第114話 生還


「それにしても・・全員が独りで迷宮を踏破しちゃうなんて吃驚ビックリだよ!」


 チュレック王国の国母、フレイテル・スピナが子供のように跳び上がって喜んでいる。

 そう言う、フレイテル・スピナ自身も踏破して戻っているのだが・・。


 デイジーは、聖術の高位、神聖術というものを顕現する力を得たのだと泣いて喜んでいた。


 ユノンは、百怨眼マジュオンという物騒な名称の魔物を使役する力を手に入れていた。見た目は、どろりとしたゲル状の肉体に金色の目玉がいっぱい浮かんだ気味の悪い粘体魔物だ。


 フレイテル・スピナは、精霊王と対話する力を得たのだとか・・。



 俺は・・。



 月光槍(キスアリス装備時限定)


 月兎の月仙丹(神気で練り上げた万能回復薬の素)


 天兎の天翔脚(60秒間、空を走れる。30秒後に再使用可能)


 雷兎の雷触毛(60秒間、高圧電流を纏える。30秒後に再使用可能)


 月兎の光霊毛(60秒間、光霊体と化す。30秒後に再使用可能)


 邪兎の呪髪(神気や魔瘴気を消費して、髪の毛が約15メートルくらいに伸びて、巻き付いたり、突き刺したり、切ったりできる・・らしい)


 店精霊(酒屋)を喚べるようになった。


 お店の精霊(酒場)を喚べるようになった。



 いや、文句はありませんよ?

 ちゃんと強くなっていますし?

 月光槍ピアッシング・アルテミィとか、格好良いし?


 でもね・・。


(こう・・どかぁ~んと魔法をぶっ放したいよねぇ)


 もう、ユノンが羨ましくて、羨ましくて・・。

 その姿が、本当に格好良いんだ。



「先日、ご依頼のありました大使館ですが、正式に許可を得ました。修繕も終わり、いつでもお引き渡し可能です」


 ディージェが告げた。ボード子爵が所有していたチュレック王都の御屋敷地区にある建物だ。捕縛された関係者は、斬首の刑に処されたらしい。


「何人か、働いてくれる人が居た?」


 囚われていた女達で行き先が無い者は引き取るつもりだったが・・。


「6人が残りたいと申し出ております。他の者は無事に希望する土地まで送り届けました」


「じゃ、デイジー、後はお願い」


「分かりました」


 デイジー・ロミアムが微笑して頷いた。これからは、デイジーが大使として、その館の主人となるのだ。ディージェから渡された書類の束を手に、細かい部分の説明を受け始める。


「コウちゃん達は、これからどうするの?」


 フレイテル・スピナが訊いてきた。


「しばらく、この辺りで生活しながら知識の整理かな・・」


 色々と見聞きした事が多すぎて整理がつかない。


「王都に住むの?」


「ちょっと勉強したいんだけど」


「勉強?・・何か研究したいのかな?」


「広く浅く何でも・・」


 俺には、この世界についての基礎知識が無さ過ぎる。焦って詰め込むつもりは無いけど、このままだと、いつまで経っても余所者よそものだ。


「う~ん、勉強かぁ・・あっ、そう言えばお願い事があったんだ。今回の騒動の始末で、ボード子爵とドルクーレ伯爵の領地が国王の直轄領になったんだけど・・」


 国王の直轄領が増え過ぎてしまい、経営に手が回らない。王族に分割統治をさせようとしたら・・トーロス・オーギンスのような残念な企てをする者が現れてしまった。


「まあ、愚痴を言っても仕方無いんだけどね」


 フレイテル・スピナがけらけらと明るく笑った。


「ディーちゃんの報告だと、コウちゃん達は王都北の迷宮町に行ったんでしょ? 聖銀ミスリルの身分証を作って」


「・・迷宮町?」


 俺はデイジーを見た。


「多分、最初の・・ほら、狩猟協会が迷宮の中にあった町じゃないですか?」


 デイジーが言った。


「・・ああっ! あそこ? そう言えば・・そうだったね」


 ユノンの成人式とかで、色々と想い出補正の強い場所だ。


「コウちゃん達は、死告天使ノルダヘイルってパーティ名?」


「うん、そうだった。町の事とか忘れてたな」


「迷宮っていうのは、その土地の所有者が管理をする形になっているけど、本来は国の直轄下にあるんだ」


「ふむ・・?」


「でも、実際のところは、持て余してるんだよねぇ。警備の兵士達は怪我人が絶えないし、入った狩猟者が持ち帰る品も似たような物ばかりだし・・特に、あの深淵の迷宮は、浅い階層で加護持ちが命を落としちゃってさ。奥まで潜ろうって狩猟者が居なくなったんだ」


「ふうん・・?」


 奥までって、いったい何階層の事だろうか? そもそも、浅い階層なんかに、加護持ちが危なくなるような魔物は居なかったけども・・?


「あの迷宮は、毎日のように中の様相が少しずつ変化するんだ。だから、地図は意味が無くなるし、湧いて出る魔物も違っちゃうから対策が意味を失う事が多い。潜ることは出来ても、戻って来られなくなるパーティは多いんだよ」


「・・なるほど」


 まったく気付かなかった。


「コウちゃん達は、何階層まで潜ったの?」


「う~ん・・?」


 俺は、ユノンを振り返った。


「416階に降りたところで帰路につきました」


「・・ほらね?」


 フレイテル・スピナが、ディージェ達を見て笑った。

 どこか諦め顔で力無く首を振るディージェの横で、レイラン・トールが食い入るようにして見つめてくる。


「剣を・・ウェイラードという銘の長剣ツーハンデッドソードを見ませんでしたか?」


 女騎士レイラン・トールが訊いてきた。


「剣?・・どうだったかな?」


「仕組みは分かってないけど・・迷宮でたおれた者達の装備品を魔物が持って登場する事があるんだ。コウちゃん達が斃した魔物が落としたかも知れないって思ってさ」


 フレイテル・スピナが言った。


「へぇ・・ちょっと待ってね」


 俺は少し考えてから、



「カモン、鑑精霊!」



『お呼びですかな、ご主人様』



 片眼鏡を掛けたチョビ髭のおじさん精霊が出た。医者が着るような白衣姿だ。



「倉庫にある剣だけを抽出して鑑定よろしく」



かしこまりました。代金は口座からの引き落としになります。残高が不足している場合は査定が失敗に終わりますのでご注意下さい』



「はいよ」



『では・・表示いたしますぞ』



「・・むむむ」



 俺の目の前に、タブレット状の画面が浮かび上がった。依頼の通り、個人倉庫内にある剣だけを抽出表示して一覧表示してあった。



『一覧は5分ほどで消えます。ご注意を』



 言い残して、白衣の精霊は消えて行った。



「ウェイラード、ウェイラード・・」



 ぶつぶつと剣の銘を口に出しつつ一覧を眼で追っていく。



「ウィズマダー・・ウェズリール・・ウェン・リッド・・・う~ん、無さそうだなぁ」



「そ、そうですか・・」



 女騎士が表情を曇らせて顔をうつむけた。



「リド・ベイン・ウェイラードという銘だと、どうだい?」



 いてきたのは、フレイテル・スピナだ。レイラン・トールが弾かれたように顔をあげて、チュレック王国の国母を見つめた。



「りど?」



「うんうん、ウェイラードというのは表銘だからね。正式には、リド・ベイン・ウェイラードって言うんだ」



「へぇ?・・リド、リド・・」



 今度は、あっさりと見つかった。



「あった。リド・ベイン・ウェイラード、洞窟人ドワーフミニョン・ジィンが、聖騎士ワグナルド・ディ・トールのために鍛えた一振り。百夜かけて神銀、魔鋼を打ち重ねた両手持ちの細身の長剣・・って、あぁ・・あらぁ?」


 女騎士が大粒の泪を流していた。


「コウちゃん、その剣、ボクが代金支払うから・・この子にあげちゃってくれない?」


 フレイテル・スピナが、レイラン・トールの背へ手を回しながら言った。


(まぁ・・断れないでしょ、これ・・)


 凜々りりしい美人騎士さんが透き通るような泪を流していて・・国母さんにお願いされて・・。


 これを断れるほど神経太くありませんよ?


「いくらで買ってくれます?」


 俺は笑顔で応じた。



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