第107話 国母様


 離宮の騒動から2週間後、俺はチュレック王都の地下に来ていた。


 いや、勝手に潜り込んだわけじゃ無いですよ?

 チュレックの現国王に、国母様の救援、ディージェ・センタイル、ヨーン・ミッターレ、リリン・ミッターレ、カイル・ルーランダ、マウレス・モレッタ、クリーナ・ナイジル、パトレイ・マーダの7名を救出したことを賞賛され、俺とユノン、デイジーの3名を神樹の森の正式な大使と認めて国賓待遇をするという実益の無さそうな褒美と、価値の分からない権利と、それなりの財貨を貰った。

 その後で、王都にある魔導装置の調査依頼を受けて来たのだった。

 依頼主は、チュレックの国母様だから基本断らない。花妖フラウスと呼ばれるアルシェ・ラーンの保護を約束してくれたというのもあるけど、それ以前に、稀少種である花妖フラウスを保護するために、大国ガザンルードを向こうに回して戦ったという逸話が気に入っていた。


(実に男前だ。女だけど・・)


 チュレックの国母様、フレイテル・スピナは、どう見ても同学年くらいの女の子にしか見えない雰囲気の、長い白金髪プラチナブロンドをした美少女エルフだった。やたら華奢な体型と、長く尖った耳が神樹の民を想わせる。


「この鏡が問題のヤツなんだ」


 フレイテル・スピナが俺達を振り返って言った。


 王都にある練兵場の地下である。

 厳重に封印された小部屋に、大きな姿鏡が据え付けられていた。薄らとだが鏡面に冷気のような白々としたモヤが漂っていた。


「うちの魔導師達が調べたんだけど、一種の転移装置になっているみたいだ。それも、不確定地点への・・ね」


「どこへ飛ばされるか分からないってこと?」


「そうなんだ。調査隊が入った時は、アーチグ渓谷の監視所付近にある廃坑だったし、ボクが入った時は、レキンコール山脈のウード遺跡に飛ばされたんだ」


 呆れたことに、国母様と呼ばれる身でありながら、こんな妖しげな転移装置を自身で試したらしい。


 ・・良いのかよ?


 無言のまま、ディージェ・センタイルを見る。


「我が国も・・色々、あるのです」


 ディージェがうつむき加減に呟いた。横で護衛役の女騎士、レイラン・トールが伏せ眼がちに頷いている。


「・・と言うか、今回の騒動で色々やらかした奴を取り調べとかやってるんでしょ? ディージェは、こっちに来ていて良いの?」


 他所の国の事ながら、何だか心配になって訊いてみた。


「ええ・・ドルクーレ伯爵、ロンツ・ギパース、オーギンス殿下、クーランス傭兵団、ウロンド暗殺教団の関係性はかなりの深度まで調査済みです。おまけに、私と共に救出して頂いた、ヨーン・ミッターレ、リリン・ミッターレの御尊父はチュレックの宰相を務めておいでのミッターレ公爵様。カイルは・・カイル・ルーランダは王国騎士総長の長男、マウレス・モレッタは商務総督の娘です」


「つまり・・殿下とか、伯爵とかを取り締まれるの?」


「はい。今回は、さすがに・・」


「ふうん」


「はいは~い、お馬鹿さん達の事は、バロちゃんに任せて、今は鏡に注目してねぇ~」


 フレイテル・スピナが大鏡の前で両手をパタパタ羽ばたかせて声をあげた。


「行き先が不確定なのに、中に入るって危ないですよね?」


 俺はみんなを代表して質問をした。


「う~ん、でも、今までの調査隊には被害が出ていないんだよ? 飛ばされる場所によっては帰還までに時間がかかったりするけど・・それも、チュレック国内だったし、問題無いんじゃない?」


「飛んだ先で、魔物に袋だたきにされるとか?」


「無かったよ?」


「深い海の底とか、岩の中とか?」


「無いね」


「・・一番遠い所で、ここから何日くらいの所でした?」


「ボクが飛ばされたウード遺跡が一番かな・・3ヶ月かかったよ」


「地図って、あります?」


「用意したよぉ~」


 フレイテル・スピナが巻物状の地図を全員に配っていった。


「一応、国外秘でお願いね」


「いや・・そんな物を俺とかに渡したら駄目なんじゃ・・」


「コウちゃんは良いんだ。国の恩人なんだからね」


(・・コウちゃん)


 人生初の呼ばれ方なんですが・・。


「それに、飛んだ先が何処なのかを把握するためにも地図があった方が良いからね」


「・・まあ、そうですね」


 受け取った巻物を拡げて、ユノンやデイジーの物と見比べてみる。同じ地図だった。地名、集落名、山や川、湖沼などが記されている。ただ、等高線のような物は無い。


「飛ばされる時、持ち物はどうなります? 装備品は?」


「おお・・さすがにさといね。大丈夫、装備品はそのままだったよ。ただ・・」


「ただ?」


「同行者とか、バラバラに飛ばされるね」


「・・手を繋いでいても?」


「うん、どうやって認識されているのか分からないけど・・」


「他に法則とか、分かっていることはありません?」


「そうだね・・飛ばされる先はボク達が産まれる前から存在している遺跡、多分、今の人族よりも大きい人達が創造した物だね。そうした遺跡の中には、在るのは判っていても、中に入る方法が見つからなかった遺跡が含まれるよ。ボクが飛ばされたウード遺跡がそうだからね」


「先史文明の遺跡・・」


 なんだか、そそる話じゃないですか。


「おおっ、なんか格好良いね! そうっ! そういうやつ!」


「どうやって外に出たんです?」


 外から入れないのに、外に出られるって?


「あちこち彷徨っていたら、いきなり外へ転移されちゃったよ」


「何時間くらいで?」


「正確には分からないけど・・多分、3日後くらい」


 時限性なのだろうか? あるいは、中で転移装置に触れた?


「・・聴いている感じだと、危険は無さそうですけど・・魔物が居ることも有り得ますよね?」


「う~ん・・ああ、外と出入りが出来る開かれた遺跡ならみ着いている可能性はあるね」


「なるほど・・」


「もちろん、ボクが知らないだけで、魔物が住んじゃってる遺跡だってあるのかもしれない。調査隊が飛んだのは200回だけだからね」


 ・・飛び過ぎでしょ。


「調査隊って何人なんです? バラバラに飛ぶんですよね?」


「ボクを入れて12人だね。あまり外部に話せる事じゃ無いから」


 フレイテル・スピナが信頼できるメンバーを集めて行っているらしい。ここに居る、ディージェやレイラン・トールも選ばれたメンバーなのだろう。


「・・なんで、俺達を連れて来たんです」


「うん? 御礼かな?」


「御礼・・って」


 礼なら、現物で・・現金でお願いしたいのだけど。


「遺跡の中での拾得物、発見したもの・・知識とか全部、コウちゃんにあげるよ?」


「・・あぁ、そういうのがあるんですか」


 宝箱とかあるのかな? 知識とか・・巻物? 魔法の本とか? 珍しい武器とかあるかもな。


「200回も飛んで2箇所だけだったけどね」


「なるほど、確率は低いんですね」


 1%か・・。重課金ガチャの公表確率より低いんじゃ・・。


「まあ、高くは無いねぇ」


 フレイテル・スピナが白い歯を見せて笑った。



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