第101話 考え事をしたいのに・・。
粘りに粘ったけど、結局、416階層までしか到達できなかった。
350階層を越えた頃から、デイジーが体調を崩し、衰弱して動きが鈍くなってしまった。もう一つ、個人倉庫がいっぱいになり、魔物が落とすアイテムを収納しきれなくなったのだった。
「どう?」
「少し顔色が良くなってきました」
デイジーの看病をしていたユノンが戸口に顔を出した。
迷宮町にある旅宿の一室である。
「やっぱり、迷宮の空気か何か・・影響していたのかな?」
「神々の恩寵から遠ざかる事で、加護の力が弱まってしまうのだと・・デイジーさんが言っていました」
しきりに謝罪を口にしながら言っていたらしい。
「別に謝るような事じゃないのにな・・」
迷宮探索くらいの事で、悲壮感を醸し出す必要なんて無いのだ。素材集めと怖い物見たさ・・そのくらいの感覚なんだから。
本人を前にしては言いたく無いけど、デイジーは物凄く頑張っていた。最初の頃に比べたら、とんでもないレベルの聖術使いに化けている。
「回復するまでの間は、採ってきた素材の鑑定と分別だね」
「はい」
ユノンが目元を和ませて頷いた。
(迷宮は面白かったな・・)
魔物を斃したら、解体とかしなくても毛皮やら骨、魔石や牙爪などの部位を遺して消えて行く。妖鬼のような人型の魔物を斃せば、衣服や装備品、貨幣を遺したりする。
ただ、解体の手間が無い反面、欲しい部位を採ることが出来ない事があり、もどかしい場面も多々あった。
自室に戻って個人倉庫と個人口座を確認しつつ、鑑精霊を喚び出して、採取した物を一つ一つ鑑定していった。
ちなみに、我が課金精霊部隊は、それぞれレベルアップを果たしている。
これでもか・・と、重課金をした果てに、ほとんどの精霊がレベルⅩまで上がったのだ。旅路魔法の老人精霊だけが、あまり出番が無かった関係で遅れているが、迷宮探索で廃使用した関係で、レベルⅧに達してる。なお、
それぞれ性能が大きく変化した。
例えば、鑑精霊の査定魔法は、一回の魔法で個人倉庫を丸ごと、全品の査定が行えるようになった。全品がリスト化され、査定結果はきちんと一品ずつ表示される。倉庫から出さずに、リスト上で売却することも可能となった。
なお、個人倉庫にも練度の設定があるらしく、999個までの収納が可能となっていた。
(これと・・これ・・この皮も全部売ってしまおう)
寝台に仰向けに寝たまま、個人倉庫内でだぶついている品々を売却していく。
(夜鴉の闇刀?・・こんなの拾ったっけ?)
見慣れない品を見つけて首を捻る。
(お・・ジャコミーの毒
色々と気がつかない内に入手した品々が混じっていた。
<移住者特典>の中に、
(これって、移住者だけの技能らしいし・・恵まれてるよな)
ユノンやデイジーは
同じ流人の東達なら、使えるはずだけど・・。
(そういえば、東達はどうしてるかな?)
すっかり忘れていたけど、今でも樹海の南側で侵入者と戦っているのだろうか?
(あいつ、クソ真面目だから・・まだやってるかもなぁ)
チーム別けをしたとか言っていたけど・・。
(・・俺達の他にも、流人って居るんだよな?)
公然と流民局なんかがあったのだ。この世界では珍しくない存在なのだろう。
(ここ・・チュレック王国にも?)
いったい何人くらい来ているのだろう? 俺のように間違って投棄されたような奴も居るのだろうか?
倉庫内の整理整頓を終えて、俺は寝台に身を起こした。
東達の事を思い出したせいで、何だか妙な
(俺、どうしようかな・・)
これから先、この異世界で何をやれば良いんだろう。
日本に居れば、大学受験がどうとか、就職がどうとか・・色々と考えて・・それで、どこかの会社に就職して・・。
(今の俺は、お金あるし・・暮らすためだけなら、もう何もしなくても裕福に暮らせるんだよなぁ)
でもねぇ・・。
だからこそ、何か考えたくなるというか・・。
でも、人助け・・と言われてもピンと来ないし。
いや、目の前で女の子が襲われてたりすれば助けるよ?
ただ、それを目的に生きるとか・・無いよなぁ。
何かの商売でもやる? 阿呆みたいにお金持ってるのに?
権力持っちゃう? 国を動かせるくらいのお金でも貯めて? 今でも動かせそうだし・・でも、絶対に面倒臭いことになるよなぁ。
(なんか、燃えないんだよなぁ・・)
冒険者ごっこをやっても、すぐに飽きちゃいそうだし・・。
俺って、インドア派だったんだよね。合気道の部活は、真面目に貞操の危機を回避するためにやってただけで・・。
(ユノンみたいな子を差別してる連中を虐めて回る?)
それはそれで面白そうだけど・・。
物騒な加護持った奴等にボコられて殺されちゃいそうだ。
樹海に居れば、獣人や
(あぁ・・とりあえず、チュレックの・・国母という人に会うんだっけ?)
面倒な話にならなければ良いなぁ・・。 挨拶だけだし、問題無いのかな・・。
(・・結局、俺って外の人間なんだよな)
この世界に愛着が無いというか・・。真剣に考えられないというか・・。
(この世界について、何も知らないんだよね・・)
デイジーに訊けば大抵の事は教えてくれるんだけど、いつまで経っても俺自身は知識が穴だらけのままだ。
もう、日本には帰れないんだから、お客さんのようなフワフワした状態を脱して、ちゃんと住人にならないと駄目なんじゃ・・。
(この世界のことを
樹海の外に活動できる場所を見つけようと思ってチュレックに来たけど、それより先に自分自身の知識を蓄える時間が必要な気がしてきた。
世界の・・なんて大それた事は言わないけど、せめて聞き知った国や組織について・・ガザンルード帝国、センテイル王国、カーダン王朝、ガーナル王国、チュレック王国、それにザウスの傭兵、ウロンドという暗殺集団、アナン教団、ランドール教会、奴隷ギルド・・。
(神々の事とか、加護・・魔法の事なんかも知りたいな)
チュレックの事をもう少し見て回って、露骨な差別を受けない感じなら、少し腰を落ち着けてみようか?
まだ市場とか行っていないけど、本を買い集めて読んでみても良い。博物館とか、記念館みたいな場所があると面白い。なにせ、ネットもTVもラジオも新聞も無い。何か、効率よく客観的な情報を得る方法はないだろうか?
(歴史家? そういう感じの人に話を聴いてみるのも面白いかも・・)
ぼんやりとした思考の流れを愉しみながら、俺は立ち上がって窓辺へ寄った。
やや離れた通りで何か緊張した声が飛び交っていた。
(なんだろ?)
どの家も夕食を終えて、そろそろ眠りにつこうかという頃合。ぽつりぽつりとある小料理屋か、花街の方にしか灯りは残っていない時刻に、誘拐だ、刺客だといった物騒な声が飛び交っている。
(・・
ふと不安に思ったが、迷宮から戻った時に話精霊で連絡をつけてあるし、今は海上の孤島に移動しているはずだった。
(う~ん・・)
追われているのは2人だ。1人は女で呼吸が乱れて心音が弱々しい。もう1人は男のようだった。こちらは、まだまだ体力を残している感じだ。呼吸にも、心音にも乱れが無い。
追っている側は、15人ほど。かなり息切れをして足の運びが乱れて来ている。どうやら鎧か何かを着込んでいるらしく、地面を蹴る音が重たげだった。
雷兎の耳で音を拾うだけで、状況が透けて見えるようだった。
(どうしようか・・)
逃げる側の男は余裕だろうけど、連れの女はそろそろ厳しい。
(・・う~ん)
もうちょっと考え事をしていたかったけど・・。
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