第120話 厄災のウサギ


 未明・・。



『眼下に敵の天幕群』


 等間隔に散開している大鷲族から伝話が届く。


「高高度を維持。まだ照明をつけるな」


 大鷲オオワシ族が伝話でやり取りしながら山岳地帯の遙かなる高空で翼を拡げ、ゆったりと弧を描いて旋回している。その数、およそ3千。大鷲オオワシ族が総出で繰り出して来ていた。


「御大将のご指示は?」


 大鷲オオワシ族の族長が伝話で問いかけた。相手は、ゲンザンだ。


『合図で、重鋼片を投下。後、御大将が落着後、全軍急降下にて掃討戦を開始。各々、衝撃波に呑まれないよう十分な注意を払えとの事です』


 ゲンザンから応答があった。


「しかと、承った! 者共っ、準備は良いな!」


 族長が猛った声を掛ける。

 すぐさま、勇ましい返事が方々から返った。


 ややあって、


『・・族長っ!』


 伝話で、ゲンザンの声が届いた。合図だ。


「重鋼片、投下っ! 後、魔導筒を点灯して円を描け!」


 待ちかねていた族長が号令を下した。

 自身も抱えていた鉄箱をひっくり返す。中には、重さ5キロの棘付きの鋼玉が50個入っていた。高度1万メートルから1個5キロの棘付き鋼玉が15万個も降り注ぐのだ。地表で浴びた者は、無事では済まないだろう。


「鉄箱、投棄っ! 魔導筒を・・」


 族長が号令をしかけた時、


『族長っ! 御大将より伝令っ!』


「むっ・・何事か?」


『西北西、水平方向より、センテイル王国の飛竜群が接近・・数、300。全大鷲オオワシ族で、これを必ず殲滅せんめつせよ・・との事です』


「おうっ! 願っても無い御命令! 承った!」


『後、地上の残存兵の掃討に移れ。以上です』


「お任せあれっ!」


 大鷲オオワシ族の族長がたぎった声を放った。


「御大将より下知を賜わった! 全軍、西北西から来る飛竜騎士を撃滅せよっ! 敵は300。背に乗る騎士を合わせても600だが・・飛竜の巨躯、それを操る竜騎士の技はあなどれぬぞ。こちらも連携を密にして当たり、数の有利で圧しきる。20騎で菱陣を組め! まずは、投槍にて竜騎士を仕留める。雲間に逃がすなよ!」



 矢継ぎ早に指示を出す族長の元へ、


「ゲンザン以下、攻めの一翼参りました」


 肉声が聞こえて、大翼を拡げたゲンザン達が近づいて来た。


「御大将は、どうなさった?」


「ご自身で宙を蹴って昇って行かれました」


 ゲンザンが苦笑する。


「うははは・・・さすがは御大将なり! 地表の敵兵共、さぞや肝を潰すであろうな!」


「潰れる肝すら残らんでしょう。恐らく・・」


 ゲンザンが後の言葉を呑み込んだ。


(恐らく、ユウキ殿は我らを退避させたのだ。飛竜ごときに3千で当たれとは・・さすがに過剰ですぞ)


 胸内で呟きながらも、その心遣いは嬉しいものだ。

 ゲンザンの部隊はともかく、他の大鷲オオワシ族はコウタ・ユウキの巻き起こす大災害を知らない。うっかり近付きすぎて巻き込まれる者も出るだろう。


「御大将の・・兎爆雷という技らしいのですが、恐らく、地上の木石は打ち砕かれて一掃され、形も残らない惨状となります。範囲がどこまで及ぶのかですが・・山の斜面がある関係で、稜線の反対側は被害が少なくて済むかと」


「話には聴いていたが、それほどか」


「はい。誇張無く申し上げております」


「うむ・・儂に疑う気持ちは一片も無いが、どうすれば良い?」


「まずは飛竜狩りに全力を・・とてつもない爆発音が響きましたら、気流の乱れをやり過ごし、十分な時間を置いて地上の掃討へと移るべきです」


「よしっ、その通りにしよう」


 大鷲オオワシの族長が大きく頷いた。


『飛影見えました』


 物見で先行した大鷲オオワシ族から伝話が入った。


「数と位置は?」


『高度6千・・数は297騎・・いえ、5騎がやや後方に離れて飛行中』


「なるほど・・ゲンザン、頼めるか?」


「5騎の方ですな?」


「うむ」


「では・・皆に先んじるようで申し訳ないが・・攻めの一翼、古参兵の舞いをお見せ致そう」


 ゲンザンが腰の短剣の鞘を打ち鳴らして、高空へと舞い上がった。率いていた部隊が遅滞なく続く。


『攻めの一翼が、後方の5騎に仕掛けると同時に、残る297騎を襲うぞ。基本通り、上から下だ。高度を取れっ!』


 族長の伝話が各部隊の長達へ伝達されて、大鷲オオワシ族がさらなる高高度へと舞い上がり始めた。


『ゲンザンである。ほどなく、我らが御大将が引き起こす大爆発が地表に弾ける。凄まじい音と突風が吹き荒れるであろう。翼に受ける風に注意を払い、不意の乱れに惑わされることなく任務を完遂せよ。御大将の爆雷を合図に、我ら攻めの一翼は襲撃に移る!』


 ゲンザンの伝話に、大鷲オオワシ族達が腰の短剣を一度打ち叩いた。



 その頃、



 ヒュイィィィィィィィィーーーーーーーーーー



 風切り音を響かせながら、某兎爆雷が投下されていた。


 高度 1万5千メートルからの落下である。


 まあ、当の本人は暢気のんきなものだ。頭を下にして落下しながら、


(ユノン、大丈夫かな?)


 いつぞやの黒服が来ていたようだけど・・。いや、今となっては、あんな暗殺屋なんか、ユノンの敵では無いのは分かりきってる。百怨眼マジュオンという強力な使い魔もいるし、負ける要素は全く無い。ただ、それでも気になるというか・・。


(うっかり、怪我とかしてなければ良いけど・・)


 二手に別れての同時殲滅とか、失敗だったかもしれない。

 そんな事を考えていると、

 

『コウタさん、こちら終わりました。サクラ・モチで待機します』


 ユノンから伝話が入った。


(はやっ・・)


 はい、ボクの杞憂でした。とっても優秀でございます。


(・・っと)


 そろそろ地表が見えて来ましたよ。


 何も無い岩肌のように見えていますけども・・。ボクの耳には、視覚阻害の天幕の下に潜んでいる大勢の人達の心音が聞こえていますからね? ちょっぴり油断した猥談とかも聴こえてますよ? 森の民を捕まえて裸に剥いて嬲り尽くす妄想を熱く語り合い、とって付けたように神がどうとか、神聖がどうとか言って笑ってますけど・・。


 全員きっちりと神の御許みもとへ送ってあげましょう。



(往生、しろやぁぁぁーーーーー)


 魔導で岩肌にしていた天幕に体が触れた瞬間、


 破城角っ!


 一角尖っ!


 すっかりコツを掴んだコンボを叩き込む。コンマ数秒の連続技が最高のタイミングで入り、白々と輝いた俺の小角が引き裂いた天幕の布地諸共、下に居た神聖騎士達を圧壊させて地面へと激突した。



 ドオォォォォォォォーーーーーン



 最初は、単発の重たく打ち込まれるような衝撃音だった。


 すぐに、



 ゴオォォォォォォォーーーー



 重々しい流化音が響き始め、爆風が岩石を巻き上げ、巨樹を粉々に砕いて周辺へと殺到していく。山岳地だった場所が陥没し、山脈そのものが消失して砕塵と化して巨大な突風の渦を巻き起こした。


 大地が激しく揺れた。


 幾つもの亀裂が方々へ走り伸び、地表にあった物が呑まれて消え始めた。


 爆風の壁が数十キロに渡って奔り、あらゆるものを一掃して抜けて行く。



(・・おぅのぅ)


 爆心地の中央で、俺は少しやり過ぎた事を悟った。



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