第97話 ユノンの願い
「・・はい?」
俺は思わず
配膳された食事を前に、ユノンやデイジーと明日からの事を話そうとしていた時である。
「成人の儀を
ユノンから、そう告げられたのだ。
「成人の・・?」
成人式みたいなもの? 1人でやるの?
え・・?
「ユノン、いつ成人したの?」
「お母様の許しが出ました」
「・・ええと?」
俺は、デイジーに助けを求めた。司教をやっていただけあって物知りなのだ。
「
「へ?・・成人かどうかって、年齢で決まるんじゃないの?」
「お母様ですよ?」
「・・そ、そうなんだ?」
「
デイジーが興味深そうに言った。
(えっと? 成人って年齢はどうなの? 何歳でも、お母さんが成人だって言ったら成人なの?)
俺は困惑したまま口を
「その成人の儀というのは、どこへ行けば出来るの? 闇谷に戻った方が良いのかな?」
「いいえ、デイジーさんが司法神の加護を持っていますから・・ここでも出来ます」
「おお・・そうなんだ」
何気に、デイジーって有能なんだな・・。ただの残念司教じゃないらしい。
この世界、契約事を司法神に奉納するという儀式がとても重たい意味を持つようで、司法神の加護持ちは引く手あまたらしい。
(呪契約を解除したのは早まったかな・・?)
そんな思いがちらっと脳裏を過ぎったが、
「立ち会い人を務めて下さいますか?」
ユノンが神妙な表情で訊いてくる。
「もちろん・・俺で良ければやるよ」
「ありがとうございます!」
ユノンが深々と頭を下げてくる。
なんだか、やけに丁寧というか・・
「では、食事の前に終わらせましょうか」
デイジーが穏やかな口調で提案した。いつものてるてる坊主のような形をした黒衣の膝元を握ったまま、ユノンが無言で頷いた。
(・・なにか俺の知らない事情があるっぽい?)
俺の視線に気付いて、デイジーが目顔で微笑を返してくる。
「この部屋で良いの?」
「もちろんです。特に準備は要りません。形式的なものですから」
「ふうん・・」
それにしては、ユノンが緊張気味なんだけど・・。
「なかなか無い事なんです」
「なにが?」
「成人の儀は・・親族の方に立ち会って貰うそうです。しかし、本来は将来を共にする異性の方に立ち会って貰う儀式なのだそうです」
「・・ふむ?」
将来を共にするって、結婚ってこと? 俺って婚約者だから何の問題も無いじゃん?
「ですので、正式な成人の儀というのは、婚礼の儀に等しいのです」
「ぁ・・なるほど! そういうことか」
だから、ユノンが
「じゃあ、立ち会い人って言うか・・その・・新郎ってやつじゃないの?」
なんだか、ユノンの緊張感が伝染してくる感じである。
「い、いえっ・・最初に成人の儀があって・・それで、その相手の人が・・ちゃんと成人だと認めて下さったら・・婚礼の儀と認められるんです」
ユノンが俺の眼を必死の面持ちで見つめながら言った。
「なるほど・・うん、分かった」
俺は大きく頷いた。
(どちらかと言えば、俺の方が不安なんだけど・・)
華奢な体付きと女顔のせいで、まともに男として見てくれる女の子と付き合った経験がありません。どうしたら良いですか?
「コウタさん、礼服を用意してあります」
そう言って、デイジーが風呂敷のような布包みを取り出した。
「へ?・・お、俺の?」
いつの間に、そんな物を・・?
「ロッタ・・・ロートリングさんに縫って貰ったんです。もちろん、ユノンさんの礼服も作って貰いました」
「なんか・・ありがとう」
色々と・・。知らない間に、女の子同士で、しっかりとした
(まさか、あの人が・・?)
ちらと脳裏に、ユノンの母親の顔が思い浮かぶ。色々と仕込みをやりそうな人物だけど・・。
「着替えて来れば良いの?」
戸惑い顔のまま包みを受け取ろうと手を差し出したら、
「いいえ、礼装を着付けることで儀式が始まるそうです。闇谷の古くからの慣習みたいですけど」
デイジーが自信なさげに言った。さすがに、闇谷の古習までは知らなかったらしい。
「この先は、私も詳しくは知らないので・・ユノンさんにお訊ね下さい」
「・・そうだね」
「では、こちらはユノンさんに」
デイジーが、俺用の礼服をユノンに手渡した。ユノンが大切そうに受け取っている。
「それから、こちらはコウタさんがお持ち下さい」
どうやらユノンの礼服らしい布包みを俺に向けて差し出した。
「う、うん・・」
なんだか、よく分からない緊張感を覚えつつ、俺は布包みをそっと受け取った。
受け取ってから気がついた。
(・・ぇ・・これって、着付け・・まさか俺がユノンに着せるの?)
女の子に着せるとか・・無理でしょ?
思わずデイジーを頼ろうかと視線を巡らせた時、
「コウタさん・・」
ユノンが寝室を前に振り返った。
どこか不安げな、緊張に震える眼差しを受けて、俺は軽く背筋を伸ばした。
男らしくありたい。男らしく見られたい。常々そう思っているくせに、好きな女の子に、こんな不安な顔をさせちゃ駄目だろう。
「・・俺で良いんだね?」
「・・ぁ・・はい」
ユノンが手にした布包みを抱きしめるようにして頷いた。
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