第109話 楽園追放


 『迷宮』と聴くと、ついつい迷路のような地下洞窟だったり、古びた遺跡だったり、果てしなく聳える塔だったり・・そういうものを想像してしまうけど、俺が送り込まれた空に浮かんだ島も『迷宮』だという話だった。


 迷宮名は『愚者の荘園』である。



『呆れたわ・・』



 しみじみとした女性の声が聞こえてくる。ボクの女神様の声だった。



「・・なんか、すいません」



 俺は土下座していた。

 例によって何も見えないのだけど・・。



『迷宮を突破する者は毎年のように現れるのだけど・・・迷宮を殺した者は初めてだ』



「本当に、すいませんでした」



 知らなかったんです。『迷宮』が生き物だったなんて・・。いや、知らないよね? 『迷宮』って言う生き物なんですってよ? つまり、『愚者の荘園』さんっていう迷宮を殺しちゃったんですって・・。



とがめている訳では無い。ただただ、呆れているのだ』



 月光の女神様の無慈悲な声が降ってくる。



(ヤバイ・・これ、弁償? お金とか取られるの? いくらなの? 迷宮って高い?)



 俺は冷や汗を垂れ流しながら、土下座をしたまま次の言葉を待っていた。



『前例の無いこと故、神々の評価が揺れておるようだが・・』



(マジ勘弁・・お金無いッス! 払いたく無いッス!)



『司法神の裁可が下る前に、月光神としての判断で褒美を授けておこう。迷宮を突破したことは紛れもない事実なのだからな』



「ぅっ・・感謝いたします! 女神様ぁっ!」



 俺はすがり付く思いで顔を上げた。

 まあ、真っ白で何も見えないけど、そこは気持ちの問題なのだ。



『槍を出しなさい』



「・・はい」



 俺は真珠色をした細槍キスアリスを取り出した。没収されるんじゃないかと、一抹の不安を抱きながら・・。



『よし・・槍に新たな力を授けよう』



「おぉっ・・」



『至極単純な力だが・・槍も望んでいるようだからな』



「キスアリスが何か?」



『霊魂そのものと縁を結んだ。例え、神々であろうとも、おぬしと槍を引き離すことは出来ぬ』



「ふぉぉぉ!?・・・ありがとうございます! 女神様っ!」



『これによって得られる力については、槍より学ぶが良い』



「はい」



『・・どうやら裁可が下るようだ。この場を司法神に譲って去らねばならん』



「ありがとうございました!」



 俺はきちんと手をついて深々と頭を下げた。



『コウタ・ユウキよ・・』



 やや歳のいった感じの男の声が降ってきた。



「・・ぁ・・はい?」



 どうやら神様が交替したらしい。まあ、どっちにしても声だけ聞こえて、視界は真っ白なままだ。



『迷宮種 "愚者の荘園" 殺害、並びに迷宮主を討伐した件について、神々による議決が成された』



「・・はい」



『迷宮種 "愚者の荘園" 到達の功、迷宮守護者 "百鬼" 討伐の功、迷宮主 "ラプラーザ" 討伐の功、迷宮種 "愚者の荘園" 殺害の罪・・・各々吟味の上での裁可である』



「・・はい」



『一つ、コウタ・ユウキに、天兎の天翔脚を授ける』



(・・ウサギっ!? またしても、ウサギっ!? なんで、ウサギっ!?)



『一つ、コウタ・ユウキに、雷兎の雷触毛を授ける』



(また・・ウサギ)



『一つ、コウタ・ユウキに、月兎の光霊毛を授ける』



(・・ウサギ)



『一つ、コウタ・ユウキに、神獣バーナイとの一騎討ちを課す』



「・・は?」



 何を言っちゃってますか?



『支度せよ』



「え・・えと? 一騎討ちって・・」



『支度は調ととのったか?』



「や、ちょ・・ちょっと、お待ち下さい」



 なに? どういう流れ? なんで、いきなり戦闘?



『時間である。闘技の場へ』



「あ、ちょ、ちょっと・・」



 細槍キスアリスを手に・・しかし、自分の体も見えない真っ白な中で何をどう準備しろとい言うのか。



『これをもって、コウタ・ユウキの功罪清算とする』



 司法神の無情な声と共に、真っ白だった視界がいきなりクリアになり、いかにもな円形闘技場へと移り変わっていた。



「・・・やま?」


 向かい合う位置に、山が見えた。


 白い山である。


 登ったら息が切れそうな山が一つ、俺の前方、約500メートルの場所にある。


 獣毛の一本が電柱みたいです。


 そう獣毛です。


 獣なんです。山のような獣が居るんです。


(そりゃぁね・・神獣だもんね。獣だよね・・うん)


 巨大さだけなら、龍帝とタメはれる。高層ビルサイズの化け物だ。


(で・・これって、アレだ?)


 真っ白な獣毛に、燃えるように紅い瞳、眉間に生え伸びる鋭い角、前足に比して太く逞しい後ろ足、大きくて長い耳が特徴的な・・。


「ウサギ、来ましたぁ・・」


 俺は溜息交じりに力無く呟いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る