第95話 迷宮ホテル
迷宮は、10階毎に少し変わった魔物が登場する仕組みになっていた。
色や柄が違った魔物だったり、やたら大きかったりしたが、まあ強さ自体は気になるほどでは無かった。強いて言えば、67階層で出現した煙のように実体の希薄な魔物は面倒だったけど・・。
迷宮は、98階に降りた所で天井高のある鍾乳洞のように変化した。
「
がらんと何も無い空洞の奥に、石造りの館らしき建物が見えた。
「不思議ですね。ここは清らかな空気に満たされています」
デイジーが
「・・探知されています」
ユノンが
「どこから?」
「あの建物の方向です」
「
デイジーが声を低くした。
「魔素の糸を伸ばして触って来ています」
ユノンが説明する。
「魔素を・・そのような使い方があるのですね」
デイジーが硬い表情で頷いた。
「防御は?」
「
デイジーが言う。
「よし・・行ってみよう」
俺は
雷兎の耳は、まだ何も拾えていない。また音を出さない、実体の無い奴なのだろうか。あるいは、魔法か何かで完全な防音が出来ているのか・・。
(・・ん?)
行く手にある館から人影らしきものが外へ出てきたようだ。
「人間?・・にしては、少し雰囲気が違うか」
身の丈は、2メートル近いだろうか。頭の左右にねじくれた太い角が生えている彫りの深い端正な顔立ちの男だった。細身に引き締まった筋肉質な体躯をしているが粗暴な雰囲気はしない。温和という訳でも無いが・・。
手足は人間と同様、2本ずつだ。黒っぽい衣服は、軍服を想わせるような詰め襟の上着に細身のズボン、真っ黒いロングコートを羽織っている。
「他にも隠れているかもしれないな」
後ろの2人に向けて呟いた。
1人が目立つように姿を現し、他の奴が不意を狙って潜んでいる可能性がある。
こちらは3人なのだ。のこのこ1人で姿を現したのは不自然だろう。
「
デイジーが小声で
「角があるから魔族って決めつけられないでしょ?」
俺だって角あるからね? 鬼人族みたいに、角持ちの種族かもしれない。
「まあ、普通じゃ無いだろうけど・・」
双角の大男からは、心音が聞こえてこない。それどころか、呼吸をする音すら聞こえなかった。
「こんにちは」
俺は声を掛けてみた。
・・反応ナシ
「ハロー? ボンジュール?」
・・反応ナシ
(敵認定で良いかしら・・)
俺は笑顔のまま、双角の男との距離を
その時、
「何用だ?」
双角の男が初めて声を出した。落ち着いた若々しい声音だ。人間なら20代半ばくらいか。
「探索に来ました」
俺は事実を告げた。
「このような場所へか?」
「まあ・・何も考えずに進んで来ちゃったんだけどね。俺は、コウタ・ユウキ。この
「ユウキか・・3人で、よくここまで
双角の男が感心したように言った。
「貴方は魔族の人?」
「魔族という呼び方は適切では無い。人の言葉で言うなら、魔人族・・だろうな」
「そうなの?」
俺はユノンとデイジーを振り返った。
2人が無言で首を振る。
「おまえ達が魔界と称する空間にも、こちらと同様、様々な種族が暮らしている。ワウダール・・・デギオヌ・ワウダールという識別名を持っている」
「デギオヌ・ワウダールさんね・・ここで何してたの?」
「ここなら邪魔が入らないからな。少し考えを纏めたい時など、そこの館に滞在させて貰っているのだ」
双角の男が石造りの館を振り返った。
その入口に、もう1人、別の人影が立っているのが見えた。
遠目だが、一目で女性だと分かるシルエットである。
「休憩とか出来るの? 先に予約とかしておかないと駄目?」
「いや・・大丈夫なのだろう。彼女が館の持ち主だからな。気に入らなければ、ああして出迎えはしない」
「あの人も、魔人さん?」
「さあな・・私も素性は知らぬ。ただ、古くから館と共にある」
「ふうん・・」
古くから・・とか、いったいお幾つなんでしょうかねぇ?
「紹介して貰えます?」
「・・良いだろう。連れの2人は?」
「もちろん、同行しますよ。ユノンとデイジーです。ワウダールさんの考え事の邪魔はしないので、あの人に紹介だけお願いします」
「分かった」
双角の男がくるりと
近づくにつれ、館の重厚な造りが感じられ、石壁に彫られた細緻な模様細工に眼を
(凄いな・・)
素直に感心しつつ、館を見回していると、
「問題無いそうだ」
戸口の女性と話していたワウダールが戻って来た。
「あ・・どうもありがとうございます。お手数をお掛けしました」
俺は御礼を言って頭を下げた。
「いや・・役に立てたのなら良かった。ではな」
ワウダールが軽く手をあげて館へと入って行った。
「コウタ・ユウキと、婚約者のユノン。仲間のデイジー・ロミアムです。少し休憩させて下さい」
俺は改めて、戸口に立っている女性に声を掛けた。
広く開いた薄物の黒衣から、計り知れない迫力の乳房を覗かせ、腰に掛けて細くくびれた腰には、黄金の鎖が巻かれて南京錠のような物がぶら下がっている。さらに、黒い長衣の腰から下は深く切れ込みが入った意匠になっていて、真っ白な長い脚がぎりぎりまで覗け見えていた。
実に怪しからん、濃密な妖艶さである。
ただし、やや厚みのある紅色の唇から上は、真っ黒な仮面に覆われていて顔が見えない。髪はグレーブルーとでも言うのか、青みがかった灰色をしていた。
「ここは、静けさを好むお客様が多いの・・大丈夫かしら」
柔らかく
「大丈夫です。大人しくしています」
俺はニコニコと笑顔で約束した。
「・・良いわ。休んでおいきなさい」
黒衣の女が微かな微笑と共に、甘い香りを残して館の中へと入って行った。
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