第112話 ナイトメア


 悲しいことが判明しました。


 ボク、女神様の加護のおかげで、状態異常が起きません。分かりますか?

 

 そう、ボクは酔えなくなったんです。


 知りませんでした。


 酔うって、状態異常だったんですね・・。


(・・良いけどさ)


 もうね。水のようにお酒を飲めるよね。変な味のする水と一緒だからね。美味しく無いよね。


「ふぅ・・」


 まあ良い。良いんだ。済んだことなんだ。過去を振り返ったら負けなんだ。


 とにかく、俺は新しい力を手に入れて、お酒を買えるようになって、おかげで身体は完全回復しました。


 ・・メデタシ、メデタシ・・


 そんなことよりも、今はユノンやデイジーと合流することを考えなければならない。

 話精霊で、ユノンもデイジーも無事なのは確認済みだ。ただ、料金が示すように、とてつもなく距離が離れているらしい。


(道精霊は、あっち・・しか言わないし)


 方角が分かるのは有り難いけども・・。


(さて・・)


 遙かな上空に小さな点のように見えている島を見上げた。


 俺は、あそこから降りて来たところだ。


 落ちて来た・・と言い換えても良い。


 破城角と一角尖のコンボを地面に叩き込む事で、高空からの落下の衝撃を無かった事にする荒技を使用した。


(ふむ・・)


 周囲は、ならされていた。


 まるで巨大なほうきで一掃されたかのように・・。


(人・・住んで無かったよね?)


 木やら石やらが粉々になって散乱しているけども・・。


(これ・・やっちゃった?)


 嫌な予感がします。


 ちらと上空を見上げるが、もう空飛ぶ小島は見当たらない。少なくとも、今見えている白雲よりも高い位置に浮かんでいた筈だ。


 俺が立っているのは、深さが300メートル近い、大きくえぐれたクレーターの底だった。


(近くに人は住んでいなかった・・うん、きっとそう)


 やや重い足取りで穴の斜面を登ってみると、


(おぅのぅ・・)


 俺の背に嫌な汗が噴き出した。


 見渡す限りが、平地になっていた。やや盛り上がったクレーターの縁に立って、ぐるりと周囲へ視線を巡らせる。


(なんというか・・・とってもたいらです)


 これ、やっちゃいました? やっちゃいましたかねぇ?


 ボク、耳は良いんですけど・・。


 周囲から、生き物の物音が聞こえないんです。なんだか、マズいんじゃないですかねぇ?


 よく、百メートル先で落ちた針の音も聞こえるとか言うじゃないですかぁ? ボク、数百メートル先で落ちても聞こえるんですよぉ? なのにですねぇ、なぁ~んにも聞こえないんですぅ~。


(あれは・・何でしょう?)


 耳と違って眼の方はたいして良くない。それでも、ブロック状に加工されたらしい黒い石やら、神像っぽい石像・・だった物などがならされた大地に埋もれるように覗いている様子が見て取れる。


 勘違いだと思いたいが・・。何かの、多分、建物とかに使われていた石材っぽい。石像があるから、神殿みたいな?


(ほら・・あれは、古い遺跡とかで、誰かが住んでた訳じゃ無いでしょ? ねっ? 多分、古代遺跡で・・誰にも知られて無くって・・)


 よく見ると、ブロック状の黒石があちこちに埋もれているようだったが・・。


 不安に青ざめながら周囲を見回っていると、


(げぇっ・・)


 人の腕らしい物が土石に混じって見えていた。灰色をしているから、平人や森の民とは違うようだけど・・。


 近付いて見ると、


(でかっ・・)


 俺の身体より太くて大きな腕だった。


「えっ・・ぅわわわ!?」


 いきなり、大量の何かが俺の中に入り込んできていた。それはもう、激しい大河の流れのように・・。ゴウゴウと、音が聞こえそうな勢いで・・。


(角から?)


 そう、額の角から、体内に取り込まれている感じだ。


(光・・?)


 "月仙丹"とか唱えていないけど・・?


(これ・・なに? なんだか、とんでもなく濃くて・・ねっとりしてるんだけど?)


 角から取り込んでいるってことは、さっきの和服姿の精霊が関係しているのだろうか?



「お店の精霊さん、カモン!」



 いつもの感じで声を掛けてみる。



『あぁ~ら・・可愛らしいお客さまね?』



 ねっとりと甘ったるい口調と共に身をくねらせたのは、真っ赤なナイトドレス姿の男だった。そう、男だった。

 女が着れば際どく谷間やら付け根やらが覗けそうな肌にぴったりと貼り付いたドレス・・・これを着ているのは、筋骨逞しいオッサンの姿をした精霊だった。

 どう見てもヅラだろと突っ込みたくなる、艶々の黒髪、筆で書かれた細い眉、角張ったアゴには青々とした髭のり跡・・。五十路いそじを迎えていても驚きません。



「・・間違えました」



 俺は手を振った。



『まぁ、お客さんったら、冗談がお上手ねぇ・・おほほほ』



 オジサンが口元に手を当てて笑って見せる。これが、15センチサイズの精霊で無ければ、合気道の極意を尽くして地面へ投げ落としているところだ。



「酒屋さんじゃないの?」



『あぁ~ら、だってお客さんが "お店" って指定なさったじゃありませんかぁ~』



 "店" と "お店"には、巨大なへだたりが存在したらしい。



「・・・・何を売ってるの?」



『うふふ・・ここは夢を売っておりますのよ? 殿方のための素敵な夢を・・』



「・・お店ってことは、対価があるんでしょ? 何が対価なの?」



『おほほほほ・・・こんなに沢山、前払いして頂いちゃったもの。お安くさせていただくわよぉ?』



「・・・・もしかして、この身体に入って来ているやつ?」



『魔瘴気よぉん? 御存じ無かったのかしらぁ?』



「・・うん、御存じ無かった」



『あたしは、魔瘴気をかてにして殿方に素敵な夢を叶えてあげる愛の精霊なの』



「ふぅ~ん・・」



『もちろん、サービスによってお金は頂きますけどねっ?』



 オジサンが身をくねらせてウィンクをして見せた。


 ・・そろそろ、吐きそうだ。



「料金表とかあるの?」



『召喚代が30万、会話代が5万、笑顔代が3万・・ここまでは、固定料金。あぁん・・ウィンクしちゃったから、プラス10万よろしくねぇん?」



「おまえに死んで欲しい。代金は?」



『プ・ラ・イ・ス・レ・ス・・チュッ!』



 オジサンが口をすぼめて音を立てた。



『今のはサービスにしておくわぁ。お客さん、とっても可愛いんだものぉん』



「・・・」



 俺は、無言のまま細槍キスアリスを手に握った。



『いやぁ~ん、冗談よ、冗談・・』



「何をいくらで売ってる?」



『もう、怖い顔しちゃってぇ・・若い子って余裕が無いのよねぇ・・ここで売っているのは、夢よ、夢・・』



「・・夢?」



『そう・・殿方の望む夢・・お客様が望む夢を形にして差し上げるの』



「・・・夢を形に・・例えば?」



『ある殿方は大勢の美姫に囲まれて泡沫うたかたの快楽に浸り・・・ある殿方は無敵の戦士となって一時の勝利に酔いしれた。また、ある殿方は不治の病となった細君に・・ほんの数刻の健康な身体を与えたわ』



「つまり、夢・・希望したことが、短期間だけ現実のものになる?」



『そうね・・魔瘴気の量と質・・それに、お客様の想像力が合わさることで、奇跡は形となるわ』



「おぉ・・なんか凄いじゃん」



 こいつは使える・・かも知れない。



『うふふ・・ありがと』



 オジサンが頬を赤らめて身をよじった。



「じゃあ、さっそく何か・・あぁ、ちょっと待って」



 俺は、くるりと後ろを向くと、ゲェゲェ・・と、胃の内容物を吐き出した。


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