第106話 包囲戦
鈍い打撃音と共に、大刀を手にした大柄な若者が弾け飛んだ。
手を伸ばせば触れそうな距離からの打撃・・。
神鋼をも断ち斬る加護技を使用したにも関わらず、それを頭突きで返されたのだ。
相手も蹈鞴を踏んで動きを止めていたが、こちらは大きく吹き飛ばされてしまっている。剣技での追撃は間に合わない。
(小娘にしては力がある・・いや、加護技なのか?)
タイルス・メント、それが若者の名前だった。
鬼太刀のタイルスとして、加護持ちの連中の間でも一目置かれるほどの剣士だった。
剣神の加護、狩猟神の加護を受けており、物理攻撃を中心に広範囲を斬り払う加護技、遠間に斬刃を届かせる加護技を鍛え上げて、ここまでのし上がってきた傭兵だ。
己の腕を高く買ってくれるところになら、どこへでも雇われるし、どんな戦場でも
(さっきの衝撃波も、こいつの仕業か?)
離宮内郭の東門に取り付こうとしていた伯爵の兵士、他の傭兵達がいきなりの衝撃波で爆散し、圧壊して死屍累々の地獄絵図と化している。
(あいつらは・・さすがだな)
弓使いの男と、聖術使いの女、魔導師の男。いずれも、伯爵から紹介されて
(・・庭師は減らされたな)
伯爵が"庭師"と称していた、いわゆる諜報や暗殺をやる集団だ。50名ほど来ていたはずだが、半分近くまで数を減らしてしまったようだ。
離宮へ突入しても、国母だというエルフに逃げられては意味が無い。離宮を
(こいつ・・俺の加護技が見えているのか?)
半径50メートルを薙ぎ払う不可視の斬撃を、白い槍を手にした黒髪の少女が、2度、3度と身を屈め、軽く跳んで回避していた。完全に加護技を見切った動きである。
こちらの太刀筋を見ながら予測していると考えるのが妥当なのだが・・。
何度か斬り結んだ感じでは、見かけほど華奢な相手では無い。手にした白い細槍は、間違いなく何らかの魔法を帯びているだろう。
黒髪を頭の後ろで束ね、額には小角の生えた額当てを巻いた凜々しい出で立ちだが、おそらくは15、6歳だろう少し幼さを残した美しい顔立ちに、すらりと細身の華奢な身体・・。
狩猟者なり、傭兵なり・・これほど美形で腕が立つ槍の使い手が居るという話は聴いた事が無い。
体格差があるので、接近して力で押し込もうとしたら、逆に圧されて弾き跳ばされてしまった。
敏捷さを利点に、回避や受け流しを主体にして動いてくれれば、仲間達の弓矢や魔法で追い込むのは簡単だ。素早いだけの相手や、剣技が巧みなだけの相手など怖く無い。こちらが手傷を負うことを覚悟して、強引に斬り込めば良い。動き回れなくすれば仕留められる・・・そう思っていたのだが、
「くっ!・・くそっ!」
玄妙とでも言うのか、白々と輝く細槍が蛇のように忍び寄り、肩を狙って跳ね、脇腹から脇の下へ、喉元を狙って来たかと思えば太刀を握る手首、親指を狙って来る。
怖ろしいくらいに実戦慣れした相手だった。
ガッ・・シュイィィィィーーーーン
(・・ちぃぃっ!)
細槍の穂先に胸鎧の表面を削られながら、太刀を合わせて強引に受け流す。そこへ、黒髪の少女が肉迫するなり頭突きを放って来たのだ。
直後に、身体の痛みが和らいだ。
「助かった!」
癒やしの聖術を掛けてくれた女に礼を言いつつ、へし折れた太刀を捨てて、両手に一本ずつ小太刀を握った。
白い細槍を握った少女が、ふわりふわりと立ち位置を変えて、飛来する矢を回避している。そこへ、黒装束の"庭師"達が、腰だめに短槍を構えて体当たりをするように殺到した。
(やったか!?)
続いて斬り込もうとして、タイルスは危うく踏みとどまり小太刀を交差するようにして頭上へかざした。
ギィィィーーーン・・・
ほぼ真上から寒気がするような斬撃が降ってきた。それを小太刀で受けたのだ。
「ぐぅっ・・」
タイルスの口から苦鳴が漏れる。
鎧の肩当てが吹き飛び、右の鎖骨を細槍の穂先が斬り割っていた。わずかに身を捻っていたおかげで、心臓までは届かなかったが・・。
すかさず癒やしの聖術が身を包んだのを感じつつ、
「獅子王旋っ!」
喉元にせり上がった血塊を吐き出すように、タイルスは加護技名を叫んだ。
両手に拡げた小太刀が異様な刃鳴りを巻き起こして、タイルスの正面から上方へ掛けて幾重にも斬り刻む。
(・・捉えたっ!)
左手に握った小太刀に確かな手応えを覚えた。
しかし・・。
「タイルス、後ろだっ!」
短弓使いの声に、
「・・っ!」
タイルスの視界を、小太刀を握った自分の右腕がくるくると飛んで落ちていった。
白い細槍を手に黒髪の少女が迫る。
(・・ここまでか)
左手の小太刀を構えながらタイルスは死を覚悟した。
勝てる相手では無かった。動きを抑えることすら出来ない。
少女の優しげな美貌には気負いも
その時、黒髪の少女が小さく舌打ちをしたようだった。
次の瞬間、火爆の魔法が少女の居た辺りに着弾した。
轟音と共に、視界が爆煙に包まれる。
「タイルス、こっちへ!」
「ピレネ・・すまん」
タイルスの右腕を抱えるようにして聖光に包んでいる女の元へと駆け寄った。ピレネ・シレーネは、上位の治癒魔法まで使える希有な聖術使いだ。
「腕を繋ぐ。持ってて」
「・・頼む」
自分の右腕を受け取りながら、タイルスは剣撃の音に視線を向けた。
火爆の魔法を回避した黒髪の少女が、白い細槍を舞わせて"庭師"の一団と斬り結んでいた。
弓矢で援護している男がこちらへ近付いて来る。
「言いたく無いが・・あの女は化け物だ。撤退を進言する」
「同感だ」
タイルスは呻くように言った。
視線の先で血煙をあげて黒衣の"庭師"が斃されていく。
(遅ぇよ・・)
衝撃波で半数以上が壊滅した騎士団が、ようやく隊列を組み直して内郭の東門めがけて突進を開始したようだ。
「タイルス!」
「・・おう」
ピレネ・シレーネに引かれるようにして、タイルスは戦いの場を離れる事を決めた。あの黒髪の少女は、片腕で太刀打ちできるほど甘い相手では無い。この場で意地になって粘れば、
魔術で地面から乱杭を大量に生成し、魔導師の男が駆け寄ってくる。
「えっ・・こ、これ・・駄目っ! モッゾル!」
ピレネが慌てた声をあげた。
「どうし・・」
声をかけかけて、タイルスは息を呑んだ。
分厚い黒雲が遙かな上空から渦を巻いて降りて来ていた。
「寄って!
「モッゾルがまだ外に・・」
魔導師が何か叫びながら駆け寄ってくるが・・。
「間に合わないわ!」
ピレネ・シレーネが血の気を失った顔で、呪文を唱えながら錫杖を頭上へ掲げた。
直後に生暖かい風を伴って黒煙が吹き付けてきた。
ぎりぎりで展帳された聖光の障壁が防ぎ止める。その光壁の内側で、タイルスは言葉を失っていた。
わずかに残った庭師、隊列を組んで突撃する騎士団・・そして、こちらへ駆け寄ろうとしていた魔導師が、何かに抑え込まれたかのように地面へ押し潰されて、何とか身を起こそうと
「・・・そんな」
ピレネが呆然とした声を漏らした。
次の瞬間、地面が消え去った。小石混じりの地面が、何の前触れも無く、黒く
(馬鹿なっ・・)
何が起こったのか。黒い液体に沈み込みながらタイルスは手足を暴れさせて浮かび上がろうと
「えっ!?」
恐怖に引き
黒い瘴気で押し潰されることも無く、得体の知れない黒沼に呑まれる事も無い。外界からの干渉を完全に遮断した空間で護られる。
なのに・・。
「やぁ、ごきげんよう」
黒髪の少女が、光壁の内側に立っていた。その細い手に握る白い細槍の穂先が、
「タ、タイルス・・?」
呆然とした視線を巡らせるが、太刀使いの男の姿は光壁の内側に見当たらなかった。
「あの辺かなぁ」
黒髪の少女だと誤認されている
(さすが、ユノン・・)
その視線の先で、黒い沼地と化した地面から小太刀を握ったタイルスの手が液面に突き出され、そして虚しく空を
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