第100話 新装備


 闇谷の住人は、色々と古めかしい習わしを大切にしている。

 その一つに、婚儀を終えるまで、できるだけ肌身を男性に見せないという風習がある。破ったところで罰則があるわけでは無いのだが、ユノンなどは、てるてる坊主のような黒衣を着て、体の線すら見せなかったくらいだ。


 今は、婚約者による成人の儀を終えたため、服装は自由になったらしい。

 

 肌を露出しないという点では変わらないが・・。


 立襟のサテン地のような光沢のある白いシャツに、膝丈の黒いプリーツスカート、黒いタイツに編み上げの長靴・・といった格好をしていた。フォーマルな雰囲気のする服装だったが、野外活動にはどうなんだろう? 学校の制服みたいな感じだけど・・。


聖銀ミスリルの編糸を縫い込んであるんですね?」


 デイジーが驚きに眼を見開きながら、ユノンの白いシャツを見つめていた。


「込める魔力の量によっては、金属鎧プレートメイルより丈夫になるそうです」


 ユノンが鏡を見ながら、腰に巻いた革帯の位置を確かめている。新しい服を着ることが出来て何だか楽しそうだ。

 革帯の後腰には大きめの小鞄、腰の左右には小さなポーチが吊されていた。敵に投げつける金属玉だったり、毒瓶やら薬やらが詰まっているのだろう。


「ずいぶんと重装備ですね」


 デイジーの声につられて見ると、ユノンが両手に漆黒の籠手ナックルをはめていた。どうして、服装は薄手なのに、籠手はゴツイの・・?


「洞窟の民が作った物らしいです。すごく軽いです」


 ユノンが握ったり開いたりして具合を確かめている。

 ユノンは、こんな華奢な身体付きをしていて、なかなかの腕力・・というより拳力を持っている。投げつける石の威力がとんでも無いので、腕だけでなく体幹の力が強いのだと思う。


「どうでしょう?」


 ユノンがやって来た。


 せっかくの、女の子らしい雰囲気がする衣服の上から立襟の外套マントを羽織っているのが勿体ない。両手には黒光りする籠手が・・。


外套マントは動き辛く無い?」


 俺はユノンの外套マントを摘まんでみた。


「武装も隠せますし、魔法も防げますから・・」


「へぇ・・凄いな。普通の生地じゃないんだ?」


「これも聖銀ミスリル糸が編み込まれていますね」


 デイジーが感嘆の声を漏らした。


「えっと・・」


 言うべきかどうか迷ったけど、ここは婚約者として注意をしておかなければなるまい。


「なんでしょう?」


「あぁ・・その・・とっても似合ってて綺麗なんだけど、その・・スカートって樹とか登ると、下から・・見えちゃわない?」


「大丈夫ですよ?」


 ユノンがいきなりスカートをたくし上げた。


「ぐ・・ぅ」


 喉の奥で変な音がした。


 い、いや、ユノンさん・・それ、大丈夫って言わないから・・。


「コウタさん?」


 小さく首を傾げるユノンのスカートをそっと下へ降ろさせて、俺は周囲へ厳しい視線を巡らせた。他に男が居たら息の根を止めねばならない状況だ。


 まあ、宿の居室の中である。他にはデイジーしか居ないのだけど。


「・・駄目です?」


「いや、その・・とっても女の子らしくて素敵なんだけど、綺麗だし・・じゃなくて、まあ・・でも問題無いのかな?」


 黒いタイツだから良いの? 何というか、サイクリングパンツみたいに、ぴっちりしてて心配なんだけど・・。ボクが意識し過ぎなの?


「ちゃんとスカートをはいていますし、少し生地は薄い感じはしますけど・・肌は出していないから良いと思いますよ?」


 デイジーが言った。なんちゃって聖職者から見ても大丈夫なら良いのかな? ストッキングくらいの透け度なんだけども・・。下着の形が見えちゃうけど? 素肌が出ていなければオッケーなの?


「・・と言うか、男を前にしてスカートの中を見せちゃダメでしょ。心臓が止まるかと思ったよ。他に男が居たら、男子引退させるところだからね?」


「男の人は、コウタさんだけです」


 いつもの、瞬きしない双眸で、じっ・・と見つめられてしまった。


「そう・・そりゃそうだよね。気にしすぎかな・・あはは」


 俺は、頭を掻き掻き笑って見せた。


 考えてみればスカートに黒ストッキングとか、学生服でも見かける服装じゃないですか。なにをドギマギしてるんですかねぇ・・俺とした事が・・。いや、不意打ちでスカートをたくし上げたりするからさ・・。ちょっとだけ、ドキっとするよね? 男の子だしね?


(意識し過ぎかなぁ・・)


 騒ついた気持ちを鎮めるために、自分の装備を見直してみる。と言っても、いつもの白い道着に黒い袴という格好だ。ただ、最近は下に鎖帷子チェインメイルを着込むようにしていて、白布に金属板を縫い付けた額当てをバンダナみたいに巻いている。額当ての中程にUの字の溝が作ってあり、小角にぴたりと嵌る。さすがは、洞窟人の職人が手掛けた作品だ。まあ、見た目はただのプレート付きバンダナだけど・・。


 この格好で胴鎧と籠手、袴の下には脛当て、革の地下足袋っぽい物を履いていた。腰に日本刀でも挿せば、お侍さんの出来上がりだけど・・。


「良いかな?」


「はい。準備できました」


 デイジーはいつもの真っ青な聖衣に銀色をした胸甲を着けて円楯と大ぶりな戦槌ウォーハンマーを持っている。


「じゃあ、行こう」


 迷宮には続きがある。行けるところまで行ってみるつもりだった。


「御出立ですか?」


 廊下に出ると、若い給仕の女が立っていた。上下2段の四つ眼と、側頭部から前に突き出した2本のホーンが特徴的な美人さんである。


「うん、外が暗くて時間が分からないけど、今って・・朝? 昼?」


「地上では、ちょうど陽が昇った頃ですね。まだお休みのお客様も大勢いらっしゃいます」


「そうなんだ」


 案内されながら階段を降りて行くと、昨夜の背が高い仮面の美人さんと、枯れ木のような老人が何やら親しげに話し込んでいた。


「おはようございます」


 邪魔にならないよう軽く挨拶しつつ通り過ぎようとすると、


「変わった取り合わせじゃな。平人と・・闇人ダークエルフとは」


 老人が声を掛けてきた。


「そうなのかな?」


 俺は小さく笑いながら美人さんに見送られて外へ出た。


「おぅ・・」


 館の玄関を出たところに、やたら大きな男が座っていた。軽く5メートルは超えているだろう巨躯は重厚な筋肉に覆われ、ただ座っているだけなのに全身から何やら湯気のようなものが立ちのぼっているようだ。


(一つ目だし・・)


 まあ、普通の人間では無いのだろう。


「迷宮って、色々な人が居るね」


 俺はユノンとデイジーを振り返った。


「・・巨人族ギガンティスですね」


巨人族ギガンティスです」


 二人の表情がやけに硬い。


「ふうん?」


 俺は、改めて一つ目の巨漢を眺めた。


「これだけ大きいと、館には入れないね」


 どう頑張っても玄関扉をくぐれない。身長が高いというのも考えものだ。うん・・。


「・・何を見ている」


 不意に、巨人族ギガンティスの単眼が俺を見た。瞳は黄金色をしている。ぼさぼさの長い蓬髪は、しばらく洗っていない感じで近寄りがたい。


「巨人族を初めて見たんだ」


「ふん・・そういうお前は・・鬼人? では無い・・平人か」


「まあ、普通の人間だよ。角が生えちゃったけど」


「ほう・・呪いの類か? この階層に来たのだ。見た目よりは強いのだろうな」


「まあ、型にはまればねぇ・・この下の階に行くつもりなんだけど、危ない魔物とか居る?」


 模写技との相性が悪ければ苦戦必至になる。事前情報があれば有り難いんだけど・・。


「すぐでは無いが、石化をやる奴等の階層は面倒だな」


「ふうん・・もっと下に行ったら、ここみたいな休憩できる場所があったりするの?」


「このような建物があるのは・・500階層だな。瘴気の和らぐ階層・・少し休めるような小部屋なら途中の階にもあるぞ」


 見かけによらず、気さくな質らしい。一つ目巨人が下に居る魔物の特徴を教えてくれた。


「ふむふむ・・って、ここ何階まであるの?」


「さあな・・我が主人に連れられて900階までは潜っているが、まだまだ先の階があるようだ」


「ひえぇぇ・・どんだけ深いんだ。途中で飽きちゃいそうだなぁ」


 俺は唸りながらユノンとデイジーを振り返った。


「戻る事も考えながら進まないといけませんね」


 デイジーが苦笑する。


二重ふたえの帰還石を腹に持つ魔物が居る。見かけたら何匹か狩っておくが良い」


 対になる帰還石を置いた階層まで瞬時に舞い戻ることが可能になる不思議な石なのだそうだ。


「おお、それは良いね。情報ありがとう!」


「・・ふん、喋りすぎたな。後で主人に叱られそうだ」


「はは・・じゃ、もう行くよ。また、どこかでね」


 俺は軽く手を挙げて歩き出した。ユノンとデイジーが巨人にお辞儀をしてからついて来る。


「なんだか、凄く強そうな奴だったね」


巨人族ギガンティスは、その存在自体が・・知られていませんよ?」


「ふうん?」


「ユノンさんの森と同じく、西方にある流砂獄と呼ばれる砂漠地帯に棲んでいると・・教団の見聞録には記されていますが、友好的な交流は出来なかったらしく、外見以外の情報は書かれていませんでした」


 平人と称される人間達の住む土地は、"世界"という器の中では4割程度らしい。それも、年々狭まっているという話だった。


「でも、その辺の町には平人? 以外の種族が多く住んでるって言ってたよね?」


「ええ・・ただ、巨人族ギガンティスは古代の伝承においては魔族に属する存在です」


「・・魔族?」


 それにしては、友好的に会話していた気がするけど?


「あくまで古い伝承の話です。実際に交流を持った人は・・たぶん、居ませんから」


「ふうん・・」


 俺は足を止めて、ちらと館の方を振り返った。


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