第105話 離宮戦

「応援? いったい、どこからだい?」


 訊ねたのは、白金髪プラチナブロンドを腰の辺りまで伸ばした小柄な少女エルフだった。


「さあて・・あの方が来ると仰っているので・・まあ、来るんだと思いますよ」


 苦笑気味に応えたのは、バロード・モンヒュール提督だった。


 離宮の内郭の奥、小さな城館の一室である。

 内郭門では、守る近衛隊と攻め寄せる賊軍側が激しくせめぎ合っている。離宮を取り囲んだ賊軍は、すでに3万人を超えただろうか。籠城している側は、わずか600人ほどだったが守りを重視した堅牢な城壁と、幾重にも張られた結界壁ガードウォール、湖水を引き込んだ深い外濠が、賊軍を苛立いらだたせている。


 加えて・・。


「ようし! 次、いけるよぉ~」


 白金髪の少女エルフが元気な声を張り上げた。


「南門が良さそうですな」


 モンヒュールが近衛兵の偵察報告を受けながら少女エルフに伝えた。


「南だね・・・おいで、大地に愛された守護者ガーディアン達っ!」


 少女エルフが手にした細い杖を上方へと振り上げた。


 城館の上空に、大きな召喚陣が描き出され、眩い魔法光を放ちながら回転を始めた。


「召喚っ! 白亜の大巨人!」


 鋭い声と共に、少女エルフの総身から激しい魔力渦が噴き上がり、雷鳴のような轟きを響かせて上空の魔法陣が明滅をする。


 ややあって、光輝く魔法陣を突き抜けるようにして、乳白色をした巨大な騎士像ゴレムナイトが地面に降り立った。身の丈が20メートル近い石造の騎士像である。召喚された地面に降り立っただけで、内郭の南門前に押し寄せていた賊軍の兵士が踏み潰されて蹴散らされている。


「あぁ・・また東門の巨人エル・ゴレムが壊されちゃったよ。あそこに、物騒な子が来てるね」


 少女が悔しそうに呟いた。


「我が国の者で、そのような者がおりましたかな?」


「普通の武器じゃ、巨人エル・ゴレムを削ることも出来ないからね・・魔鋼か、神銀製の武器・・使い手は加護持ち、それも剣聖クラスだね」


「他国が寄越した傭兵でしょう」


「どうかな? 例の奴隷狩りで雇われて、名の通った加護持ちが大勢命を落としたらしいよ? 用心して、どこの国も加護持ちを手放さないんじゃないかな」


「しかし、伯爵の子飼いに、高位の加護持ちが居るとは思えません」


「それは・・そうなんだよねぇ」


「ぉ・・」



『バロード・モンヒュールさんに、ご伝言でぇ~す』



 宙空から蜜柑色の衣装を着た小太りの精霊が現れた。



「わぁ・・これって、なに? なんなの?」



「モンヒュールです。何でしょうか?」



『石の巨人は、敵か、味方か? どこから攻撃すれば良いのか? だそうですぅ~』



「返信をお願いしたい」



『はい、ですぅ~』



石巨人ゴレムは味方。巨人ゴレムが居ない場所・・可能なら東門の敵を掃討願いたい・・と」



『承りましたぁ~』



 蜜柑色の服を着た精霊が空気に溶けるようにして消えて行った。



「ちょっ、バロちゃん!? なんなの? 今の何っ?」


 白金髪の少女エルフが提督に飛びつくようにしていてくる。


「いや、私も分からないのです。例の・・ユウキ殿が使役しているようなのですが」


「・・って、ユウキって子がディージェちゃんを助けた場所、残念王子トーロス・オーギンスの別荘だったんでしょ? もう離宮に着いたの? その子、転移術とか使えるの?」


「さて・・あの伝言をする技は非常識なくらい遠くまで届くようなので、現在のユウキ殿の位置までは・・いや、巨人を目視できる位置まで来ているという事ですか。まったく、あの方は・・」


 モンヒュール提督が苦笑いしつつ首を振った。


「私に会わせてくれるのよね? ね?」


「樹海からの親書を持参されているそうですから」


「おおっ、もしかして、ルティー?」


「御名前は存じ上げませんが、神樹様と呼ばれている方のようです」


「なら、ルティーナだよ・・・あ?」


「地揺れ・・ですかな?」


「いやぁ、これは・・」


 白金髪の少女エルフが、慌てた顔で杖を手に短い呪を唱えた。


魔法の障壁マジックプロテクションですか?」


「うん・・これ、内郭のどっかが破れちゃうかもね」


 バルコニーから周囲へ緊張した視線を巡らせる。


「なんと・・」


「とんでもない衝撃波が押し寄せてて・・あら?」


 軽く眼を見張った少女をかばうように、モンヒュール提督が前に出る。


 その眼前に、


「高い所から失礼します」


 短く断って、女学生のような服装をした小柄な人影が降ってきた。


 続けて、


「夜分にすいません」


「・・失礼します」


 2人立て続けに空から降り立った。ユノン、デイジー、アーシェの3人組である。


「デイジーさん、障壁をお願いします」


 ユノンの指示に、


「はいっ!」


 デイジーが聖衣ホーリーローブひるがえすようにして聖術の詠唱に入る。


「アーシェさん、大楯を出します。お二人の周囲に展張てんちょうして下さい」


「はい」


 頷いたアーシェ・ラーンの眼前に、分厚い聖銀製の楯が重ね置かれた状態で出現した。アーシェがほっそりした見かけによらない怪力ぶりを披露して、大楯を設置していく。



『ユノンさんに、ご伝言でぇ~す』



 話精霊がふわりと姿を現した。



「はい」



『落下地点近くで、ヤバい加護持ちと交戦中。支援している奴らが多くてウザい。思いっきり、毒々しいやつをお願い・・以上ですぅ~』



「返信をお願いします。爆心地を中心座標として発動予定。2分下さい・・以上です」



『承りましたぁ~』



 話精霊が笑顔でお辞儀をして消えて行く。



「ミルクラーレ・ゼン・ルギィーン・ブーン・・」


 ユノンが小声で呪を唱えながら、両手を頭上へ掲げた。そのまま双眸を閉じて祈るように俯く。


「まさか、精霊語?・・君はいったい?」


 白金髪の少女エルフが息を呑んだ。


「ジギルド・ノルデスモーダ・キル・デギン・・ヨーン!」


 ユノンが、再び呪文を唱え始めた。


 掲げたユノンの右手から黒々とした禍々まがまがしい湯気のようなものが立ち昇っていく。


「・・バーズ!」


 左手からも同様に、黒いものが噴き上がって上空を漆黒の闇に覆っていく。


「舞え、歌え、踊れ・・呪怨の下僕達よ・・生きとし生けるものを供物とし、冥府の神々に捧げ奉れ・・我はクーン。死出を祀る者なりっ!」


「クーンですって!?」


 白金髪の少女エルフうめくように声を発した。


餓鬼沼ミザリーヘルタ、招来っ!」


 ユノンが高らかに宣言した。


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