第94話 迷宮の不思議


 初迷宮である。


 俺も、ユノンも、デイジーも迷宮は初めてだった。


「・・少し前まで、迷宮は自然発生する魔物の巣窟だと言われていました。しかし、最近の研究では、神代の遺物・・この世界に遺された巨大な魔導器なのではないかと・・天然自然の物では無いだろうと考えられるようになりました」


「ふうん・・」


 デイジーの説明を聞きながら、地下1F、2F・・と進んで行く。


 小鬼ゴブリン犬鬼コボルトの集団が襲って来た他は、これといった魔物に出会わずに進んでいる。


 ただ、ここが奇妙な場所だということは実体験として理解できていた。


 なにしろ、小鬼ゴブリン犬鬼コボルトたおしたら、30秒くらいで溶けるようにして床に吸われて消えていったのだ。わずかな銅貨、みすぼらしい毛皮、牙が幾つか残っていた。


(ゲームのような感じかな?)


 そう思い、試しにたおした場所で待っていると、15分後に、どこからともなく小鬼ゴブリン犬鬼コボルトいて出た。


(・・なるほどな)


 順を追って魔物モンスターたおして進んでも、後から後からいて出るわけだ。行き帰りを考えつつ進まないと、戻りきれないまま湧いて出る魔物の餌食になるだろう。


(壁や床は、一瞬だけ削れて見えるけど・・すぐに元に戻る)


 壁や床は石のようだったが、有り得ないくらいに硬い。ほんの少し切り込みや亀裂を入れることが出来るけど、すぐに元通りに復元されるのだった。


(魔法なのかな?)


 天井だけが、ぼんやりと光っていて、なんだか街灯の暗い夜道を歩いているようだった。


 地下10階に降りたところで、煌々こうこうと明るい空間になった。いきなり真っ昼間の明るさである。


「これが迷宮ですか」


 ユノンが感心したように呟いている。


「どこかの荘園だと言われたら信じてしまいそうです」


 デイジーが注意深く眼をらしながら目の前の光景を眺めていた。


 天井らしい物は消え去り、振り仰いだそこには太陽のような輝きがある。右を向いても、左を向いても壁が見当たらない。ただ、降りてきた螺旋階段だけがあった。


 足下は、膝丈くらいある草が茂っていた。そんな中、遠くに低樹が一本だけ生えている。


「まあ、あの樹に行けってことだろう」


「そうですね」


 ユノンとデイジーが視線を左右するが、他には何もめぼしい物が見当たらない。


「足下・・地面の下を魔物が移動しているから気をつけて」


 俺は2人に声を掛けながら、手にした細槍キスアリスの穂先を音が聞こえる方向へと差し向けた。


 心音はほぼ聞こえない。ただ、土中を移動する際に押しのけられる土石の音が聞こえていた。


「全部で5匹かな・・」


 上手く音を消しているのが居るかもしれないが、とりあえず5匹分の音は拾えていた。


「草に隠れて小さいのも近付いて来ている」


「虫です?」


「たぶんね」


 音を聞き分けながら俺は頷いた。


「デイジーさん」


 ユノンがデイジーを見た。


「普通の毒であれば大丈夫です」


「では・・」


 ユノンの手から卵くらいの小袋が連続して放り投げられた。すぐさま、小さな破裂を起こして空中に灰色の粉が撒き散らされる。


「効きました?」


「うん・・動きは遅くなってる」


 この毒の怖いところは、毒に冒された自覚が無いまま、動きがにぶく衰えていき、いつの間にか息が止まるところだ。仮に生き残ったとしても、これだけ動きが落ちると数も脅威にならない。


「下の奴、なかなか出て来ないな」


 俺は手にした細槍キスアリスに軽く振りを入れて、するすると前に出た。


 俺の方に来るか、残った2人を狙って来るか・・。


(・・来た)


 何のスイッチが入ったのか、地中を移動している5匹が俺めがけて殺到してきた。


(おっ・・と)


 斜め後ろから、吸盤のような口を拡げた魔物が勢いよく出現した。口腔の内側にびっしり牙が生えている。


(まあ、何度か見たよな、こういう奴・・)


 岩のような肌をしたミミズっぽい魔物モンスターだ。色や大きさが違う奴は幾度となく遭遇している。


 俺は細槍キスアリスを魔物の口端へ突き立てて宙へ跳ね上げて貰った。すぐ足下を別の魔物が擦過して抜ける。軽く2度、3度と岩ミミズを突き刺して、離れると次に襲って来た岩ミミズを蹴り跳ばして位置を変える。


 獲物の不意を突いて襲っているはずの岩ミミズだったが、まあ今の俺にとっては脅威にはならない。


「行きます」


 ユノンの声に、


「はいよっ!」


 俺は目の前から喰いかかってきた岩ミミズを細槍キスアリスで乱れ突いて、遁光術でその場から消え去った。


 直後に、足下に黒々とした魔導陣が描き出され、薄らとした影のようなものが噴き出す。みるみる内に凝縮されて巨大な骸骨をかたどると、大口を開けて哄笑こうしょうしたようだった。



 ボアァァァァァァァァーーーーーー



 いきなり低く腹に響くような音が鳴り響き、真っ黒な突風が下から上へと噴き上がった。


 岩のようなゴツゴツとした皮膚をした巨大なミミズ達が、黒い風に巻き込まれて触れた所からむしばまれ、ボロボロと腐食して崩れ去る。


 ややあって、黒い突風が収まった時、巨大な岩ミミズは消え去り、ブロック状の赤身肉と、乳白色の玉が落ちていた。


 俺が囮になって釣り、敵を集めたところでユノンが魔法を撃ち込む。その間、敵の攻撃をデイジーの魔法障壁プロテクションが防御する。


 ほぼ流れ作業と化した手順で、大抵の魔物は撃破できた。


「解体しなくても、勝手に遺品が出てくるって・・便利だけど、違和感しか無いな」


 俺は、ぶつぶつ言いながら、肉塊と玉を拾って収納した。


「迷宮が作り物だと言われる由縁ですね。やはり、自然に出来た物とは思えません」


 デイジーも首を傾げている。


「今のは、何という魔物ですか?」


 ユノンにかれ、狩猟台帳を取り出して確認してみると、


砕牙鰻ニドルイール・・・え・・あれがうなぎっ!?」


「お魚でした?」


「らしいねぇ・・どう見てもミミズっぽかったけど」


「私は、管虫くだむしかと思いました」


 デイジーが呟いた。


「地下10階ですけど・・魔族デイモンというのはどこでしょう?」


「さあ・・まだ見かけないね」


 大騒ぎをして外に飛び出してくるくらいだ。危ない奴が潜んでいるんだろうとは思うけど・・。


「ここまで出会ったのは、小鬼ゴブリン犬鬼コボルト、赤スライム、鉄喰蟻アンティメタル豚鬼オーク樹巨妖トレンタ幽鬼グール緑鱗蛇スケイラスネーク・・そして、今の砕牙鰻ニドルイールです」


 ユノンが帳簿を読み上げた。


「どれも・・魔族って感じはしないよね?」


「外でも見かけるような魔物の亜種といった感じですね」


「先に入っている狩猟者ハンターも見かけないし、もっと下の階なのかな」


 やたらと広い空間で、降りてきた階段と、ぽつんと生えた樹の他は何もないけど。


(あの樹かな・・)


 仕掛けがあるとしたら、意味深に生えている樹だろう。トラップかもしれないが、だだっ広い空間を当てもなく探し回るより良い。


「ユノン、あの樹を狙ってみて」


「分かりました」


 ユノンが呪文の詠唱を始めた。時間はかかるが威力は抜群、動かない目標を攻撃するには素晴らしい火力をお持ちなのだ。


 その詠唱を聴きながら、


聖護壁セント・ウォールを作ります。前に出ないで下さいね」


 デイジーが真剣な顔で護りの魔法を唱え始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る