第115話 依頼と対価
「迷宮教室?」
「そそ・・騎士学校の年少組を中心に15階層くらいまで潜って訓練をする実習教室があるんだ」
フレイテル・スピナがみたらし団子を頬張りながら言った。
迷宮町の旧狩猟者協会の一階である。建物の外には、警護の兵士がずらりと整列していたが、建物の中は俺とユノン、デイジーとフレイテル・スピナの4人だけだった。
「ボクの感覚だと、ここの迷宮の25階層くらいまでに遭遇する魔物と互角に戦えるようになれば、たまに森から迷い出てくる
「・・まあ、そうかも?」
と言うか、
「コウちゃんにとっては弱っちぃ敵でも、普通の人にとっては結構危ない魔物なんだよ?」
「ふうん?」
ユノンと顔を見合わせる。
「迷宮のゴブリンは弱すぎます。訓練にはならないと思いますけど?」
ユノンも不思議そうに小首を傾げていた。
「いいえ、迷宮の魔物は外で繁殖しているものより強さを増しております。一般の方にとっては脅威になります。それに、コウタさん、ユノンさんがご存知の樹海のゴブリンは、こちらではエルダーゴブリンと呼ばれる上位種ですよ?生命力も魔力も桁違いに強い種なのです。迷宮で遭遇した
デイジーが苦笑しつつ言う。
「あはは・・ルティの樹海だと、そんな感じなんだ? コウちゃん達が強いわけだねぇ」
「コウタさんは特別ですもの。他にも異世界から召喚された人達がいらっしゃいましたけど・・なんか、コウタさんとは違った感じですよねぇ」
デイジーが首を捻る。
「ノンちゃんも、その若さでクーンだもんねぇ。あの慎重なルティが
フレイテル・スピナが唸る。
「で・・迷宮教室がどうしたって?」
「それだ! 忘れてた・・だから、デイジーちゃんに聖術の教導をお願いしようと思ってたんだ。コウちゃんの国の大使だから、デイジーちゃんにお願いする前に許可を貰おうと思って」
「教導・・ですか?」
デイジーが首を傾げた。
「加護持ちの子ばかりを集めた特別教室なんだけど、まともに教えられる人が少なくて。まあ、面倒は面倒なんだけどね」
「いくら貰えるの?」
対価が良いなら悪い話じゃない。
「う~ん、コウちゃん、お金持ちだからなぁ~、どのくらい用意したら良いんだろ? 何か欲しいものとか無いの?」
「欲しい物・・あぁ、船が欲しいんだけど、うちの港まで行き来できるような船」
自由にできる船を手に入れるのも、目的の一つだ。
「コウちゃんの港から行き来するとなると熟練の船乗りでも神経使う航路になるし・・季節風頼りになっちゃうねぇ」
相当に訓練と経験を積んだ船乗りが揃わないと、船だけがあっても役に立たないらしい。そもそも、そうした熟練の船乗りは数に限りがあるそうだ。
「帆船って・・不便だなぁ」
「う~ん、風に切り上がるのも限界あるし、航行そのものが苦労と危険に見合わないからねぇ」
どれほどの腕の良い船乗りを集めても、強風が吹く時期、海峡が荒れる時期は航行不能となる事も多いのだとか・・。
「なるほどぉ・・」
「そうだ!・・動かせるかどうか微妙だけど、どうせ手に入れるなら帆船とかより魔導船の方が良いんじゃない?」
フレイテル・スピナが眼を輝かせた。
「魔導・・船?」
「うんうん、コウちゃんは魔力無いけど、ノンちゃんは魔力モリモリだから動かせるかも」
「・・・魔力モリモリ」
俺はユノンを見た。こんなに、細っそりして華奢なのに、モリモリ・・。羨ましい。
「ボルイーノ高地にある魔界境の近くに幾つか壊れた魔導船が転がっているから、どれでも持って行って良いよ? 昔の人の遺した物だし・・危険な魔物だらけの土地だけど、コウちゃん達なら平気でしょ?」
「へぇ? 遺跡なのかな?」
ボルイーノ高地は、迷宮町から西方に馬で3ヶ月ほどの場所だ。大鷲さん達に運んで貰えば道も高低差も関係無いから大幅に短縮できるだろう。
それにしても、魔導船か。確かに、魔法とか神様とか登場する世界だし、そういう物があっても不思議じゃ無い。
「大昔の人達は魔導船で決戦兵器を運んで、空から突入して主力を送り込むような戦い方をやってたらしいんだ。その名残というか・・古いんだけど、ちゃんと魔導装置が生きている船があるんだよ。まあ、動かせないんだけどね」
「ふむふむ・・なんだか貴重そうだけど貰っちゃって良いの? 迷宮にあった転移鏡みたいなものでしょ?」
魔導で空を飛ぶ船とか、俺の中の男の子を刺激しまくるじゃないですか?
「うん、あげる。って言うか、普通は魔導船って何だぁ~?というところからなんだけどねぇ?」
フレイテル・スピナが苦笑した。
「魔導で動く船なんでしょ?」
魔導の戦艦とか、漫画やゲームにいくらでも出てきますよ? とってもポピュラーです。
「うん、まあ・・そうだね。そうなんだけど・・ちょっと理解が早過ぎない?」
「持って行ったら後で罪に問われるとか? 返せとか言って、取り上げられるとか?」
むしろ、そっちの方が心配なんだけど?
「ないない、ボクが誓詞を捧げるよ。そもそも、誰も動かせないから放置されてるんだ・・
実際のところ、そう珍しい物では無いらしい。残骸だけなら、あちこちで散見されるのだとか。
「そうなの? デイジー?」
「大陸各地に遺物として点在しているようですよ。ランドールの本殿にも、大型のものが安置されていて、研究対象になっていました」
教会の本殿地下に魔導船とか・・。なんか格好良いじゃないですか。
「動かないの?」
「魔導の心臓・・炉を動かすための
「魔力なんでしょ?」
「魔力だけでは膨大に消費されるばかりで・・少し動く気配はあるのですけど、わずかな動作の音がするだけで術者数百人分の魔力を消費してしまうそうです。いくらなんでも、そんな低効率な消費物を使用しないだろうと・・研究者達は言っていました」
デイジーが言った。
「ふうん・・」
魔力でも動かせないことは無いけど、使用量が多すぎて現実的じゃ無いと・・。でも、魔力とは互換性があるモノ・・。神気と魔瘴気はどうかな?
「ちゃんと動かすのは難しいけど、ボクは少しだけ浮かせた事があるよ? まあ、すぐに魔力が空になっちゃったけどねぇ」
フレイテル・スピナが得意げに言った。それだけ、この国母さんの魔力量が多いという事だろう。ただ、ちょっと動いたくらいじゃ何の役にも立たないようだ。
「ふうむ・・・」
「どう? 迷宮教室の講師役に、デイジーちゃんを貸してくれる?」
「とりあえず、魔導船とやらを見に行って動きそうなのがあるのを確かめてからかな。ゴミばっかりじゃ困るし・・」
「もうっ!
フレイテル・スピナが頬を膨らませる。
「自由に選んで良いんでしょ?」
「うん、どれでも、幾つでも良いよ」
チュレック王国の国母様が笑顔で即答した。
****
そういう訳で、15日後には、ボルイーノ高地に到着していた。
迷宮教室とかいう妙な話も引き受ける流れになるだろう。
何しろ、俺がやる訳じゃ無いので・・。
「空から見えたけど・・本当に、いっぱいあったね」
「これが魔導で動く船とは・・想像できませぬな」
ゲンザンが大きな構造物を見上げながら言った。
赤茶けた砂や岩片で覆われた小山が、荒涼とした岩肌の上に点在している。細長く横たわっている物から、大地に突き刺さるように生えている物、割れて飛び散った物まで様々だった。
話で聴いた時は、帆船みたいな形状をイメージしていたのだけど・・。
ゲンザンに抱えられて空から観察した感じでは、全長は200メートルくらい、全高だか全幅だかは80メートルくらいの細長い物が多かった。中には、全長も全幅も同じくらいの箱みたいな物もあった。
とりあえず選んだのは、形が綺麗に残っている円筒状で細長い構造物だ。
「虫食いみたいに穴だらけだし・・動きそうも無いねぇ」
俺は嘆息しながら、壁に開いた大穴から中を覗いてみた。
何枚もの板が重なったような壁の断面は、灼けた感じでは無く、鋭い刃物か何かでくり抜かれたような感じがする。
「中を見てみよう。これがどう動くか分からないし・・外に残らず、全員で中へ入っておこうか」
「はっ!」
ゲンザンが、即座に頷いて配下の大鷲族へと伝達する。
(さぁ・・何が出るかな?)
雷兎の耳で物音を拾いつつ、先頭に立って壁の穴から入って行った。
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