第92話 大使館


「ボード子爵の悪事の数々、ほとんど確認が取れました」


 バロード・モンヒュール提督が苦々しい表情で嘆息した。


「あのさぁ・・王都でしょ? こんな悪さやってるのに、本当に誰も気がつかなかったの?」


 俺は呆れ顔で言った。まあ、半分以上は演技である。

 内心は、ホクホク・・ワクワクが止まりません。


 何しろ、ボード子爵の悪事の数々は、息子のヨッタル、老執事、その義理の息子が自供してくれた。その上で、子爵本人の捕縛、侍女達、料理人などの拿捕・・。

 文字通りに一掃してから、きっちりと家捜しを完了している。


 ディージェに報せたのは、すべてを念入りに調べ終わった後だ。


 すぐさま、ディージェがレイラン・トールをともなって駆けつけ、バロード・モンヒュール提督までやって来た。


「地下に牢屋があって、女の子がいっぱい入ってた。あ・・これ、売買記録ね。執事さんが覚えていた内容だけだから他にもあるかも。そんで、こっちが取引先ね。貴族さんも沢山混じってるけど大丈夫? ああ、余計な事だったね。それから、あっちの箱に詰めてあるのが、女の子を自由にしちゃう薬ね。それから・・」


 ユノンがまとめた帳面を手に、俺は嬉々として悪事の数々を報告していった。


 聴いているモンヒュール提督や護衛騎士、ディージェやレイラン・トールの顔が、赤くなり、青くなり、ついには白くなった。


「さてさて・・・もう一度、いて良い? 本当に、誰も気付かなかったの?」


 俺は、にこやかに微笑んだ。


「まことに・・無様ぶざまな話だ」


 モンヒュール提督が眉間に怒りしわを寄せて唇を噛みしめた。火を噴きそうな双眸で、ボード子爵とその息子、執事達を睨み付ける。


「陛下の・・お膝元に、このようなやからを野放しにしていたとはな」


 モンヒュール提督の厳眼を受けて、ディージェ・センタイル、レイラン・トールが深々と低頭した。


「なお、子爵さんの寝室には、森の民エルフの女の子が5人、鎖で繋がれている模様」


 火に油を注ぐ俺であった。


「なっ・・なんだとっ!?」


「薬漬けだったんで、うちのユノンさんが毒抜きをして、デイジーが治療をしておいたけど・・・地下牢には、獣耳の女の子まで居ましたよ?」


 ボード子爵は、奴隷商から買い付け、そしてチュレック国内の貴族へ販売を行っていたのだ。仲介業者といったところだろうか。もちろん、自分でも奴隷を買って愉しんでいた訳だ。


「俺、だまされちゃったかなぁ? チュレックでは奴隷は禁止だって教えてくれた人が居たのになぁ・・貴族が堂々と奴隷を売り買いしちゃってるしぃ? 森の民エルフとか・・良いの? 王家に対して不敬なんじゃなぁい? あっ、まさか、俺達って売り飛ばすためにだまされて連れて来られた?」


 俺は、大急ぎでデイジーの後ろへ退散して見せた。


「ユウキ殿、御妻女殿、ロミアム殿・・嫌な思いをさせてしまい誠に申し訳無い。この度の一件、国王陛下は元より、国母スピナ様のお耳を汚さねばならぬ事案のようです」


 ディージェが、モンヒュール提督を見た。


「お三方を安全な場所に保護致したいのですが・・」


「そうだな。ユウキ殿さえよろしければ、提督府の役宅を用意させようと思う。如何いかがですかな?」


「家が欲しいな」


「・・は?」


「この家を貰えませんか?」


 俺は笑顔で繰り返した。


「こ、ここを・・ボード子爵家の所有ですから・・いえ、お時間を頂ければ可能だとは思いますが・・」


 ディージェが考えを巡らせながら口をつぐんだ。


「それで、ここを大使館にします」


「・・なるほど、それならば話が通しやすいですね」


「良いお考えですな。国王陛下へ上申の際には、私も口添くちぞえしよう」


 モンヒュール提督が、ディージェに言った。


「ここに捕まっていた人達ですが、身寄りがある人は責任を持って送り届けて下さいね? 酷い目にあってた女の子を放り出すとか駄目だよ? 身寄りが無い人は、この大使館で住み込みの仕事をしてお金を稼いで貰います」


 まるで決定事項のように話す俺の顔を、モンヒュール提督以下が眺めていた。


「なんですか?」


「いや・・色々と手順を踏まないといけない事項ばかりでしてな。このディージェはそうした処理にひいでた人物だが・・それにしても、時間が必要な案件だろう?」


「いいえ、確かに扱いに注意が必要な事案ばかりですが、このような唾棄だきすべき犯罪、それも明確な証拠が揃った状態です。ユウキ殿から出された要望事項は宰相閣下も反対なさらないでしょう。横やりが入るとすれば・・」


 ディージェ・センタイルがモンヒュール提督を見た。


「オーギンス殿下か」


「はい。奴隷とされた者達の売られた先に、オーギンス殿下に親しい者の名前が御座いました」


「・・この件は、国母様にもお伝えせねばならぬ。いずれ、騒動はまぬがれまいよ」


 モンヒュール提督が嘆息した。


「じゃあ、この屋敷は貰えるということで良いんだね?」


 俺は笑顔で問いかけた。


「今日明日という訳にはいきませんが・・そのように手配致します」


「では、次のお願い事なんですけど・・」


「・・・まだ何か?」


「いやぁ、ちょっと小耳に挟んだんですけど、この国では迷宮とかに入って狩猟活動をやるために資格が要るらしいじゃないですか? 資格が無いと採取することも出来ないし、持ち帰った物の売買も出来ないとか・・なので、俺とユノン、デイジーの3人に資格を下さい」


「まあ・・そのくらいは、何の問題も無いよな?」


 モンヒュール提督がディージェを見やる。


「身元保証人の確保、経験年数の立証、講習受講がどうこう・・それなりに手順が必要なのですが、まあ・・どういう訳か、この場には貴族階級の聖詔みことのりを作れる人が居て、2名以上の司法神の加護持ちも揃っている」


 モンヒュール提督、ディージェ・センタイル、レイラン・トールが身元保証人になってくれ、聖詔の作成をデイジー・ロミアムがやり、司法神への奉納をディージェ、レイランとデイジーが行って完了である。


「登録証は後ほどお届けします。貴族が身元保証をしたため、聖銀ミスリルの登録証になりますが、よろしいですか?」


「迷宮で狩猟する資格が貰えたら何でも良いです」


「分かりました。迷宮町は、王都から馬車で10日ほどの距離ですが・・まあ、そちらは大丈夫ですね」


「泥棒とか、山賊とか、暴漢をうっかり死なせちゃった時はどうなります?」


聖銀ミスリルの登録証を所持していれば、チュレック王国の貴族と等しい者として配慮がなされます」


「つまり?」


「多くの場合は不問です。相手に貴族が居た場合は裁判が行われて互いの言い分をぶつけ合うことになります」


「なるほど・・他に、何か義務が発生するとか?」


「初年度は不要ですが・・来年以降も維持するためには、年間1万セリカの支払いか、銀等級以上の獲物を最低1体狩る必要があります」


「ふむふむ・・」


 振り返ると、ユノンが帳簿に書き込んでいた。


「支払先は?」


「通常は狩猟組合が窓口になりますが、貴族が保証人の場合は、直接保証人に支払うか、納品することが可能です」


「じゃあ、とりあえず今年分、3人で3万セリカね。お納め下さい」


 俺は個人口座から金貨を取り出して机上に並べた。


「確かに、では・・御三方の聖銀証は来年分まで延長された物を用意致します」


 ディージェが、レイラン・トールに指示しながら金貨を納めさせた。


「どうもありがとう」


 俺が礼を言った時、建物前の通りに気忙しげな足音が殺到して来るのが聞こえた。笛の音やら号令を掛ける大声が通りに響き始めた。



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