第99話 土下座


 俺は土下座どげざしていた。


 ユノンの寝室の扉の前だ。デイジーとユノンが寝室に閉じこもっている。


 俺は、女の子を泣かしてしまった。


 最悪のクズ野郎なのだ・・。


 ただただ申し訳無い。もう、ゴメンなさいしかない。


 両手で耳を塞ぎ、潰れたカエルのように、床に額を擦りつけて土下座どげざを続けていた。


 驚きを通り越して恐怖を覚えたらしいユノンが、デイジーと一緒に寝室に駆け込んだまま出て来なくなってしまったのだ。


(・・終わった)


 ボク、悪いニンゲンだったんだ・・。


 非道いヤツなんだ・・。


 あんな可愛い子に、噴火寸前の活火山を突きつけるようなヤツなんだ・・。


(すまんかったぁ~~・・・ゴメンよぉ~~)


 どうしよう、もう割腹? ハラキリなの?


 命のスペアあるし、3回やる?


 どうしたらゆるして貰える?


 もう何だってやるよ!


(だから・・せめて声を・・顔だけでも見せて)


 もう、温和おとなしくなったから・・。


(じゃなくって・・ゆるして下さいっ! 悪気は、これっぽっちも無かったんだ! 若さ故の過ちってヤツなんだっ!)


 だって・・だって・・。聖紋合わせとか・・そんなの無理でしょ? 俺の聖紋・・あそこにあるんだよ? どうしようも無いじゃん! 非道ヒドいよ・・。不可抗力じゃんか!


(ユノン、ゴメンね・・)


 ちゃんと謝れたら、君の前から消えるから・・。


 本当にね。今すぐ穴を掘って地面に潜りたい。消えちゃいたいんだ・・。


 でも、せめて最後に、ちゃんと謝りたい。


「・・・さん? コウタさん?」


 不意に背中を触られて、俺はびくりと背を震わせた。

 耳を塞いでいたから、扉が開いた事にも気がつかなかった。


「ユノンさんは、ちょっと驚いただけです。その・・さすがに、アレは無いなって思いますけど、でも・・ユノンさんは怒ってませんよ?」


 やけに穏やかなデイジーの声が聞こえる。


「・・本当?」


「ええ・・その・・ああいう事は驚くし・・人前ではどうかと思いますけど」


「違うんだ・・あれは・・聖紋が・・あんな所に」


「・・まあ、そうなんですよねぇ。ランドール教会が集めた資料でも例が無いです。その・・ちょっと凄かったですよね」


「ユノン・・ゆるして」


「ですから、ユノンさんは怒っていませんよ」


「あんな事やって・・怒るでしょ。せっかくの成人の儀式だったのに」


「闇谷の儀式はきちんと終わっていたんです。その・・ちょっとバタバタしましたけど問題ありません」


「だって、ユノンが・・ユノンが泣いちゃってた」


「コウタさん・・」


 不意の声は、ユノンのものだった。


「ゴメンなさい! ユノン・・本当にゴメンなさい!」


 俺はごりごりと床に額をこすりつけた。


「びっくりしただけです。もう、平気ですからっ・・」


「ユノン、俺・・どうしたら良い? 何でも言って・・本当に謝りたいんだ!」


「大丈夫なんです。もう・・私、初めてて・・びっくりしちゃって・・恥ずかしいです」


「・・ユノン」


 俺はそっと顔をあげた。


「はい?」


 まだ紅い顔のユノンが、少し眩しそうな眼で俺を見ている。


「本当にゴメンなさい」


 俺はきっちりと手をついて土下座どげざした。


「なかなか言えなくて・・俺、変な所に聖紋があるから」


「私の方こそ・・そ、その・・びっくりしちゃって、騒いでしまって恥ずかしいです。ゴメンなさい」


 ユノンが俺の正面に土下座どげざをして頭を下げた。


「まあまあ、お二人とも・・」


 デイジーが取りなすように、土下座どげざして向かい合っている俺達の間に膝を着いて入った。


「その・・色々ありましたけど、これで聖紋の儀も奉納を終えたのですから」


「聖紋って位置を動かせないの?」


「生まれついてのものですから無理ですね」


 デイジーが首を振った。

 実際に試みた者が居たらしいが、どんな方法も無駄に終わったらしい。


「その・・身証のために測定具を使用する際に問題になりそうですね」


 デイジーがやや俯き気味に言った。もちろん、問題なのは俺のアレだ。


「まあ・・ね」


 実際、奴隷狩りの町にあった流民局で、ちょっとした問題になった。いや、脱いで見せるくらい、そこまで恥ずかしい気はしないのだけど・・。


「わ・・私、平気でしたよ!」


 ユノンが思い詰めたような形相で言ったが、


「いや、ええと・・ありがとう」


 俺は頭をきながら言った。


 俺は、自他共に認める健康優良ボディ、おまけに純情無垢ピュアなハートの持ち主なのだ。好きな女の子に、そのような行為をされている自分を想像しただけでも、色々と危険な状況になってくる。


「あはは・・やっぱり俺も恥ずかしいし・・さっきは勢い任せでやれたんだけど」


 さすがに、もう一度、アレをやれと言われても困ります。


「・・奉納できて良かったです」


 顔を赤くするユノンの横で、


「私も、もう一度・・は、ちょっと困りますね」


 デイジーも少し顔を赤らめている。


 兎にも角にも、聖紋合わせは完遂できた。

 ミッションコンプリート・・というやつだ。


 そっと微妙な気分で視線を交わしつつ、3人揃ってうつむいて息をついた。互いに、どこか安堵の入り混じった溜息だった。



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