第90話 自由交易都市


「どうだった?」


 ゲンザン・グロウに問いかけた。


「1人で飛ぶと、15日・・16日ですな。中継となる休憩場で別の者と交替しながらなら7日ほどに短縮できるでしょう」


「なるほど・・駅伝みたいな感じか。連絡網としては、有りだね」


「今回は、無人島を選んで中継地としました」


「うん・・船が着けられないような荒磯で囲まれた島が良いね」


「翼の無い者が立ち入れない場所・・という事ですな?」


「うん。そこに海からは見えないように休憩小屋を建てて携帯食や水、薬なんかを置くようにしよう」


「・・面白いですな」


「まだ、自前の船が無いからね。しばらくは、大鷲オオワシの皆に行き来して貰わないといけない」


「何なりと、お申し付け下さい」


 ゲンザン・グロウ以下、大鷲オオワシ族の若者達が一礼して見せた。


 場所は、チュレックの王都、その城壁が望める丘の上だった。


 大使デイジー・ロミアムに同行して、ディージェの帆船でチュレック最大の港町に到着したのが2日前。船を追ってはるかな高空を追尾してきた大鷲オオワシ族達から到着の合図を受けて丘までやって来たところだった。


「1人で飛ぶのと、リレー・・交替して飛ぶのと、色々な状況を想定して練習しておいてね。その内、邪魔しようとする奴だって現れるだろうし」


「承知致しました」


「連絡はいつものように話精霊を使うから・・」


 俺は言葉を切って、くるりと後方を振り返った。


「ユノンにからんでる奴が居る・・じゃ、頼んだよ?」


「お任せ下さい」


 ゲンザン・グロウが頷いた。


 直後には、



 雷兎の瞬足・・。



 ほぼ一瞬で消えるようにして数百メートル先を駆けている。



「今のが見えたか?」


「残像ならば・・」


 ゲンザン・グロウが大鷲オオワシ族の若者達と顔を見合わせ笑った。ワシの目ですら追いきれない、有り得ない速度で駆け去って行ったコウタ・ユウキの背を眺めながら、


「それにしても、ユノン様に手を出した者がいるらしいが・・知らぬというのは怖ろしい事だな」


「まったくです。ある意味、勇者だと言えましょう」


 小さく首をふり、ゲンザン・グロウを先頭に、大鷲オオワシ族の若者達が次々に飛翔を開始した。大鷲オオワシ族に相応しい絶海の孤島を選定して回らねばならない。


 どうやら、彼らの雇い主は、自前の船を手に入れるつもりらしい。その時には、水先案内を兼ねて、護衛の任を務める事になるだろう。


(まったく・・年甲斐も無く胸が熱くなるようだ)


 コウタ・ユウキが現れてから、樹海の隅で篭もるようにして暮らしていた日常が激変した。樹海の外に港町を造り上げたかと思えば、大河を行き来する船を襲い・・今度は船で別の国までやって来ている。


 樹海には、別の異世界人も来ている。森の民、大地の獣人達と共に南方に向けてガザンルード帝国側から侵入する者達の排除を粘り強くやりながら、幾人かの加護者を討ち取ったと聴いた。例え数人でも、加護者の稀少性を考えれば、ガザンルード帝国側に与えた損害は小さくない。


 樹海の民人達が、これまでとは打って変わって積極的な行動を取り始めている。


 魔界からの侵入者を食い止めるという誇るべき役割を担いながら、実際には魔瘴に冒された魔物を狩る程度で、ろくに武勇を発揮する場も無いまま過ごす日々が、にわかに鮮やかな色彩を伴って動き始めたようだった。


 樹海の民とは一線を引き、未だに共闘を拒んでいる大鷲オオワシ族だったが、コウタ・ユウキという異世界人のおかげで、この流れに取り残されずに済みそうだ。


(本流とは、また流れが違うようだが・・面白い)


 ゲンザン・グロウは喉奥を鳴らして笑いながら、一気に高空へと舞い上がって行った。


 その頃、町中では賑やかな事になっていた。


「天誅っ!」


 "悪魔の爪デビルクロー"によって、3人の男達が血泡を吹きながら男子を引退し、顔面を粉砕された女が2人、建物の石壁にめり込んで昏倒していた。


 噴水のある広場である。


 デイジーとユノンが日用品の買い物などを済ませて、ちょっと散策していたところで、たちの悪い男女のグループにからまれた・・・という、よくある流れだった。


 その災害は、男達がデイジーとユノンの行く手を塞いでから5分と経たない内に発生した。


 重々しい殴打音と共に、肌も露わな衣服を着ていた女達が歯を飛び散らせながら吹っ飛んで近くの建物にめり込み、股間を圧壊させられた男達が声に鳴らない苦鳴をあげて失神した。


「・・お待たせ」


 俺は、噴水池で手をよく洗ってから2人のところへ戻った。


「治癒・・します?」


 デイジーが、ほぼ死亡確定な5人の男女を見回した。


「放置で良いでしょ」


「いやいや・・できたら、治療をお願いできませんかね?」


 割った入ったのは、案内役として付けられたハン・スールという騎士だった。まだ二十歳になっていないくらいの若者だったが、参謀府が選んだ騎士だ。腕は確かなのだろう。


「・・なんで?」


「中に1人、貴族の息子がいるんですよ」


「へぇ?」


 俺は魂が喪失しかかった元男子達を見回した。


「お偉い貴族様を処罰するには、色々と面倒な手続きが必要でしてね」


「どいつ?」


「そこの・・豚・・いや、少し肉付きの良い若者ですな」


「・・あいつか」


 俺は少し考えて、デイジーを振り返った。


「男達は死なない程度に回復、女は顔を元通りにしてやろう」


「分かりました」


 デイジーが無表情に頷いた。


「ハンだっけ?」


「はっ、ハン・スールであります」


「あそこの、ふくよかな奴の家は何処にあるの?」


「・・行かれますか?」


「いきなり暴漢に襲われるような怖い町だからね。ちゃんと送り届けてあげないと」


 俺はにっこりと笑みを浮かべた。

 子供がやった事の責任は、親に償って貰わないといけないだろう。


「あまり派手な揉め事は困るんですが・・俺、お目付役も兼ねていますんで」


 そう言いながらも、ハン・スールの眼が笑っている。


「揉めないよ? ボク、悪いニンゲンじゃないからね?」


 俺は、にっこりと極上の笑みを浮かべた。



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