第124話 怖いくらいに君が好き!


 酒屋購入の酒と肴を大量に振る舞い、半ば強引に祝福して貰い、神樹の広場で明け方まで騒いだ後、冷え冷えと澄んだ朝の空気の中、ようやく開放して貰った俺とユノン、デイジーの3人は港町の丘に来ていた。


 丘の上には、白亜の壁に朱に塗られた屋根の3階建ての建物が建っていた。

 領主の館を兼ねた見張り砦だ。しっかりとした防塁、防柵に囲まれていて、警邏の兵も巡回している。


「・・宜しいですか?」


 とりあえず、執務室に腰を落ち着けたところで、デイジーが待ちかねたように口を開いた。なんだか改まった表情である。


「うん・・どうぞ」


 ソファーに座るように勧めながら、俺はユノンにれて貰った熱いお茶に口をつけた。


「祝い事の最中でしたので、控えておりましたけど・・」


 デイジーが握りしめていた急須をテーブルに置いた。三三九度さんさんくどが終わった後も、ずうっと手放さずに握っていたのだ。


 まあ、訊きたいことは分かる。

 急須に入っている中身・・すなわち、神酒の事だろう。


「・・こ、この・・これは、そのぅ・・どういう由来の」


 震える声でデイジーが急須を見つめる。


 俺は、無言のまま空の湯飲みを手にとって急須から神酒を注いだ。その手元、湯飲みに注がれる黄金色をした液体を、デイジーが食い入るように見つめている。


「まず、飲んでみて・・それからだね」


 淡く黄金色に輝く湯飲みをデイジーの前へと置く。


「そ、そんな・・おそれ多い・・です」


 デイジーの顔から血の気が退いた。


「飲んで」


「・・し、しかし・・私などがこのような・・」


「俺の酒が飲めないの?」


 パワハラ全開である。


「・・・そ、そのぅ・・私のような者が口にするのははばかられると・・」


「飲んで?」


 にっこりと笑って見せた。


「・・はい」


 尻込みしていたデイジーが、圧しきられる形で震える手を伸ばした。ちらと、俺の方を見てから、意を決したように湯飲みに口をつける。一口・・二口と嚥下えんかして、すぐに、ぶるっ・・と身を震わせた。


「美味しいでしょ?」


 癖の無い大吟醸を選んだからね? 造ってから時間が経っちゃったけども。


「デイジー?」


 デイジー・ロミアムが湯飲みを手にしたまま、はらはらと涙を流していた。


「使徒様・・」


「は?」


「御身に働いた無礼の数々、どうか・・お許し下さいませ!」


 デイジー・ロミアムが神妙な顔つきで、いきなり床に膝を着け、その豊かな胸に手を当てて深々と低頭してしまった。


「あぁ・・えぇ・・と? なに、これ?」


 俺はユノンに助けを求めた。


「神々のお酒をお持ちなのです。コウタさんは、神様の使徒なのでしょう?」


 ユノンが小さく首を傾げて見せる。


「は? いやいや・・そんな立派なものじゃないから。これ、俺の手作りだし? いくらでも造れちゃうよ?」


 月夜とかなら、もう大量生産できちゃうからね?


「か・・神の御酒を・・お造りに」


 デイジーが呆然とした顔つきで床に膝を着いたまま俺を見上げた。すぐに陶然と頬が染まり、眼が潤んでいく。


「・・だ、だから・・いや、使徒とか違うよ? 俺、何にも使命とか無いからね? 自由にやって良いって言われてるし」


「神と・・神様とお話になられているのですね?」


 デイジーの眼が危険な熱を宿している。


「う・・いや、まあ・・それはそうなんだけど」


「ああぁぁぁ・・なんという・・私は愚か者です! こんなに・・こんなにも身近に、神々の御使いがいらっしゃるというのに・・何と愚かなっ!」


 デイジー・ロミアムが叫びながら床に突っ伏してしまった。そのまま、何やらわめきつつ号泣を始めた。もう、半狂乱である。


「・・駄目だ、こりゃ」


 俺は嘆息した。


 まるで話を聴いて貰えない。元々、思い込みが激しく、突っ走るタイプだったんだけども・・変な感じに火が着いてしまった感じだ。アンタッチャブルである。


 ここは別の話題で・・。


「えっと・・」


「はい?」


 隣に座っていたユノンが飲んでいたお茶を置いて見つめてきた。紫色の瞳がとっても綺麗です。


「神酒のことはともかく・・いておきたいんだけど」


「なんでしょう?」


「ユノンは、その・・苗字とかこだわりある?」


「苗字・・家名ですか? あまり考えたことが無いですけど?」


「・・じゃあ、ユノン・ユウキ・・になっても平気?」


「もちろんです。とても嬉しいです」


 ユノンが頬を染めながら微笑して見せた。


 こ、これは、可愛過ぎるでしょ・・。いつもは無表情で冷徹な感じなのに、こうして俺とお話しをする時は、とっても・・和らいだ表情を見せてくれます。文句なしの美形さんなので、もうね・・ぼうっと見惚れそうになっちゃうよね・・。


「その・・俺は、色々と違ってるでしょ? 怖くは無い?」


 角は生えちゃってるし、いつの間にか大量殺人鬼だし、龍殺しだし、自然破壊魔だし・・。ユノンにだけは全部伝えてあるんだけど。


「驚く事が多いですし、どうしたら良いか分からない時もありますけど・・怖くはありませんよ?」


 どうやら本気で言っているらしい。ユノンの綺麗な顔をしみじみと見つめる。


 もう、可愛過ぎてヤバイです。


 心臓が痛いくらいです。


 こんなに女の子を好きになるとか、ちょっと前まで考えられなかったなぁ・・。


「その・・辛いこととか、嫌なことがあったら言ってね? 俺、教えて貰わないと分からないから・・」


 気付かないうちに嫌われてたとか勘弁です。破局の前に教えて・・。


「コウタさん、これでも、私は闇谷の女ですよ?・・まだ子供みたいな体ですけど」


「・・えと?」


「旦那様に呑めと言われれば火でも呑みます。辛いことなんかありません」


 真顔である。


「い、いやぁ・・それはどうかなぁ・・そういうのは流行はやらないっていうか」


 ちょっと俺の方が怖いんですけど・・。


「お嫌ですか?」


「・・え? 嫌じゃないけど・・ほら、俺に都合が良過ぎるっていうか・・その、俺・・偉くなった気分で逆上のぼせ上がっちゃうよ? たぶん、何年か先には我が儘で、言いたい放題だよ?」


 調子に乗っちゃうよぉ? ちゃんと手綱握っていないと、極・亭主関白一直線ですよ?


「私は、コウタさんの妻として・・あんなにも沢山の人達に祝福していただきました。闇谷ダークエルフの女として、これ以上は望めないくらいに・・晴れがましい一日でした。お母様も・・泣いて喜んで下さいました。もう・・ユノンは一生分の幸せを頂きました」


 微笑するユノンの頬を涙が静かに伝い落ちていく。

 あぁ、もうね・・美し過ぎます。女神ですか、ユノンさん・・。


「あぁ、いや・・そ、そう?」


「コウタさんが異世界の人でも・・神様につかわされた人でも・・ユノンは生涯をかけてお仕えします」


 ユノンの瞬きしない双眸がまっすぐに見つめてくる。


「う・・うん・・」


 完全敗北である。

 四の五の理屈が入り込む余地なんか無いのだった。いや、そもそも、理屈なんか要らないんだ・・。


(・・もうね。俺・・)


 今言いたい事は、今言わなきゃ・・。


「俺は、とにかく・・自分でも信じられないよ」


 今やりたい事は、今やらなきゃ・・。


「何がです?」


 ユノンが小首を傾げた。時々見せる小動物のような幼い仕草・・。


(あぁ・・)


 気づいた時には、もう手を伸ばしていた。


 俺は、ユノンの綺麗な黒髪をくようにして細い襟足えりあしに指を回すと、力任せに引き寄せて強引に口づけをした。

 一瞬、身を固くしたユノンだったが、すぐに柔らかく身を預けてくれる。


「信じられないくらい・・ユノンが好きだ」


 大きく見開かれた紫瞳を覗き込みながら、細い腰を抱きしめて再び唇を重ねる。

 今度は、ユノンの方から腕を差し伸ばして俺の背にしがみついてきた。


 未だ狂乱醒めやらぬ元神職者が、賑やかに泣いてわめいている中で、


「・・ユノンも好きです。コウタさんが大好きです」


 俺とユノンは唇を重ね合い、互いに体の温もりを感じて幸せな心地に浸るのだった。


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