第127話 騎士校の危機!?

 学校の聖堂入口が塞がれ、大きな掲示板が設置されている。その前に、濃紺色や濃緑色の制服姿の男女が入れ替わり立ち替わり足を止めて読んでいる。


 掲示板には、大きな紙が貼ってあった。

 ただの紙切れでは無い。王家の透かし紋が入った紙だった。しかも、告知者は現国王と宰相が名を連ねている。


「実力検定・・?」


 掲示板を見ていた少年が呟いた。


国母スピナ様が御照覧だって?」


 別の少年がやや興奮気味に言った。


 国母スピナ様が学校を訪れるなど、滅多にあることじゃ無い。


「しかし、この・・能力検定というのは?」


 2年に1度ある御前試合・・生徒による一対一の試合という訳では無さそうだ。


 穏やかな内容では無い。

 王室は、騎士校の育成能力に懐疑的であり、生徒の質に満足していないと書かれている。


国母スピナ様の前で力を示す機会を与えられたということよ・・・幼年組だけどね」


 つまらなそうに言ったのは、銀髪をおかっぱに切った少女だった。隣に立っている少女も、そうね・・と呟いている。2人とも、14、5歳くらいだ。今回の能力検定とは関係が無い。


「だが、誰を相手に力を示すんだい? 幼年者に魔物の相手をさせる訳では無いだろう?」


 やや離れて立っていた少年が少女達の会話に混じろうとするが、2人の少女は目も向けずに立ち去ろうとして、そのまま動けなくなった。


「お、おい・・」


 掲示板前に集まっていた少年少女が、ギョッと眼を見開いたまま硬直した。


 その視線の先を、太い金属棒を担いだ女が歩いて来る。神官が纏うような聖衣らしき衣服を着た美しい女が、直径が2メートル近い金属製の棒を両肩に一本ずつ担いで近付いて来た。


 女は歯を食いしばるでも無く、涼しげな表情で掲示板の前まで歩いて来ると、


「練武場はどちらですか?」


 力みのない穏やかな声で少女達に訊ねた。


「あ、あっち・・」


「・・この先を真っ直ぐに歩くと、彫像の置かれた噴水があって道が別れます。向かって左側の道を進むと野外練武場、右手に進めば屋内練武館です」


「どうもありがとう」


 聖衣姿の美女が棒を担いだまま穏やかな笑顔で会釈をして軽い足取りで歩き出す。


「あ、あのっ・・お手伝いしましょう」


 少年達が勢い込んで声をかけた。


「でも、重たいですよ?」


「大丈夫です。僕達、鍛えてますから」


「・・そうですか? それでしたら1本お願いしようかしら」


 聖衣の女が、左肩に担いでいた金属棒を地面に下ろした。舗装された場所だったが、金属棒を静かに置いただけで石畳が割れ、圧壊して砕ける。異様な重みに地面が揺れたようだった。


 直径2メートル前後、長さ5メートルの棒だ。仮に総鋼の棒だったとしても、ちょっと考えられない重量感だ。


 2人の少年が互いに顔を見合わせながら棒の両端に別れて屈む。そして、そのまま動けなくなった。相当な力を込めているのだろうが・・。ぶるぶる身を震わせ、真っ赤に顔を充血させながら頑張るが、金属棒はビクともしない。知り合いらしい少年が加わり同じく力を振り絞るが、どうしようもなかった。


「まだ、生徒さんには重かったですね、ごめんなさい」


 聖衣の女が謝罪を口にしながら、金属棒の中程を掴むと、指先をめり込ませた。そのまま、ヒョイっと片手で軽々持ち上げて肩に担ぎ上げる。


「左でしたね?」


「え、ええ・・そうです」


 少女達が真っ青な顔で小刻みに頷いた。


「ありがとう」


 女が礼を言いつつ去って行った。


「なに、あの人・・」


「おかしいだろ・・加護持ち? お前、剛力持ちだろ?」


「無理だって! あれ、黒鉄の魔鍛鋼だ、多分・・」


「魔法か?」


「魔力は使ってなかったわ」


「・・じゃあ、どうやってるんだよ? 2本も持ち上げてるんだぜ?」


「知らないわよ!」


「掴んだ指がめり込んでた。あの女、人間じゃないんじゃないか?」


 少年少女達がざわめき、理解できない事象を何とか理屈付けようとしていると、ズウゥ・・ン という重たい音が遠くから響き伝わって来た。さらに続けて、もう一度・・。


 地揺れかと身構えたところに、先ほどの聖衣の美女が涼しい顔で戻って来た。担いでいた重い金属棒は見当たらない。


「ぁっ・・」


 人垣の隅の方に居た少女が声を出した。声をあげた少女が急いでひざまずいて顔を伏せる。


 聖衣姿の美女とは逆側、通りの向こうから数名の近衛騎士に護られた繊麗な容姿の森の民エルフが歩いて来た。さらには、チュレック国王、皇后、皇太子に、妹姫の姿まである。王族が移動するには、あまりにも不用心な・・呆れるほど無防備な状態で石畳を歩いていた。


 騎士校の生徒達が一斉にひざまずいて低頭する。


「デイジーちゃん、コウちゃんは?」


 明るい声を発したのは先頭を歩く森の民エルフだ。それが、敬愛する国母スピナ様の声だと気付き、生徒達が低頭したまま驚きに背を慄わせる。肉声を拝聴できる機会など大貴族ですら滅多にないことだ。


「お方様と、校内を散策なされておいでです」


 答えた声は、先ほどの聖衣の美女だ。どうやら、国母スピナ様のお知り合いだったらしい。


「そっかぁ、相談事があったんだけど・・邪魔しちゃ悪いし後にしよっか」


「フレイテル様からの呼び出しには、いつでも応じると仰っておりましたが・・・あぁ、お方様より伝話です。こちらに向かわれているそうです」


「ちょうど良かった。場所、分かるかな?」


「お越しになりました」


 そう言って、デイジー・ロミアムが胸元へ手を当てて一礼をした。


「王様まで来てるじゃん? そんな話だったっけ?」


 いきなりの声と共に、フレイテル・スピナの前に、道着姿の美少女が出現した。護衛の近衛騎士が誰一人として反応出来無いまま身を硬くしていた。


「コウちゃん、今のは瞬歩?」


「いや、ただ走っただけ」


「ふうん・・で、ノンちゃんは?」


「そこ・・かな?」


「え?」


「コウタさん、ずるいです! 今、走ってから合図しました」


 恨めしげな声がして、コウタ・ユウキの真横にユノンが現れた。


「・・もう、転移を覚えちゃったんだ」


 フレイテル・スピナが呆れ顔で苦笑した。今のは体術や技能ではない。正真正銘の転移魔法だった。


「あはは、ゴメン、ゴメン」


「・・今度は、私が先行です」


 言うなり、ユノンの姿が消え去った。


 ほぼ同時にコウタの姿も消える。


「・・鬼ごっこ?」


 フレイテル・スピナが聖女に声をかける。


「みたいですね」


 デイジー・ロミアムが尊いものを見るように、空の彼方へ視線を向けた。学園上空に、ユノンが一瞬姿を現し、ほぼ同時にコウタの姿が現れる。直後に消え去り、また別の場所に現れる。


 苦笑するフレイテル・スピナ、陶然と頰を染めるデイジー・ロミアム、驚きを通り越して表情を失った国王以下が見上げる先で、伝説の大魔法とされる転移術を、詠唱もせずに連続して使い続ける少女が居て、空を走り空気を蹴って追いかけている少女っぽい容姿の少年・・。


 いつしか、ひざまずいていた生徒達も顔を上げ、学園中の生徒、教職員達が血の気を失った顔で空の鬼ごっこを見つめていた。


 途中から、転移して出現する少女の姿が数十人になっている。


「幻術も混ぜちゃうかぁ・・さっすが、クーンだねぇ」


 フレイテル・スピナが感心しながら、右手を掲げて真上に防御の魔法障壁を傘のように展開した。


 直後に、小さな丸い物がバラバラと降ってきて魔法障壁の上に当たって地面に落ちる。直径が2センチほどの金属球だった。見た目以上に重さがあるらしく、障壁に弾んで落ちただけで、石畳の表面が砕けている。


「おぉ〜い、コウちゃ〜ん・・学校が壊れちゃうよ〜」


 フレイテル・スピナが空に向かって声を掛けた。


 途端、コウタがユノンを横抱えにして舞い降りてきた。点のようにしか見えない高さからの落下だったが、ほぼ音を立てずに柔らかく着地している。


「お待たせ」


 笑顔を見せるコウタ・ユウキと、


「どうも、すいません」


 どうやら捕まったらしく、お姫様抱っこをされたままのユノンがやや紅い顔で会釈する。


「君達が暴れると、学校が吹き飛んじゃうから気をつけてね」


 フレイテル・スピナが腰に手を当てて注意をする。


「はい、ごめんなさい」


 コウタが素直に謝った。


「ところで、相談事があるんだけど・・」


「なんでしょ?」


「うちの子孫さん達がどうしても見学したいって言うんだ」


 フレイテル・スピナが後ろに居並ぶ王族を指し示しながら言った。


「良いけど・・フレイテルさんが護ってくれます?」


「もちろん、そっちで迷惑は掛けないよ」


「じゃあ、大丈夫です。まあ、思いっきり加減をするので・・って、その辺をウロウロしている連中は王様の護衛?」


まぎらわしくなるから近衛しか連れて来て無いよ」


「じゃあ・・」


 コウタの視線を受けて、


「ジャムタ、捉えなさい」


 ユノンが小さく命じた。ジャムタというのは、迷宮で手に入れた百怨眼マジュオンという魔物に付けた名前だ。ドロリとした液体状の魔物で、体の中に無数の目玉が漂っている。



・・ケヒュケヒュ・・



 どこからか、呼気が漏れるような音がした。百怨眼マジュオンが返事をしたらしい。


 近衛騎士が慌てて腰の剣に手をかけて周囲を警戒する。


「あははは・・君達、遅過ぎるよ。もう、ずうっと尾けられてたんだからね?」


 フレイテル・スピナが明るく笑う。


「・・も、申し訳ありません!」


 王を背に護っていた初老の騎士が鋭い視線を左右しつつ謝罪を口した。


「デイジー、向こうから何か・・魔導の武器で狙ってる」


 コウタの声に、


「お任せください」


 デイジー・ロミアムが神聖術による高位防壁を出現させる。一瞬にして、淡く黄金色に輝く光の壁がドーム状に一帯を包み込んだ。


「不安定な魔素の収縮。地走龍の亜種が吐く炎息ブレス程度ですが・・私達には無害でも周囲に被害が出ますね」


 ユノンが興味無さそうに呟いた。地走龍というのは、迷宮で出てきた大柄なトカゲだ。硬いだけで、これと言った特徴の無い魔物だった。毒物を落とさないので、ユノンの受けが悪いのである。


「ふうん・・」


 コウタがユノンを抱いたまま神聖術の防護壁の外へと飛び出して行く。


 やや離れた校舎の屋上から紅蓮の炎が渦を巻いて噴出して来た。辺り一帯を焼き尽くすほどの火炎の噴流だったが、真っ正面から突っ込んだコウタによって何事も無かったかのように消失してしまった。



 魔兎の魔呑・・



 自分に向かってくる加護やら魔法やらを呑んでしまう技だった。



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