第98話 成人の儀


 ユノンの身体を、俺が神樹の樹液で濡らした神樹の枝で叩く。それが闇谷の成人の儀だった。


 文字で書くと大した事じゃ無いんだけど・・。


 神樹の枝を握る俺の手は震えていた。


 ユノンが白絹シルクの肌衣一枚という姿で、床に膝立ちになって祈るように手を合わせて俯いている。


 まだ幼さを感じさせる華奢な肢体が、男の視線にさらされて微かに震えているようだった。


(ユノン・・綺麗だ)


 自分の心臓の音がやけに煩く耳に響く。


 触れれば壊れてしまいそうな細い首から肩・・まだ薄い胸乳の膨らみが白絹の肌衣をわずかに持ち上げていた。


「・・サリーシャ・リーンラムの子、ユノン・リーンラム。貴女を成人と認め、コウタ・ユウキが儀式をり行う」


 教えられたままの台詞を口にした。意識していなかったが、緊張で声がかすれてしまっていた。


 その間も、ユノンの身体から眼が離せないでいる。


「この儀をもって、ユノン・リーンラムは、リーンラムの樹を出てひとり・・ユノンとなる」


「・・はい」


 応えるユノンの頭を濡れた神樹の小枝で叩くと、神樹の樹液が白絹シルクの肌衣へ降りかかって湿らせた。


「小さな芽は、枝葉を伸ばした成樹となる」


「・・はい」


 パシッ・・と小枝で背を叩く。樹液が真っ白な背中へ飛び散って伝い落ちていく。濡れた肌衣が新雪のように青ざめた肌身に張り付いて透けて見える。


「小さな芽は、花を咲かせる成樹となる」


「・・はい」


 パシッ・・小枝を鳴らせて、膝立ちになっているユノンの尻を叩く。


「小さな芽は、果実を実らせる成樹となる」


「・・はい」




 パシッ・・




 パシッ・・




 パシッ・・




 薄暗く明かりを落とした寝室に、密やかに小枝の音が鳴り続けた。


 樹液で濡らした小枝で、胸を・・お腹を・・下腹部を・・太股を・・臑を・・足の指先まで静かに叩いて湿らせていく。


 できるだけ心を落ち着かせよう、儀式に集中しよう・・そう思い続けている俺だったけど、もう何だか胸がざわざわして、とてもじゃないけど冷静ではいられなかった。


(まずい・・まずい・・まずい・・)


 俺の中の男子が暴走寸前に追い込まれている。


 儀式だとか言ったところで、ていに言えば濡れた小枝で下着姿の女の子を叩いているのだから・・。とてつもない背徳感に襲われていた。


「じゅ・・樹液をその身に・・神樹の祝福を受け入れよ」


 俺は、声を上ずらせながら手にした神樹の小枝をユノンの額に当てた。


「サリーシャ・リーンラムの子、ユノン・リーンラムは、御神樹の樹液を受けて、独り・・ユノンとなります」


 家を出て独立をするという宣誓だった。闇谷の子は成人と同時に家を出る習わしらしい。


「神樹の祝福をこの身に・・」


 囁くように言って、ユノンが神樹の小枝を震える両手で受け取った。


 その緊張した様子に何か声を掛けるべきか迷ったけど、こんなところで尻込しりごみをしたら羞恥に耐えているユノンに申し訳が無い。


 俺は神樹の樹液を溜めた壺へ手をひたすと、そっとユノンの頭に触れ、長い黒髪を指で梳くようにして濡らしていった。続いて、顔に触れる。眼を閉じて、やや上を向いている顔を両手で包むようにして樹液を塗り、か細い喉元から肩にかけて両手を滑らせていく。


 神樹の樹液を全身をくまなく塗布する事で、神樹に祝福された大人となる・・そういう儀式なのだった。


 ユノンの震えが指先に感じられ、俺は大きく息を吸い、こわばった手をほぐすように握りながら、樹液の壺へけた。


(・・もう・・やるしか・・いくしかない)


 変に遠慮したりしたら駄目なんだ。これは、ちゃんとした儀式なんだから・・。ちゃんとやらないと・・。ちゃんと全部を濡らしてあげないと・・。


 ただれて乱れそうになる意識を振り払うように、俺は静かに息を吐いてユノンに向き直った。


 ユノンが神樹の小枝を手に、眼を閉じて動かないで居る。


 女の子が覚悟を決めているのに・・。


(逃げたら駄目でしょ・・)


 俺は小枝を握り締めるユノンの腕に触れて、枝を持ったままの両手を頭上へと上げさせた。神樹の小枝を掲げるように持ち上げたままの姿勢でユノンが動きを止める。

 その無防備にさらされた二の腕から脇の下を濡れた手で撫でつけ、両脇から淡い膨らみへと柔らかな肌身を濡らしながら手を滑らせていく。


(ぁ・・こ、これ・・)


 指先に感じた小さな突起に一瞬気を取られ、すぐにてのひらを滑らせて胸から腹へとで下ろした。


 小さく身を震わせたユノンが身を硬くして動きかけ、そのまま耐えるように顔を俯ける。俺は、そのまま薄い背中に手を回し、まだ小さな臀部おしりを両手で包みこんだ。


(成人の儀だから・・儀式なんだから・・ユノンのためなんだから)


 呪文のように胸内で呟き続け、やがて俺は緊張で震える指をユノンの下腹部へと滑らせた。



 ぁ・・



 小さく悲鳴を漏らしたユノンが身をよじったせいで、俺の手が太股に柔らかくはさみ込まれてしまったが・・。


「す、すいません・・」


 眼を硬く閉じたまま、ユノンが謝罪を口にした。


「続けるよ?」


 優しく掛けたつもりの声が少し震えていたかも知れない。


「・・はい、お願いします」


 ユノンが小さく頷いた。


 大丈夫、俺の中では山を越えたから・・。もう大丈夫・・。きっと大丈夫・・。


 柔らかな太股を指で濡らし、脹ら脛から足の指まで神樹の樹液を塗布し終えてから、俺はやり遂げた顔で大きく息をついた。


 もう、色々と限界突破エクスプロージョン寸前です。まともに立っていられません。


「え、えと・・これからどうすれば?」


 言われた通りの儀式は終わったはずだけど・・?


闇の民ダークエルフとしては、この儀式で良いのですけど・・人の世で認めて貰うためには、デイジーさんに来て貰って、司法の神様に奉納する必要があるんです。神前の儀・・と、デイジーさんが言っていました」


「あ・・そうか。そんな事を言ってたね」


 俺は、前にかがんだまま、神樹の樹液が入った壺を触りつつ頷いた。素晴らしく健全な俺の男子がそれはもう大変な意気込みで・・立ち上がれません。


(まずいって・・これ、まずいって・・)


 俺はかつてない熱し方で脈打つモノを持て余しつつ、床にしゃがんだまま火山がしずまる時を待っていた。


「デイジーさん、お願いします」


 頬を赤らめたままのユノンが、居間で待機していたデイジーを呼んで来た。


(ちょ・・もうちょっと・・まだっ)


 まだっ、立てません!


 俺は非常な焦りを覚えつつ、壺を前にしゃがんだまま視線を左右して逃げ場を探した。


「コウタさん、どうされました?」


 デイジーが心配そうに声を掛けてくる。


「あ、ああ・・うん、いや・・ちょっと休んでるんだ。なんだか緊張しちゃって・・あはは」


「・・そうですか。どうしましょう?」


 デイジーがユノンを見た。


「司法神への奉納というのは、どうすれば良いのですか? 時間がかかるようなら、コウタさんに休んで貰った後でも・・」


 ううっ・・ユノン、優しい! 健気けなげすぎる!


「お二人の聖紋を合わせてみことのりを捧げるだけです。祈りも長いものではありません」


「分かりました」


(げっ!? な、なにそれっ! いかんでしょっ!)


 俺は大いに慌てた。だって、俺の聖紋って、いかん場所に・・発砲寸前の部位にあるのだからっ! わずかな刺激で噴火確定ですからっ! 断じてNOなのです!


「コウタさん?」


「いやぁ、それって・・そうなの? 他に方法があるとか?」


「成人になった人と、成人の儀を執り行った人、双方の聖紋を合わせて詔を成すのが一番正しい形です。せっかく、古式に則って儀式をおやりになったのですから、正式な手順をお踏みになった方がよろしいと思いますよ?」


「う、うん・・そうなの? 他にもっと良い方法があるとか?」


「聖紋合わせに勝るみことのりはありませんよ?」


「あぁ・・そうなんだぁ?」


 俺はそっと視線をらした。


「コウタさん?」


「えっとぉ・・そういえば、ユノンって聖紋は何処に?」


 樹液を塗っていた時、どこにも見当たらなかったような・・? 腕や手の甲とか、よくある場所にはあらわれていなかったみたいだけど? まさか、肌着の下に? そ、それって、まさかの・・?


「唇なんです」


 ユノンがはにかむように微笑んだ。大変な儀式を乗り越えて、ホッと安堵した様子で、雰囲気が和らいでいる。


「まあ!」


「ふぁ・・?」


 デイジーと俺、それぞれ声を漏らした。


聖紋唇せいもんしんの持ち主だったなんて・・だから、古式の魔導陣を扱えるんですね」


 デイジーが感嘆の声をあげた。


(いやいやいやいや・・・唇とか、どうすんの!? どうなるの? えっ? ヤバいじゃん! ヤバいっしょ?)


 俺の顔から血の気が引いていった。


 ダレカ、タスケテ・・


 ボクヲ、タスケテ・・


「コウタさん?」


「大丈夫ですか?」


「あぁ・・いや、あんまり大丈夫じゃないかなぁ・・あはは?」


「・・そうですか」


 ユノンが視線を落とした。一瞬だが、紫瞳に落胆の色が滲んだのが見えた・・見えてしまった。


「なんてね・・冗談、冗談・・俺は大丈夫だよ」


 俺は明るく笑って見せた。


「大丈夫です?」


 ユノンがそっと伺うように俺の顔を見る。


「もちろん! ただ・・・いや、大丈夫っ!」


「では、あまりお時間を取らせるのもいけませんから・・神前の儀をり行いますね」


 デイジーが穏やかに微笑みながらユノンを見た。


「よろしく、お願いします」


 ユノンが神妙な面持ちで頭を下げる。


「コウタさん・・聖紋をユノンさんに・・腕とかですか?」


 デイジーが俺を見た。


(結城浩太は、男で御座ゴザるっ!)


 俺は眼を閉じ、唇を噛みしめて立っていた。両足の間では、未だしずまる気配を見せない我が朋輩ほうばいが出番を待ちかねるようにたけっている。


「コウタさん? 聖紋を・・」


(結城浩太は、男で御座ゴザるっ!)


「コウタさん?」


 ユノンが不安げに声を掛けてきた。


(ぐっ・・)


 ユノンを不安にさせちゃ駄目だっ! それはゆるされないんだ! それだけは駄目なんだ!


 だ、だけど・・。だけどぉ・・・。


「ゆ・・結城浩太は、男で・・男なんだ!」


「はい?」


「ぁ・・いや、その・・」


 俺は顔を赤くしながら大きく深呼吸をした。


(いざっ、参る!)


 そのまま、腰で縛っていたはかまの紐へ手を掛けて、手早く解いていった。


「ちょっ・・コウタさん!?」


 デイジーが慌てた声を掛けようとする、その目の前で、俺は紐をゆるめたはかまを床へと落とした。そのままの勢いで、黒いボクサーパンツをずり降ろして両足を抜いた。


「コウタさんっ!」


 デイジーがしかりつけるような声を上げたが、


「俺の聖紋は、ここにあるっ!」


 俺は吠えるようにして宣言をすると、両腰に手を当てて仁王立ちになった。その股間で、噴火寸前の活火山がいきり立っている。その活火山の山頂で、黄金色の聖紋が燦然さんぜんと輝いていた。


「えっ!?」


「・・・ぁ」


 デイジーとユノンが声を漏らした。


(結城浩太は、男で御座ゴザるっ!)


 俺はキッ・・と斜め上方をにらえたまま、盛大に泪を流していた。心の中で・・。



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