第116話 対価の価値は?


「妙な部屋ですな」


 ゲンザンが配下の者達から報告を受けながら呟いた。


 大鷲オオワシ族の報告をユノンが取りまとめたものを読みつつ、周囲へ視線を巡らせた。


 俺の想像通りなら、ここは操船する部屋・・指揮所のような場所だろう。この建物を造った人達は俺達と同じようなサイズだったらしく、座席の形や大きさは少し大きいかな?くらいの差違しか無い。座席一つ一つが、大型のマッサージチェアのような形状になっていた。座面の材質は、布や革では無く、シリコンのような弾力を感じる。


(背もたれがフラットに倒れたらベッドになりそう・・)


 俺は座席を調べながら、おそらくは艦長席だろう、少し高い位置にある一番大きな座席に腰掛けてみた。なかなか良い座り心地だ。大昔の物とは思えない保存状態だった。


 大鷲オオワシ族が建屋の中を手分けして見て回り、気になった報告のあった場所には実際に足を運んでみる。


 どうやら、ここを動かすために重要らしい場所は、この小部屋と、中央下部に位置する棺のような箱が置かれた部屋のようだった。


「操作するような器具は見当たりませんな」


 ゲンザンが部屋の中を見回しつつ首を傾げる。

 窓も何も無く、真っ暗だったため、ユノンが魔法の照明球を浮かび上がらせていた。


(座席の先・・床にある真ん中の丸い模様は何だろ? まさかの転移場所?)


 俺が座っている中央後方にある座席から見て、正面下段に1席、その前に左右に2席ずつ。その座席列の前方に、円形の魔法陣っぽい模様が描かれていた。


「召喚陣に似ています。でも・・この術式は・・私のらない文字です」


 ユノンが興味深そうに呟きつつ手帳に書き写している。


 俺は他の座席にも座ってみて肘掛けの部分を触ったり、何か仕掛けは無いかと調べた。


 操縦桿も、操縦ペダルも、スイッチ一つすら見当たらない。SFアニメにあるような掌を載せる珠も無い。


(何か・・足りない? ここからじゃ、エンジンがかからない感じ? ってか、どうすんの、これ?)


 マスターキーというのか、魔導装置を動かすための何かが止まってしまっている。


「ちょっと、下の黒箱の部屋に行ってみる。あっちで、色々いじるから、ここで変化が起きないか見ててくれる?」


「分かりました」


 ユノンが頷いた。


「1人付けますか?」


「いや、どうなるか分からないから、こっちに集まってて。連絡は伝話でお願い」


 ゲンザン達に見送られ、俺は棺のような物が置かれた部屋へと向かった。


 各層は縦穴のような狭い階段で行き来できる。ただ、ちゃんと動くようになれば、エレベーターっぽい設備もあるんじゃないかと睨んでいる。


(この扉だって、自動で開くと思うんだよな・・)


 重たい扉を力任せにスライドさせつつ、通路を進んで紋章っぽい図柄の描かれた扉の前に立つ。

 中は真っ黒な楕円形の棺・・カプセル型の容器が置かれた狭い部屋だ。露骨に怪しい施設である。


「ユノンの魔力を吸ったらしいから・・これが魔導炉なのは間違い無いんだけど」


 漆黒のカプセルの表面を撫でながら、透けて見えそうな中身に眼を凝らすが、自分の女顔が映っているだけだった。いつ見ても、完璧に美少女だ。男なのに・・。


(鍵穴っぽい所も無い・・っていうか、継ぎ目が無い)


 魔力を吸うだけの装置なら、もっと小さい物で良いような気がするけど・・。


(月仙丹を使ってみようかな)


 ユノンの魔力で足りなかったので、神酒か、魔瘴気を試すしか手立てが無さそうだ。



「店精霊さぁ~ん」



『いらっしゃいませ』



 割烹着姿の美人精霊さんが姿を見せた。



「お酒を買いたい」



『・・いくら法律の無い異世界でも、未成年者の飲酒は感心しませんよ?』



 優しく睨まれちゃいました。



「飲むのは、ボクじゃないんです」



『皆さん、そう仰るんですよねぇ・・』



 溜息つかれちゃいました。



「いや、本当なんです。信じて下さい」



『・・分かりました』



 和服美人さんが、渋々といった感じで頷いた。

 途端、俺の目の前に、お酒のリストが表示された。



「う~ん・・芋から試すか」



 俺は、芋焼酎の金鹿を選んだ。



『6千セリカになります。代金はお引き落としで宜しいですか?』



「うん、お願い」



『お買い上げ有り難うございます。お買い上げの品は、倉庫の方へ届けておきますね』



「はい」



『では、またのご来店をお待ちしております』



 割烹着姿の美人精霊さんが、丁寧にお辞儀をしながら消えて行った。



「さて・・」


 個人倉庫から、芋焼酎の一升瓶を引っ張り出すと、手早く栓を抜いて、兎のフンのような月仙丹を入れる。緑色の瓶の内側から眩い月光のような光が放たれて、すぐに元通りの色に戻った。


(・・どれどれ)


 少しだけ口に含んでみる。


(うはぁぁ・・)


 俺は、全身を駆け巡る、ざわざわした感じに軽く身震いをした。ちゃんと神酒(芋焼酎の香り)になっている。


「どうかなぁ?」


 漆黒の棺っぽいカプセルに少しかけてみた。


「む・・あぁっ!?」


 伝い落ちるだろうと思っていたお酒が一瞬で吸われて消えていた。指で触れてみると、表面はさらさらと乾いている。


『コウタさん!』


 いきなり、ユノンの伝話が聞こえて来た。俺に魔力が無いので、こちらからは返事が出来ない。


『部屋が明るくなりました』


 珍しくユノンの声が興奮している。危険な状況では無いようだ。


「おっ? 効果あったんだ・・やっぱり、この黒いやつだな」


 俺は手にした芋焼酎を景気よく流しかけていった。



 ゴォォォーーン・・



 ゴォォォーーン・・



 ゴォォォーーン・・



 いきなり、重低音が響き始め、部屋全体が地震のように揺れ始めた。


「ぅおっ・・と!?」


 危うく倒れそうになりながら、黒いカプセルにしがみつく。



『起動能力者と認定』



「・・なんだって?」



 いきなりの声に首を巡らせる。部屋の揺れが鎮まり始めた。



『司令官の識別名称を登録します。登録名称をお願いします』



 若い女性の声だった。



「・・コウタ・ユウキ」



『識別名称、コウタ・ユウキ・・司令官登録完了しました』



 いつの間にか、聞こえていた重低音が、



 ゴォン・・ゴォン・・ゴォン・・・



 という、規則正しい音に変わっていた。そのまま徐々に音が鎮まっていくようだ。



「・・って、誰?」



 俺は、部屋の上方に浮かんでいる蝙蝠みたいな翼がある小さな女の子を見上げた。外見年齢は、20代半ばくらい。知的に整った怜悧な美貌に、腰のくびれた大人びた肢体、濃紺の軍服みたいなジャケットにタイトスカート。頭にはベレー帽っぽい物を載せている。豊かに盛り上がったジャケットの胸元には勲章っぽい飾りがキラキラとぶら下がっていた。まあ、知的な美貌をしたグラマー美人さんだけど、20cmサイズだからねぇ・・。



『大破時に識別名称を失効しております。コウタ・ユウキ司令官閣下の権限において、再登録する必要があります』



(名前をつけろってか?・・芋焼酎で眼が覚めたんなら、芋子? 捻ってオユワリ?・・いや、元は月光から創った月仙丹だし・・月の・・ウサギノフン? あぁ・・でも、女の子っぽい名前が良いよな? う~ん、月で・・女の子? かぐや姫かね?)


 俺は、あれこれと悩んだ末に、



「サクラ・モチ」



 最愛の団子に次ぐ、好物の名称を告げた。



『登録しました。これより、通常起動状態に移行します』



 冷たい美貌の美人さんが無感情に告げた。



(音声入力? この子、AIっぽい何か?)


 俺は戸惑いながらも、対話を繰り返しながら、初期登録作業を行っていった。



『総ての起動行程を完了。これより、識別名称、サクラ・モチの全機能を開封します。安全のため、司令は艦橋へ移動をお願いします』



「はいよぉ~・・エレベーターとか無い?」



『えれべーたーとは?』



「艦橋へ移動する装置は?」



『転移円をお使い下さい』



 軍服女子が指さした先で、床の上に円形の模様が浮かび上がり、淡く点滅しながら回転していた。



「素晴らしい・・ところで、これ・・船なんだよね? 空を飛ぶんでしょ?」



 大事な事なので確認しておく。もしかしたら、ただの休憩施設だったというオチがつく可能性もあるから・・。



『当艦、識別名サクラ・モチには、大気中を飛行する能力は御座いません』



 いきなり、オチがついちゃいました・・。これ、飛ばないんですって・・。



「えぇと・・どうやって移動するの?」



 ここ陸地なんですけど?



『亜空間を潜行移動します。亜空潜行型、強襲揚陸艇です』



「ふおぉぉ・・それを早く言ってよ!」



 潜水艦来たぁーーーっ



『隠密性を極限まで高めているため、移動速度は抑えられております』



「ふむふむ・・ところで、この船はあちこちが壊れてたけど・・直せるの?」



『現在、補修中です。通常運用には支障ありません』



「・・誰が、どうやって直してるの?」



『当艦の分解炉に資材を投入することで、修復用の微素体が精製されます。作戦投入時の状態への復元に要する時間は2時間ほどを予定しております」



 アニメに出てくるナノマシンってやつだろうか? 材料があれば自動修復してくれる・・という理解で良いのかな?



「資材はどこから?」



『当艦の船外活動用駆体により、周辺地域に遺棄されている艦艇を回収。素体に分解の上、当艦の資材として再利用致しました』



 ロボットか何かが集めて回っているのだろうか?



「・・賢いな」



 ナイスなリサイクルだ。



『恐縮です』



「じゃあ、回収できるだけ回収しちゃってよ。先々、必要になるかもしれないから」



 後で必要になった時に、材料不足ですとか悲しいじゃん・・。



『当艦の収容能力では、揚陸艇8隻程度の回収が限度となります』



「・・この辺に、あと何隻あるの?」



『探査範囲内で、219隻が存在します』



「俺の個人倉庫とか使えない? 艦艇で登録すれば999隻入るはずなんだけど?」



『司令の・・個体情報精査のご許可を頂けますでしょうか?』



「いいよ」



『御手を失礼いたします』



 軍服女子が近くに降りてきて、俺の指先を握った。



『・・これほどの収容能力は当方の記録に御座いません。もし利用をお許し頂けるなら・・周辺地域の艦艇を回収の上、素子化して保管。危急時には即時利用することが可能となり、当艦の機能維持に大幅な安定性が見込めます』



 先ほどまでの怜悧な姿勢から一変し、軍服女子が俺の指先を握ったまま、熱い眼差しで語りかけてきた。



「確認しておくけど、この船・・サクラ・モチについての総ての決定権は俺にあるんだね?」



『はっ! 御委譲頂いている権限は、当艦運用のための保安・保全作業のみとなっております』



「よろしい。今まで休眠していた分、しっかり働いて貰うことにしよう」



 俺は少し反り気味に言い放った。



『望外の喜びに御座います』



 軍服女子が嬉しそうに瞳をキラキラさせながら、空中に浮かんだまま両手を後ろ手に組んで胸を張った。命令を待つ軍人の姿勢だ。



「よし、では俺は司令室へ行くとしよう。場所を移しても、君への指令は可能だね?・・って、そう言えば、君は・・サクラ・モチ?」



『当艦、識別名サクラ・モチを管理している管制頭脳体であります』



「頭脳・・サクラ・モチの頭脳・・名前というか、識別名は無いの?」



『御座いません』



「名前が無いと不便だなぁ・・じゃあ、カグヤと命名します」



 もうね、お月様繋がりだね。竹から産まれた御姫様だね。蝙蝠みたいな翼があるけど・・。



『識別名カグヤで登録致しました』



「よろしい」



『カグヤは、司令の保管能力の部分使用を実現するため、御身に随伴する霊子体となりました。いついかなる場所でも指令をお受けすることが可能です』



 霊・・? 精霊なの? あいつらみたいな?



「・・・まさかの有料化?」



『有料化とは?」



「対価というか・・何か代償の要求は?」



『御座いません。強いて申し上げるならば、司令の保管庫を部分提供して頂くことが対価であります』



「なるほど・・」



 俺はホッ・・と安堵の息をついた。

 課金精霊はもう要りません。ノーモア、重課金である。



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