第111話 赦免

 白い巨兎バーナイたおせなかった。角を折ったし、繰り返し、ダメージは与えたんだけど、圧しきれないまま回復されてしまった。卑怯なくらいの回復力である。


 延々と何時間戦っていたのか・・。


 多分、観戦していた神様達が飽きちゃったのだろう。

 いきなり、視界が真っ白になり、声しか聞こえない世界へと戻されたのだった。



『・・生きておるか?』



 降ってきた声は、月光の女神様のものだった。



「なんとか・・ぎりぎり」



 満身創痍・・というか、ほぼボロ雑巾ぞうきんである。正直に言うと、起き上がれないまま倒れ伏して、小刻みに痙攣けいれんしているところだ。



『よく戦った。褒美に、額の小角を強化してやろう』



「かんしゃ・・です。けど・・」



『神兎めの角を使うぞ?』



「・・はい」



『案ずるな。見た目に変化は起こらぬ』



「ありがと・・ございます」



『よし・・これで、光を角に浴びる事で神気を蓄えることが出来るようになる』



「・・じんき?」



 太陽光発電かな? とか突っ込みたかったけど、もう痛くて苦しくて・・諦めた。本気で死にそうですから・・。



『ううむ、魔力を持たぬ身では神術も使えぬな。何か触媒が要る・・いや変換時に魔瘴気を合わせて取り込めば具現化が出来るか。微弱なれど、下界には魔素や魔瘴気がよどんでおるからな』



 ぶつぶつと呟く女神様の声を聴きながら、俺は真面目に死にそうになっていた。



(ちくしょう・・)



 どうして、俺は魔法が・・魔力が無いんだ。身体の傷より、心が痛いんだぜ・・。



『・・哀れよな』



「ぐぅっ・・・め、女神様?」



『ふむ・・そう言えば、神獣を圧倒しながらも、致命の痛撃は与えられなかったな。非力過ぎて槍も十全には扱えぬか』



「ぐふぅ・・」



『模写技のような借り物の力で喜んでいるようでは、キスアリスも泣いておろう』



「・・ひぐっ」



『ああ、魔法の才が無いというのは面倒だな・・一度、物体化させて体内に取り込むという・・実に馬鹿げた手順を踏まねばならぬ。特技を改変するしかあるまい』



「女神様・・?」



『月兎の月仙丹という技だ』



「あの・・?」



『角が生み出した神気を体内で凝らして物質に宿らせる・・特技『利き酒』を『酒屋魔法・店精霊』へと改変した。生成した月仙丹を酒に入れる事で神酒となる。無論、治癒も可能だ・・・魔力変換できぬ身では、それしか方法が見出せぬな。生成した仙丹は個人倉庫に収納されるから取り出して・・酒と混ぜれば神酒となる。酒は、店精霊をんであがなえ。まったく・・手間のかかることだな』



「い、今すぐ・・それ・・使えませんかねぇ?」



 正直、ぎりぎりなんですが・・? 何て言うか、こう・・蝋燭ろうそくの炎が小さくなって揺らいでる感じ? そよ風で、消えちゃいそうなんですけどぉ?



『神気が宿らぬ身で無理を言うでない』



「・・ですよねぇ」



『・・とは言え、いつまでも、この空間に留め置く訳にはいかんからな。下界へ戻してやろう。存分に月光を浴びるが良い』



(ちょ、ちょと・・・えっ、いだぁっ!?)



 女神様の慈悲深い言葉と共に、俺は見覚えのあるお花畑の上に放り出されていた。


「あ・・」


 月兎の月仙丹・・


 月兎の月仙丹・・


 月兎の月仙丹・・


 ・

 ・

 ・


 俺は懸命に唱え続けた。

 空に大きな月が浮かんで見えていたのだ。


 月光の女神が言うとおりなら、俺の小角が光を浴びて神気というやつを生み出しているはず。


 そして、神気があれば、月兎の月仙丹が使えるはず。


 月兎の月仙丹が使えれば、異世界人に備わっている回復力が高まるはず。


(ですよね? ねっ? そうなんですよね? 女神様?)


 投げ出された姿勢のまま身動きが取れず、



「店精霊さぁ~ん?」



 弱々しく声をあげると、



『いらっしゃいませ』



 爽やかな挨拶と共に、小豆色の和服に白い割烹着姿の精霊が現れた。推定身長15センチほどの、三十路前といった容貌の婀娜あだっぽい美人さんである。なぜだか、手には竹箒たけぼうきを持っていた。



「え・・と、お酒が欲しいんですけど」



『まぁ・・未成年の方にはお売りできませんよ?』



「・・いや、ここ、異世界だし。法律が違うんじゃないの?」



『あら・・本当に、こちらの世界では年齢制限がございませんね。御自由にお買い求め下さいませ』



「・・って、お買い求め? 有料なの?」



『酒屋ですよ?』



「あ、はい・・ですよね。え、で、でも・・神気は? あれが対価じゃないの?」



『あぁ、月仙丹でしたら、お酒をお買い上げの方にお配りしております』



「まさかの、抱き合わせ販売っ!?」



『どのようなお酒がご希望ですか?』



 和服精霊が艶然と微笑んで、手をかざして見せた。


 途端、


(おおお・・)


 目の前に、半透明なガラス板のような物が出現した。


 >梅酒・蘭山

 >梅酒・白耽

 >梅酒・雪嵐

 >モギノドライ

 >ビア路地裏

 >笹峰ビール

 >電撃ブラン

 >白姫十二年

 >カランザ・ゴールド

 >清山シングル

 >ポーロジルー

 >ホンタルニャック

 >ソランブラー

 >サン・ヴィ・エッコ

 >リュット・ボーラン

 >モマン・アル・ヴァイン

 >カニタ・アップルワイン

 >大吟醸・咲

 >大吟醸・楢の衣

 >吟醸・名無し

 >吟醸・闇牛

 >吟醸・高遠

 >吟醸・泉ノ守

 >吟醸・おろし

 >芋焼酎・大神下

 >芋焼酎・金鹿

 >芋焼酎・ぶっこみ


 ・

 ・

 ・

 ・


(お酒の名前に、何だか覚えがあるような無いような・・)


 俺の母方の実家は酒屋だった。跡継ぎ育成のためと称して、利き酒の練習をさせられた。あくまで練習です。飲んだとは言っていないよ?


(どれも・・うちが仕入れてた酒ばっかりだ)


 偶然の一致とは思えないけど・・。


 なんか、お酒の他にも、チーズとか生ハムとか、サラミとか、缶詰とか・・店で売っていた物は何でもある。


(・・選ぶのかな?)


 首を傾げつつ、蔵元の雪・甘酒という文字に指で触れる。



『3千セリカになります。口座からのお引き落としで宜しいですか?』



「・・はい」



『お買い上げ有り難うございます。お買い上げの品は、倉庫の方へ届けておきますね』



「うん」



『では、またのご来店をお待ちしております』



 割烹着姿のミニチュア美人さんが、丁寧にお辞儀をしながら消えて行った。



(倉庫に・・?)


 個人倉庫の中に意識を向けると、


(おぅ・・)


 個人倉庫の中に、甘酒が追加されていた。同時に、月仙丹という物も収納されていた。


(ふむ・・)


 月光の女神様に言われたとおりに、生成した甘酒と月仙丹を倉庫から取り出した。甘酒は、何だか見覚えのあるような・・薄茶色をしたガラス瓶に入っていた。月仙丹というのは、黒くて小さくて丸い・・。


(兎のフン・・じゃないよね?)


 掌に載せた黒くて丸い粒をじぃ・・と見つめ、取り出したコップに入れる。

 ぺとん・・と、ちょっと柔らかな音を立ててコップの底に転がった黒い丸薬に一抹の不安を覚えつつ、甘酒を注ぎ入れてみる。


(・・って、これ、甘酒に入れなくても丸薬だけ飲んだら良いんじゃないの?)


 普通に水とかで飲めば良かったんじゃ??


 怪訝けげんに思いつつ、とにかく甘酒ごと飲み干してみる。


(むむ・・)


 普通に美味しい。無添加・砂糖不使用・ノンアルコールの甘酒である。これを、お酒と言って良いのか悪いのか・・。


(えっ・・)


 いきなり、ガツンと来ましたぁ!


(うはぁぁぁぁぁ・・・)


 足の先から頭の上まで、全身で炭酸が弾けるようなシュワシュワした感じに包まれた。


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