第126話 学生は無理らしい。

「何かになろうとして焦る必要があるのかい?」


 チュレックの国母が首を傾げた。


「へ?」


「だって、コウちゃん、定命の枠を超えちゃったでしょ? この先、飽きるまで長生きするんだよ?」


「・・まあ、そうなのかな?」


「何かをしなきゃ・・って、焦ったり、悩んだりっていうのは、定命の人の考え方なんじゃない?」


「・・そう?」


「そうだよ。だって、寿命が50年の人が鍛冶仕事を究めようと思ったら、それこそ5歳とか、小さい頃から上手な人に手解きを受けてないと難しいでしょ? でも、寿命が500年の人だったどうだい? もっと遅く始めても、たっぷりと技を研鑽できるでしょ?」


「まあ・・ね」


 フレイテル・スピナに言われて、俺は低く唸って腕組みをした。言われてみれば、その通りかも知れない。


「だいたい、仕事をやったり・・世の中のために何かをしなきゃいけないって、誰が決めたんだい?」


「誰って、う~ん・・なんか、みんな言ってるし?」


「みんなって? どこの、誰なんだい?」


 からかっているのでは無く、フレイテル・スピナが真顔で訊いてくる。


「働かざる者、食うべからずって・・ことわざがあるんだけど」


「コウちゃん、お金持ってるじゃん? 何もしなくても、何百年でも食べていけるでしょ? もう働かなくても食べられるじゃん?」


 国母様がいよいよ不思議そうに首を捻る。


「・・まあね」


「コウちゃんは、凄く強い力があるよ? でも、だからって、誰かのために戦う必要なんて無いんだよ? むしろ、誰かのためとか言ってたら、狡い大人に利用されちゃうよ?」


「むむ・・確かに、そういう可能性はあるか」


 俺は腕組みをして唸った。


「気がついたら、どこかの国の兵隊をやらされてたり・・ちっちゃな子供とかに泣きつかれてさ? お兄ちゃん助けてぇ~って、言われるんだよ?」


 国母様が、えらく具体的な例を持ち出してきた。これ、実体験が混じってるんじゃ・・?


「・・それは、断り難いね」


 絵面を想像すると、どうも・・よろしくない。


「おまけに、別の子供が出てきて、ワガママ言って困らせたらダメだよって叱るのさ。だって、だってぇ~って泣いて、そのうち、もう1人も泣き出して・・コウちゃんの気持ちがグラっと来たところで、大人が出てきて大声で子供達を叱りつけるんだよ? コウタ様の貴重なお時間を邪魔するんじゃないってね?」


「うん・・ついつい、子供達に良いこと言っちゃうかも」


「でしょう? そのくらいの仕込みは普通にやってくるからね?」


 フレイテル・スピナが何やら憤慨した顔で、小皿に並んだみたらし団子に手を伸ばした。


「うむぅ・・」


「だからぁ、あんまり急いで何かをやろうとか、何かになろうとか考えなくて良いんじゃない? ノンちゃんと、のんびり学生をやってさ、退屈で平和な授業を受けて、刺激の無い毎日をダラダラと過ごすんだよ。何か新しい事なんてやらなくても、ノンちゃんと2人なら楽しいんじゃない? 戦うとか・・そういうの、異常な事だよ? 普通の人は武器を他人様に向けることだって無いんだからね?」


 だんごの串を武器に見立てて、俺の方に向けて見せながら、たしなめる顔でフレイテル・スピナが言った。


「うん・・でもさ」


 言ってくれている意味はよく分かるんだ。この人は、損得抜きだし、裏表無く思ったことを言ってくれてる。それは分かるんだけど・・。


「何かあるのかい?」


「・・やれって言われてるんだよねぇ」


 俺は小さく吐息を漏らしつつ苦笑した。


「人助けをかい? 誰にさ?」


「・・神様」


「へ? コウちゃん、君って・・使徒なの?」


 フレイテル・スピナが、次のだんごを摘まみかけて固まった。


「違うんだけど・・加護持ちをいっぱい死なせちゃってさ、責任取れって怒られたんだよねぇ」


 神々が人間に加護を与える際には大なり小なり、期待している事柄がある。その加護持ちを大勢死なせた事で、神々に対する敵意を疑われてしまっている。


「コウちゃん、どんだけ倒しちゃったんだい?」


 フレイテル・スピナが呆れ顔で訊いてきた。


「加護持ち?」


「うん・・だって、神様が怒るほどってことは、十や二十じゃ無いんでしょ?」


「・・・まあねぇ」


「そっかぁ・・本当に色々やっちゃってるねぇ。奥さんも大変だぁ」


 フレイテル・スピナが気遣わしげにユノンの方を見るが、


「私、平気です」


 ユノンが目元を和ませている。


「あはは・・さっすがサリーの娘だねぇ。ただ、どんなに勇ましい人間でも、ちょっと疲れちゃう時とかあるんだからね。そういう時は、ボクに相談においで、サリーに言い難い事だってあるだろうからね」


「ありがとうございます」


 ユノンが逆らわずに頭を下げた。


「サリーだって色々大変だったんだから」


「・・お母様が?」


 ユノンが眼を見開いた。


「おっと・・言わない約束だった」


 フレイテル・スピナが両手で口を押さえた。


「その・・スピナ様はお母様と?」


「うん、知ってるよ? ずうっと古くからの・・あの子がユノンくらいの時から知ってる。だって、ノンちゃんのお父さんって、ボクの玄孫だも~ん」


 とんだ爆弾発言がさらっと飛び出した。


 ユノンが飲みかけのお茶を取り落としそうになって慌てる。


「あははは・・ノンちゃんも、慌てるんだねぇ?」


「だ、だって・・えっ?」


「誓って本当の話だよ。なので、すんごく遠いけど・・血は繋がってるんだ」


 フレイテル・スピナが、みたらし団子を頬張りながら相好を崩した。悪戯に成功した子供のような表情である。


「だから、サリーの事もよく知ってるよ? とっても芯が強くて、怖ろしいくらいに頑固で・・でも、すっごく優しい子さ」


「・・驚きました」


「まだ黙っているように頼まれてたんだけど・・ボクが君達に肩入れし過ぎてるって気を揉んでる子がいるからさ」


 フレイテル・スピナが、壁際に控えていた初老の紳士を振り返った。護衛だと紹介された後は、特に構うこと無く放置だったが・・。


「あの子は、君達が救出して治療してくれたヨーン君とリリンちゃんのお父さんさ」


「ヨーン・・リリン?」


 俺は記憶を探りつつ、ユノンを見た。


「ディージェさんと一緒に、オーギンスという人の屋敷に閉じ込められていた子供です」


「・・・あぁ、あの双子っぽい子供?」


 10歳そこそこの双子だ。黄金色の髪と色深い翠の瞳が印象的なお人形みたいに綺麗な子供達だったのを覚えている。


「はい」


 ユノンが湯気の立つ急須を手に近付いて来た。フレイテル・スピナと俺の湯飲みにお茶を注いでくれる。


「確かに・・どこか似た雰囲気があるね」


 俺は、初老の紳士を見ながら頷いた。


「王宮では満足に御礼も述べられず失礼致しました。私はジンタウル・ロウ・ミッターレと申す者・・」


 初老の紳士が、フレイテル・スピナに手招きされて近付いて来た。灰褐色の髪に、翠玉のような瞳、赤銅色の肌をしている。精悍な印象の顔立ちだった。


「公爵で、この国の宰相なんだ」


 フレイテル・スピナが、自分の隣の椅子に座らせながら、とても大雑把に紹介した。


「コウちゃん達がすっごく強力な力を持ってるからね。取り扱いに困っちゃってるんだよ」


「・・いえ・・そういう訳では」


「まあ、知らないから仕方無いよねぇ。コウちゃん達が斃してる有名どころ・・ガザンルードの辺境伯・・ルギール・クーランダ、センテイルのサキューレ・ムーラウス第二王女、奴隷王モーゼイ・タランド、剣鬼ミーゲル・タランド、幻老衆のギジン・チル、剣の勇者リュゼン・モードルーレ、アナンの妖化死兵、アナン教団長キーン・オーバブエ・・」


 フレイテル・スピナが、ユノンから借りた手帳に列記された名前に、肩書きや通り名を追加しながら読み上げていく。


 眼を見開いて聞き入るミッターレ公爵の顔から血の気が退き、じっとりと汗が滲んでいた。


「・・っていう感じなんだけど、ジンタちゃん、喧嘩しちゃうの? 悪いけどボクは遠慮するよ? チュレック傾くよ?」


「い、いや・・私にはそのような意思は御座いませぬ」


「でしょ? そんでもって、こちらのノンちゃん・・奥さんの方は、私の子孫ちゃんなんだけど?」


「先にお教え頂ければ、このような・・」


「だって、それじゃ面白くないじゃん」


「・・国母様」


 ミッターレ公爵ががっくりと肩を落として項垂れた。


「あははは、まあ、冗談だって・・とにかく、チュレックは、コウちゃん達を敵に回しちゃ駄目だからね?」


「肝に命じます。まったく・・バロードの奴、もっと早く教えてくれれば良いものを・・」


「だって、ジンタちゃん、自分で見なくちゃ納得しないじゃん? だから、直接会わせちゃおうってボクが言ったんだよ」


「国母様が・・それは・・ご配慮頂き・・申し訳ありません」


 山のように言いたい事があるだろうに、すべてを呑み込む度量を見せて、ミッターレ公爵が頭を下げた。


「それで、コウちゃん達に学校に行って貰う話なんだけど・・」


「手続きは問題無いのですが・・」


 ミッターレ公爵が言い淀んだ。


「何か問題がある?」


 フレイテル・スピナが訊ねる。


「普通の学生・・生徒として過ごすには、あまりにも能力が傑出し過ぎておるでしょう。どんなに伏せ、隠そうとしたところで・・さすがに無理があり過ぎます」


「う~ん、そうかなぁ・・そうかもなぁ」


「騎士校は加護持ちが多いとは言え、所詮は戦場を知らぬ若輩者の集まりです。狭い学校という容れ物の中での優劣に腐心する程度の者達には・・いえ、そういう者達なればこそ、すぐに異常な差を嗅ぎつけ、かえって騒ぎになってしまうかと」


「むむむ・・なんか、ジンタちゃんの方が正しいっぽい?」


 フレイテル・スピナが腕組みをして唸ったところで、


「・・宜しいでしょうか?」


 不意に、口を差し挟んだのは、俺の後ろに、背後霊のように立っていたデイジー・ロミアムだった。


「こちらは・・?」


 ミッターレ公爵が戸惑い気味に、フレイテル・スピナを見た。国母とされる人物と、上級貴族が会話しているところに割って入るような行いは、それだけで不敬罪に問われる。まあ、今さらだったが・・。


「ヨーン君、リリンちゃんを治療した聖法・・いや、もう神術師だったよね? デイジーちゃんだよ」


「おお・・奇跡の治癒術を行われたという」


「我主・・コウタ・ユウキ様の巫女、デイジー・ロイアムで御座います」


 デイジーが会釈をして見せた。


「デイジーちゃん、何か良い考えがある?」


「教わる立場に無理があるならば、教える立場ならばどうでしょうか?」


 騎士校の生徒では無く、講師をやってはどうかと言いだした。


「あのなぁ・・デイジー」


 俺が溜息交じりに言いかける前に、


「おおっ、良いね! そうか・・そうだね! 先生が強さで目立つのは問題無いじゃん!」


 フレイテル・スピナが食い付いた。


「確かに・・講師ということであれば・・むしろ、今の騎士校に良き刺激となりましょう」


 ミッターレ公爵までが乗り気である。


「いや、俺、まだ16歳だよ? 先生とか・・いくらなんでも世間を知らな過ぎでしょ?」


「幼年校は如何でしょうか? 実技を受け持って下さるだけで良いのですが・・」


 ミッターレ公爵が食い気味に提案してきた。


「じ、実技・・ええと? 幼年?」


 俺は、フレイテル・スピナを見た。


「12歳以下の子が通って来る学校だね。騎士校に上がる前に、適性を見たり・・まあ、交流の場って感じかな」


「あぁ、そんな感じ・・」


 まあ、小学校みたいな?


「チュレックの王侯貴族の子弟やら、留学してきた王族とか・・まあ、加護持ちが多くてね。先生の方も身分やら立場を気にして、手に負えてない感じなんだよねぇ」


「・・・ははは」


 生意気なちびっ子とか死ぬほど面倒臭そうなんだけど?


「大丈夫です。コウタ様・・」


 呼ばれて振り返ると、


「わずかでも心の臓が脈打っていれば・・いえ、仮に完全停止をしたとしても、1分以内であればデイジーが蘇生致します」


 デイジー・ロミアムが慈母のような微笑みを浮かべていた。こいつ、俺を何だと思ってるんだ?


「いや、それ、全然大丈夫じゃ無いでしょ? 命は無事でも、トラウマ植え付けちゃうよね?」


「とら・・?」


「俺に対する恐怖心とかで・・それこそ、俺の顔を見ただけで息が出来なくなったり、怯えて話が出来なくなったり・・」


「良いでは無いですか?」


「・・へ?」


 なに言ってんの、この狂巫女さんは・・。


「それこそ、神が与えた試練というものです。戦いの恐怖に打ち勝てぬ者など、この先、戦いの場では物の役に立たないでしょう。早い内に、当人に気付かせるのも、先達者の役目かと思いますよ?」


 ・・本気で言っちゃってますよ、この狂巫女・・。瞳の光が真剣そのものですよ・・。


「うむ・・いや、巫女殿の申す通りだと思います。騎士校とは、本来そうあるべき学舎なのです」


 宰相までが乗っかる。


「ボクも、それで良いと思うけど? それが嫌なら、家が雇った家庭教師に習っていれば良いんだよ。騎士学校を創ったのは、本当の意味で・・魔界の者達に対抗できるような・・せめて、迷宮から迷い出てくる魔物を斃せる人間を育成しなければって・・そのために創った学校なんだ」


 フレイテル・スピナが言った。

 どうやら、国母様も騎士校の現状には腹が立っているらしい。


「ふうん・・あれ? でも、騎士校って言うか・・幼年の部でしょ?」


「だからだよ。幼い内に自分の程度を知っておかないと、大怪我をしちゃうって事さ」


「・・ふうん」


 俺は巻き起こるだろう惨状を想像しつつ考え込んだ。相当数の生徒を、サクッ・・・と消失する未来しか見えないんだけど。それで良いのかな・・?


(あ・・そうか! 加護持ちの育成って・・もしかして?)


 ふと、閃いて、



「司精霊、カモン!」



 司法神に押しつけられた精霊を喚び出した。



『・・なに?』



 やる気の無さそうな声と共に、小学生くらいの女の子が出て来た。こんな幼げな奴が、OLが着るようなフォーマルなパンツスーツ姿なのは何故だ? まるで似合って無いんだけど・・?



「加護持ちのちびっ子を訓練して強くする事は、どの程度の評価になるの?」



 加護持ちの育成で高ポイントが稼げるなら・・。



『現状の程度は?』



 無愛想だが、答える気はあるらしい。



「ゴブリン以下」



『どの程度に引き上げる?』



「まずは、ゴブリンくらい」



『善行値5が加算される』



「・・その善行値って、いくつ溜まれば良いの?」



『5097万』



 斃した加護者1人につき、1万か・・。とっても遠いんだぜ・・。



「・・オーガくらいに育てたら?」



『善行値500』



 ゴブリンは5、オーガは500・・。



「それは、1人につき?」



『そう』



「なるほどぉ・・」



 闇雲に善行を積むとか考えず、騎士校の幼年組を強くするというのもアリかもしれん。オーガで500というのは希望が持てるじゃないですか。オーガとか、戦ったこと無いけどね・・。多分、ちょっと大きなゴブリンでしょ?



『還るね』



 呟いて、司精霊が消えて行った。



「カグヤ、カモン!」



『司令官閣下』



 軍服姿の霊子体女子がびしりと背を正して出現した。背に手を回して胸を張り、黒い革長靴の踵を打ち鳴らす。



「チュレックの騎士校付近に、新しく転移門を設置する」



『はっ! 正確な座標をご指示ください!』



「まずは現地を下見し、後で座標を指示する。必要に応じて、サクラ・モチの移動もあり得る」



『畏まりました!』



 霊子体カグヤが胸に手を当てて敬礼し、消えて行った。


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