第123話 宣誓


「どうされたんですか?」


 集められた者達を代表して、デイジー・ロミアムが訊いてきた。


 色々とあって神様から説教を受けてから、1ヶ月ほど過ぎた日の事だった。


 場所は、神樹の麓である。


 ユノンの母親であるサリーシャ・リーンラム、闇谷の長ディーオ・ラルクーン、ウルフールとロートリング、ゲンザン・グロウの他にも大鷲族の族長以下数十名、森の長エーフィス・ルーノ達、レーデウスやシンギウス、東達や獣人達も総出で集まって来ていた。


「えぇ~、集まって貰ったのは他でもない。俺、コウタ・ユウキは、このユノン・リーンラムの成人の儀に立ち会いました」


 この発表に、神樹前の広場が大いに騒がしくなった。


 ユノンが真っ赤になって俯きながら、ちらちらと俺の方を見てくる。いきなり何を言い出すのかと、少しとがめられている感じだけど・・。


「多くの人は知っているみたいだけど、闇の民にとって、成人の儀に異性の婚約者が立ち会うという事は、婚礼の儀を兼ねています」


 ここまで聴いて、アズマの周辺で女性陣が賑やかになった。


「なので、俺とユノンは正式に夫婦です。本日は、皆様に俺達が正式に結婚をした事を報告すると共に、ささやかな宴を開いて、俺の・・これからの事を、集まってくれた皆に伝えたいと思います」


 俺は少し上を見上げて頷いて見せた。


 途端、


「はい、はーーい」


 明るい声がして、ふわりと淡い魔導光が灯ったかと思うと、ほっそりとした森の民の少女が姿を現した。


「ボクは、フレイテル・スピナ! チュレック王国から招待されて来たんだ。コウちゃんとノンちゃんは、ボクの友達だからね。結婚のお祝いに来ちゃったよ!」


 両腰に手を当てて朗らかに笑う少女を呆然と見ていた森の住人達が、すぐに顔色を改めて、1人、また1人とひざまずいてこうべを垂れていった。


「あはは・・だから言ったじゃん、ルティーが来たら大変だってさ」


 フレイテル・スピナの横に、同じく転移をして、ルティーナ・サキールが姿を見せていた。


「ふふふ・・せっかく、フレイの元気な声を聞けたのです。少しくらいお邪魔させて下さい」


「コウちゃんが良いって言うから、良いんだけどさ」


「はは・・まったく貴女は変わりませんね」


 ルティーナ・サキールが苦笑しつつ、スピナに手を引かれて演壇脇の椅子へと腰を下ろした。すぐ後ろへ、レーデウスとシンギウスが護りに立つ。


「俺は、異世界の日本という国から来た。高校生・・あちらの世界では、学問を学ぶために若者が集まる学校というものがあって、そこに通っていた。そちらに居る、アズマ達と故郷は一緒だけど、住んでいた土地、通っていた学校は違う」


 ちらと、高校生活を思い出しつつ小さく息をつく。


「もし、この世界に飛ばされずに、元のまま学校に通っていたら、今頃は将来どんな事をやろうか、どんな仕事をやろうか・・あれこれ悩んでいた時期かなぁ」


 就職したか、進学したか・・微妙なところだったかな。


「色々あって、こうしてユノンと出会って、お嫁さんになってくれて・・なのに、俺はまだ自分の立っている場所が・・この世の中が分かっていない。まだ、どこか自分は違うんだ・・異世界の人間なんだって、一歩引いたように物事を見てしまっている。だけど、ユノンと結婚するんなら、これでは駄目だと思った。こっちの世界の女の子を好きになったくせに、何かあると自分は異世界人で・・と、逃げをうつ気持ちが残ってたら駄目だ。その事を、ずうっと考えていたんだ」


 まだ、頭も整理がつかなくて、うまく言葉に出来ないけども・・。


「俺は、この先も、ずうっとこの世界で生きて、この世界で死にたい。そのために、もっともっと、こちらの世界の事を知りたい・・勉強したい」


 先日、サクラ・モチに大陸地図を見せられて、世界の拡がりを感じた。


「そういう考えをフレイテル・スピナさんに相談したところ、身元を隠して学校に通ってみたらどうか? という話になった。似通った年齢が集う学舎に通えば面白いんじゃないかと・・まあ、いつまで通えるか分からないけど、俺とユノンはチュレック王国の国立騎士学校に通ってみる事にした。しばらく、ただの学生をやってみるつもりだ。たぶん、学校に行ったから、どうなるって事でも無いけど・・」


 ノリの良い国母さんのおかげで、ディージェには手続き等々で無理をさせているようだが・・。

 デイジーは、騎士学校の"迷宮教室"の教導員として参画することが決まっている。


「さてと・・あれこれ脱線しちゃった。自分自身について色々と思うところはあるんだけど、これから何処で何をやるにせよ・・ユノンを手放す気は絶対に無いので、森に返せと言われても返しません。よろしいか?」


 俺は、椅子に座っているルティーナ・サキールを振り返って念を押した。


「無論です。クーンの枝は預けたのでは無い。すでに、ユノンの物なのです。それに、世界のどこにあっても、神樹の愛し子であることに変わりはありませんからね」


 神樹様が微笑して言った。


「闇の人も良いかな?」


 俺は、闇谷の長と義理の母親を見た。


「もちろん、我々としては・・」


「ユノンはリーンラムを出て、独りユノンとなりました。闇谷には、成人した女が決めた生き方に口を差し挟むような無粋な者はおりません。命果てるまで、夫と定めた者に寄り添ってこそ闇谷の女というものです」


 闇谷の長をさえぎるようにして、義理の母親が毅然とした表情で言い放った。闇谷の長の出る幕は無いらしい。


「最後になったけど・・」


 俺は、傍らのユノンに向き直った。


「改めて結婚を申し込みます。ユノン・・俺のお嫁さんになって、いつまでも一緒に居てください」


 片膝を着いて、ユノンを見上げる。


「・・ぁ」


 惚けたように眼を見開いて固まっていたユノンが、何かを言おうとして口を開きかけ、狼狽うろたえたように視線を左右させる。


「ユノン・・俺を受け入れて貰えますか?」


「・・ぁ・・あの、はいっ! ユノンは・・ユノンは・・・どこまでもコウタさんと一緒に・・この身が果てるまでご一緒します!」


 ユノンが笑顔を作ろうとしながら泣き出してしまい、顔を両手で覆って小さな声で宣言した。


「・・どうもありがとう」


 ホッ・・と小さく息をついて、俺は立ち上がりながら、個人倉庫から黒い飾り台を取り出した。その上に、黒塗りのお盆、実家の酒屋で売っていた黒漆に金模様の酒杯を三枚積んだ。横に、お茶に使っていた急須を並べる。


 何だろうと問いかける涙濡れた眼差しに、


「俺の故郷の婚礼の儀なんだ。異世界流に、少し付き合ってよ」


 そう言いながら取り出したのは、大吟醸酒に月仙丹を入れた神酒である。

 

 静まり返った中で、急須へ神酒を注ぎ入れてから、デイジーを見る。


「俺の故郷では神官さんか、巫女さんにやってもらう役目があるんだけど・・」


 酒を注ぐ手順を説明する。酒杯の飲み方も合わせて説明した。


「畏まりました。神に仕える者として務めさせていただきます」


 デイジー・ロミアムが緊張した面持おももちで頷いた。


「三度ずつですね?」


「うん、注ぐのも三度に別けて。飲む時も三度に別けて。小さい杯は俺から、真ん中はユノンから、下の大杯は俺から」


「分かりました」


「じゃあ、デイジー・・司教として、みんなに "三献の儀" を行うことを宣誓して。それからお酒をお願いします」


「はい」


 デイジーが青塗りに銀糸飾りの聖上衣を取り出して肩に羽織った。


「司法神の徒として、デイジー・ロミアムが、コウタさん、ユノンさんの "三献の儀" を見届けます。今しばらく、ご静粛に願います」


 デイジーがおごそかに言って一礼をすると、神酒の満たされた急須を手に俺が持つ小杯へと注ぎ始めた。



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