者にも簡単に負けてしまいます。今のあなた達は等しく路傍の石ころに過ぎません。それをはっきりと認め、石ころなりに世の中の役に立つ方法を探さなければなりません」
デイジーが言った時、
「無礼者めがっ! 貴様ごとき平民ずれに我が・・・」
来賓席の隅、各家からの参観者が集まった中から、小太りの男が顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげた。
そして、そのまま男は真っ赤な炎に包まれた。
・・ぃぎゃぁぁぁ・・・・ぅああぁぁぁぁ・・
苦悶の形相で絶叫をあげて転がり回る。
「お父様っ!?」
思わず悲鳴のような声をあげた少女が、その地面ごと吹き飛んだ。
「何度言えば分かるのです? 許可無く声を出す事は厳罰だと・・まだ理解できませんか?」
総身から黄金色の神聖光を立ち上らせたデイジーの問い掛けに、少女だったものの血肉を浴びた少年少女達がゆっくりと力無く首を振る。すでに壊れた人形のように表情を失った子供も多かった。
「この場を騒がせる方は、他にもいらっしゃいますか?」
穏やかに微笑みながら、丸焦げになった小太りの男を蘇生させ、爆散した少女を元の姿へと戻す。身体だけ再生してあられもない姿になった少女に黒い外套を羽織らせつつ、デイジー・ロミアムが貴賓席から観覧席へと視線を巡らせていった。
今度は、誰1人、声をあげる者は居なかった。
「では・・説明に戻りましょう」
デイジーが金属柱の前に立った。
「最初は単純な攻撃力を測ります。素手でも、武器でも、魔法でも、道具でも、加護でも・・何でも自由に使って柱を攻撃して下さい。1人につき、10分間を与えます。留意点は、柱を破壊するための攻撃では無く、柱を生き物と見立てること。周囲には、防壁を張っておきますし、どのような傷でも治療しますので、存分に全力を尽くしてください。まず、この最初の検定について質問があれば挙手をしなさい」
デイジーの呼びかけに、1人の少女が手を挙げた。長い金髪を編んで後ろ頭で束ねている小柄な少女だった。体格に合わせた短丈の片手剣を腰に吊っている。
「発言を許可します」
「感謝します。準備時間は頂けるのでしょうか?」
「いいえ・・すぐに始めてもらいます」
「・・分かりました」
少女が頷いて地面に座った。
「他に質問がある方は挙手を・・はい、許可します」
大柄な少年が手を挙げていた。
「俺、加護は無いん・・ですけど、検定受けて良いんですか?」
「当然です。鍛えていない加護など、ただの手品、奇術と変わりません。また、本人が心身の研鑽を積むことで後から加護を授かる事もあるのです。今日、この時に加護が有る無しなど無意味なのですよ」
「そうなんですか。知らなかった」
「例えば、私は魔法も加護も使っていませんが・・」
デイジーが手を鋭く振り抜いた。途端、低く擦過音が聞こえて、金属柱の上部が輪切りになって地面に落下していった。辺りが揺らぐほどの重たい振動に練武場が静まり返った。
「剣神の加護技で斬撃を飛ばすものがありますが、このように加護を用いなくても行えます。素手で飛龍の首をネジ切れるようになってから、加護の優劣、その優位性を語りなさい。未熟な加護技を論じるなど滑稽を通り越して哀れですよ」
穏やかに微笑みながら、デイジー・ロミアムが少年少女達を見回した。
「それでは私の手元にある名簿の順に行います。柱は4本ありますから、4人ずつ・・いえ、1本は私が短くしてしまったので、3本ずつですね。条件は等しくあるべきです」
そう言って、デイジーが名簿を手に名前を呼び始めた。
呼ばれた少年少女が返事をして指示された金属柱の前に立つ。
そこへ、
「あれ、まだ始まってないの?」
俺とユノンがやって来た。
「説明に手間取っておりました。申し訳ございません」
デイジーが地面に片膝を着いて低頭する。
「いいけど・・なんか・・地面が血塗れだね?」
なんて言うか、とっても深みのある赤色です。石畳に染みて黒っぽく・・。
「聞き分けの無い者が多かったので少し指導致しました」
「ふうん・・まあ、良いか。あぁ、観客が多いんだな」
ここで問い質すと先に進まなくなるので、スルーしよう・・。
「少し・・間引きましょうか?」
「いや、このままで良いよ。それより、ちょっと国母さん達と話があるから検定を続けといて」
「畏まりました」
恭しく身を折るデイジーに見送られて、俺とユノンは貴賓席へと移動した。俺は例によって跳んだだけ、ユノンは転移である。
「コウちゃん、どうしたの?」
「尋問が終わったからディージェを呼んで情報の引き継ぎをやってたんだけど、そこに花妖のアルシェ・ラーンさんが来たんだ」
しばらくは離宮勤めをする事になっていた稀少種の花妖さんである。
「あぁ、コウちゃんの手伝いがしたいっていう話? 良いじゃん、コウちゃんの家で雇ってあげてよ」
フレイテル・スピナが簡単げに言う。
「また、そんな簡単に・・俺と一緒に居たら早死に確定でしょ? 稀少種が絶滅しちゃうよ?」
あの人、絶滅危惧種なんでしょ?
「だって、本人がそうしたいって言うんだよ? 仕方ないじゃん」
「死んじゃうよ? 暗殺者とか、危ない加護持ちが毎日押し掛けて来るんだからね?」
まあ、実際はそこまで来ないけど・・。
「本人が自分の責任で決めた事だもん。離宮なんかに閉じ込めて命を守る事が正しいとは思えないし・・せっかく綺麗な子なんだから、外に出てみたらって勧めたんだよ」
「それなら、もっと安全な・・」
「それに、あの子はただの花妖じゃ無くってさ」
「・・何かあるの?」
「
フレイテル・スピナの言葉に、周囲に居た王族がざわめいた。
「・・どっちも知らないけど。なんか、危ない感じだね」
「今はまだ大丈夫だけど、その内、本人が知らないまま毒粉や毒薫を漂わすようになってしまうんだ」
「・・ステキです」
ユノンが呟いた。口元が綻んでいる。
「え・・?」
フレイテル・スピナがユノンを見る。
「ぁあ・・」
そういう事なら話は変わってくる。正しく、我が家の一員に相応しい・・と言うより、他に暮らせる場所があるのだろうか?
「そう言えば、前は家に閉じ籠っていたみたいだったな」
「陽を浴びると育っちゃうからね」
「月もヤバイの?」
「むしろ、月下の方が育つんだよ?」
「・・じゃ、もう毒は仕方ないか」
「でしょ? でもって、コウちゃんの所なら毒とか平気でしょ?」
「確かに・・」
ユノンは毒が大好きだし・・デイジーも月光の女神様に加護貰っちゃったし・・まあ、来客の誰かが毒で倒れてもデイジーが治療できるだろう。言われてみれば、うちしか行き場所が無いのかも・・?
デイジーくらいの神聖術師が他にも居れば良いんだけど、あの狂巫女さんは・・まあ、色々と凄いんだよな。アレ以上はなかなか居ないと思う。
「まあ、そういう理由があるなら仕方ないか。うちで何か仕事でもお願いしようかな」
「サクラ・モチさんの上にお庭を作って貰いませんか?」
ユノンがキラキラと瞳を輝かせて言う。
何を栽培して貰いたいのか、聴くのが怖い気もするが・・。
「良いんじゃ無い? 旦那さんに先立たれるまでは、お花屋さんをやっていたそうだよ」
「ふうん・・どうなるか分からないけど、そういう事情なら、うちで働いて貰うよ」
「ありがとう。あの子も喜ぶよ」
「それにしても・・・まともに動けそうな子は少ないなぁ」
俺は検定中の少年少女達へ眼を向けた。
練武場では、小さな子供達が金属柱を相手に武器で斬りつけたり、魔法を放ったり・・真剣な顔で頑張っていた。
(う~ん・・こいつらを小鬼とか大鬼に勝てるくらいに鍛えるの?)
滅茶苦茶ハードルが高いんですけど・・。
「草ネズミにも勝てないですね」
ユノンが他人事のように呟いた。
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