第3章
第89話 旅立ち
「本当に、私で宜しいのでしょうか?」
デイジーが不安げに
そして、
「大丈夫だよ。正直、デイジー以上の適任者は居ないと思う」
何度も繰り返された回答だった。
港には、チュレック王国の艦隊が到着し、5隻の大型帆船が投錨を始めていた。
大鷲族によって、到着の予定が報されてから3日目の昼を迎えている。すでに入港の目的を書簡でやり取りしているため、こちらの方の準備は整えてあった。
「上陸艇が下ろされました。先方、特使が参ります」
「ディージェの姿は確認できた?」
「はっ、ディージェ殿以下、護衛2名のみです」
「よし・・では、他に動きが無いか引き続き警戒しておいて。ここは、ゲンザンだけで大丈夫だから」
「はっ!」
「暴れても、向こうに利益は無いから・・まあ、大丈夫だとは思うけど」
俺はゲンザンやユノンを見ながら言った。
ゲンザン、ユノンが無言で頷いた。どちらも、特に緊張した様子は無い。
すでに、以前にディージェと会った時とは別ものと言って良いほど、戦闘経験を積んで身心の練度を上げている。襲撃の心配はしなくて良いかもしれない。
「失礼します!」
戸口で
「チュレック王国、海軍総督府、副参謀長ディージェ・センタイル殿をお連れいたしました」
「・・どうぞ、入って貰って」
俺が頷くのに合わせて、ゲンザンが扉を開いた。
正面にディージェの姿があり、左右に護衛らしい男女が立っていた。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
ディージェが丁寧にお辞儀をして見せた。
「なかなか強そうな護衛さんだね」
「貴方に言われると冷や汗が出ますが・・我が国でも指折りの猛者ですよ。護衛を兼ねて貰っていますが、今回は私の副官として同行して貰いました」
ディージェが連れの2人へ視線を配った。
「バウラー・ヒリングと申します。海兵大将を任されております」
「レイラン・トールと申します。副参謀長の護衛兼秘書長を務めております」
男女がそれぞれ折り目正しく礼をした。
「俺は、コウタ・ユウキ。この土地の所有者。こちらは、婚約者のユノン。そして、デイジー・ロミアム。それから、俺の土地の守護をお願いしているゲンザン・グロウ。みんな、外の人が魔の森と呼んでいる樹海の住人だよ」
用意した席を勧めつつ、
「まず、事前に届けられた書簡による申し入れなんだけど・・」
俺はユノンから帳簿を受け取った。
「ここに、チュレックの商館を建てるのは許可できない。理由は、他の国との関係、立ち位置、情勢・・そういったものが分からないから」
「・・我々がもたらす情報では不十分だと?」
「うん」
「・・分かりました。非常に残念ですが・・元より無理なお願いでした」
「でも、俺達はチュレックと良い関係を築きたいと思っている。なので、別の形で特別扱いをしたい」
「・・と仰ると?」
「うちの商館をチュレックが指定する町に建てたい」
「ユウキ殿の・・それは・・なるほど」
ディージェが俯くようにして沈思し、レイラン・トールという女性を振り返った。
(ふうん・・)
俺に断られた時の次善の案として、商館の誘致が含まれているんじゃないか・・と、デイジーが予想していたが、どうやらその通りらしい。顔を伏せて表情を消したが、目に顕れた一瞬の表情は"驚き"では無かった。
「場所はもう決めてあるでしょ?」
「・・そうですね。そういう御要望があれば・・と選定した土地がございます」
ディージェが、レイラン・トールから受け取った書類を卓上へ置いた。
「準備が良いね」
俺は笑いながら、書類を手に取って目を通すふりをし、すぐさまデイジーへ渡す。
土地の名前とか書いてあったけど、土地勘ゼロなのでお手上げなのだ。
「チュレック王国がパーゼス王国と所有権を争っている諸島群の1つですね」
「ふうん・・なんだか危なそうだねぇ」
俺はディージェ達にお茶を勧めながら呟いた。
「治安という点では問題ありません。パーゼスと幾つかの島を巡って争っているのは事実ですが、海域は我がチュレック海軍の勢力圏内です」
「へぇ・・チュレックって強いんだね?」
「南方海洋国家における三大国の1つです」
「ふむ・・」
「ターループ、ルシアンダとのお取引もお考えで?」
「いや、まったく考えて無いよ。元々必要の無い取り引きだから・・」
樹海は外の人間との付き合いが無くても問題無いのだから。ひたすら一方的に被害を被っているだけなのだ。
「しかし、こうして港を開き、我々を受け入れて下さった。なにかしら意図するものがあるのでは?」
「もちろん、期待していることはあるよ? 物品の商売はあまり興味が無いんだけど・・」
俺、セルフ売却できちゃうしね・・。あまり大量に換金し続けたら、その内、経済圏をぶち壊しちゃうよね?
「何か、我々で助力できる事がありますか?」
「こちらのデイジー・ロミアムを大使として、チュレックの王都に派遣したい」
「大使・・それは、悪くない・・いや、とても良いお考えです」
ディージェが大きく頷いた。
「デイジーは、この樹海の民を獣だと言ったデオラーダ9世に、司教の身でありながら異を唱えた。おかげで、異端者としてランドール教会が差し向ける処刑人に狙われている。前回は、モイギヌ・ナルードという奴が来た」
それで保護して、以降、ここで暮らしている・・というストーリーである。
「ランドール教会には戻れない。かと言って、このまま処刑人を恐れて樹海に住み続けるのは勿体ない。そこへ、チュレックの船が来た。船なら、センテイルやガザンルードを心配せずに、この森にとって友好的な関係を築ける国へ行けるかもしれない。そう期待している」
「なるほど・・チュレックであれば、国母様が森の民ですし、王家にその血が流れている。デオラーダ教皇の書簡のおかげで、チュレック国内でのランドール教会は活動を大きく縮小し、主立った者達は国外へ退去しています。他国へ赴かれるより安全でしょう」
森の大使として肩身の狭い思いをする事は無さそうだ。当然、刺客の危険はつきまとうが・・。
「もちろん、デイジー自身、自分で自分の身を護るだけの力はある。でもね・・不眠不休で警戒し続けるわけにはいかないから、ある程度は安心できる場所・・できれば、処刑人が簡単には入り込めない所に館を借りて、大使として駐在させて欲しい。当然、滞在の費用は、すべて俺が負担する」
「・・よく分かりました。大使の受け入れ、大使館の設営、どちらも私の権限で約束できます。ディージェ・センタイルの名において約定致しましょう」
「どうも、ありがとう」
俺は笑顔で御礼を言った。
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