第86話 ナコウド


(何だろうね・・これ)


 俺は微妙な面持おももちで座っていた。


 婚儀の最中だった。


 ちなみに、俺が仲人なこうどです。


 ざっくりと説明すると、ロートリング・カミータとウルフール・ゼーラが結婚することになりました。おめでとう御座います。


 そういう事になったのだ。


 幾多の死線をくぐり抜ける内に、互いを認め合い、補い合う心が芽生え、それがいつしか恋・・は駆け足で突破して、愛へと昇華したのだとか。


 以前、破談となって、それぞれが家を出た形になっていたので、表立っては客人は呼べず、親族もお忍びで集まっただけの、ごく小規模な祝いの儀になったが、


(まあ、幸せそうだから良いよね。それに、なんだかお似合いだし・・)


 最初の出会いは酷いものだったが、今となっては他愛も無い笑い話だ。多分・・。


 すでに2人は、俺とは別れて森の中で暮らすことになっている。俺と一緒だと、命が幾つあっても足りない・・という訳では無く、神樹のシンギウスが神樹の護衛役に勧誘したのだ。もちろん、シンギウスからは事前に相談があった。

 2人とも迷ったようだが、俺がそうするようにと背中を押した。だって、新婚さんは、しばらく水入らずで暮らした方が良いでしょ?


(港はゲンザン達が見てくれてるし・・しばらく、のんびりするつもりだったから丁度良いかもね)


「お幸せに・・」


 ユノンが眩しそうにロートリングを見つめながら声を掛けた。


「ありがとう」


 婚礼衣装姿のロートリングが穏やかに微笑して見せた。

 元々洒落しゃれにならない美貌の持ち主だが、婚礼衣装と化粧のために、神々しいほどの美しさとなっている。

 それを見守っている招待客の一角、二条松高校の美人軍団が密やかな溜息を漏らしたのを、俺の兎耳は聞き逃さなかった。


(しっかし・・あのハーレムキングは、どうすんだろうね?)


 まさか、8人並べて結婚式をやるんだろうか?

 誰か1人とだけ式を挙げて、他は愛人扱い?

 獣人を相手に日本の倫理観がどうとか言っていたけど、俺からしたら、どの口で言ってんのかと問い詰めたいところだ。8人も女の子をはべらせて、日本の倫理観を語るとか・・。


「ユウキ様、短い間でしたがお世話になりました」


 ウルフールが床に膝を着いて深々と頭を下げた。


「良かったね。こんな綺麗なお嫁さんを捉まえることが出来てさ。ウルフールは幸せ者だよ?」


「まったくです。我が身に余るほどの良き女性と巡り会うことが出来ました。これも、すべてユウキ様のお陰です」


 えらく丁寧な物言いである。最近なんだか達観したような、落ち着いた物腰になっていたとは思っていたけど・・。過去の色々を忘れて、今のウルフールを見てみると、もの凄くい男だった。男らしい精悍な容貌、その外見を裏切らない剛力、剛胆・・粗暴さを感じさせない穏やかな表情や口調には気品のようなものすら感じられる。港の屋敷に怒鳴り込んできた時とは全くの別人だった。


「・・そういうキャラだったっけ?」


「は? きゃら・・?」


「いや・・まあ、幸せそうで何よりだよ」


 俺は隣で頬を染めているロートリングを見ながら笑った。


「私達、神樹の衛士に加えて頂けることになりました」


 ロートリングが双眸を潤ませるようにして報告した。


「うん、シンギウスから聴いてる。良かったじゃん? まあ、2人の強さなら当然だけどね」


 実際のところ、この2人は強い。その上、魔瘴地帯で多くの魔物と戦った経験がある。魔物を抑える結界の護りが職務だと言うのなら、この2人以上の適任者は見つからないだろう。


「そう言って頂けると、とても光栄です」


「まあ、危ない役回りみたいだから、2人とも気をつけてね」


「はっ!」


「感謝いたします」


「シンギウスも、新婚さんに無茶させちゃ駄目だよ?」


「承知した」


 シンギウスが笑顔で頷いた。


「それから、ここに来ているかも知れない親族の人達・・祝い事なんだから、堂々とお祝いしてあげたら? しきたりとかあるんだろうけど、ちゃんと結婚したよ? シンギウスのところで働くんだからね? なかなか会えなくなるよ?」


 俺は、居並んだ鬼人族やら森の民エルフやらを見回して声を掛けた。


 ややあって、その内の何人かが前に進み出てウルフールとロートリングに祝いの言葉を掛け始めた。たぶん、神樹の衛士になるというのが効いたんだろう。


 親族に囲まれるようにして場所を移した新婚夫婦を見送って、


「ユウキ殿・・」


 シンギウスが近づいて来た。


「この度は、あの2人を取り上げるような事になってしまい申し訳なく思う」


「いいよ。二人とも幸せそうだし・・」


「衛士を任せられるほどの者は滅多に現れない。父上も大層喜んでおられた」


「ふうん・・」


 これは、別件を持って来たかな? と、俺はシンギウスの顔を眺めた。


「・・御神樹様より御伝言でな」


「なぁに?」


「北の洞窟民ドワーフの王から相談が持ち込まれた」


「へぇ・・?」


「いや・・御神樹様のところへは、よく相談が寄せられるのだ。各地、各部族の首長の手に余る事案ばかりだが・・この度は同時に数件も来てしまった」


「・・それで?」


「1つはアズマ殿にお願いした」


「ふむ」


「2つは父上と私がそれぞれ担当する」


「・・で?」


「残る1つをユウキ殿にお願い出来ないかと・・御神樹様が仰っておられる」


「ふうん・・」


「あるいは、総ての案件がどこかで繋がっている同一事案かも知れないのだが、そこは先入観無く、それぞれ個別に対応した方が良いだろうと御助言頂いた」


「そうなんだ?」


「ああ、無論、相応の報酬は約束する」


「具体的には?」


「・・いや、今すぐには思いつかぬから、すぐに父上と相談してみよう」


「解決までにかかるだろうと予想される期間、想定される危険な事象を明示の上で、報酬を提示して下さい。正義がどうたら、平和がどうたらというお題目だと、俺は指一本動かしません」


「うむ・・了解した。今日の夕刻には詳細に説明させて貰おう。その、報酬と釣り合うと判断したなら、引き受けて貰えるということだろうか?」


「うん、引き受けます」


「おお、感謝する。お家入りの後、すぐに打合せをして来よう」


 お家入りというのは、婚儀の最終章で、新郎新婦が祭祀の場を出て新居へ入ることを言うらしい。すでに、神樹の上に新居が設えられているから、この後、2人は神樹を登って行くことになる。


「・・良いよね?」


 俺はユノンとデイジーを見た。


「はい」


 ユノンが頷いた。


 横で、


「どうせ、私に選択肢はありませんもの」


 デイジーがねたように肩をすくめる。呪の拘束の事を言っているのだろうが・・。


「もう、とっくに消えちゃってるよ?」


「・・へ?」


 デイジーがきょとんと眼を丸くした。


「だって、あれは1ヶ月しか続かない契約だったから」


「い、いっか・・えっ? あ、あれっ? 本当に消えてる!?」


 赤くなったり青くなったりしながら、デイジーが自分の体を調べ、ユノンを見たり、俺の見たりと忙しい。


「いつから・・」


「だから、1ヶ月後から自由になってたでしょ?」


 何を今更・・。


「そんな、全然気がつきませんでした・・言ってくれなかったじゃないですか」


 デイジーが信じがたいものを見る目で俺を見ながら、ゆっくりと首を左右に振っている。


「いや、気付こうよ? 自分の身に起きる事でしょ?」


「・・私、てっきり・・ずっと続くものだとばかり」


「あのねぇ、そんな非道ヒドい事をするわけ無いでしょ? 俺をなんだと思ってんの?」


 俺は嘆息した。


「・・・ですよね」


「あれ? もしかして、疑われてた?」


「いいえっ、私は信じていました! コウタさんなら、きっと早く赦してくれると」


 デイジーが勢いよく首を振った。取って付けたような笑顔が痛々しい。


「ま・・良いけどさ。そう言うわけで、デイジーは自由の身なんだけど、どうする?」


「え・・?」


「いや、すべて分かってて一緒に来てくれていたのかと思ってたからさ?」


 自由になったのを知らずに来たという事なら、ちょっと話が違ってくる。無理矢理というのは良くないよね?


「あぁ・・それは・・でも、いきなり自由だと言われても困ります」


 デイジーが戸惑い顔で言った。


「どうするの?」


「身の振り方・・考えが纏まるまで、このまま同行させて貰えますか?」


「もちろん、歓迎するよ。ね?」


「はい。心強いです」


 ユノンが笑顔で頷いた。当初のデイジーに対する怒りは鎮まったらしい。


「ありがとう、ユノンさん」


 デイジーがほっと安堵の息をついた。



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