第85話 さあ、存分にっ!


「結城・・意味が分からない」


 アズマが困惑顔で言った。

 その肩を俺は優しく叩いた。


「こういう時は考えたら駄目なんだよ」


「いや、まったく分からないんだが・・」


「今回の事は、お互いの考え方・・育ってきた背景とか、染みついている習慣・・いろんなものが食い違っていて起きちゃった事件だ」


「・・それはそうだが」


「神様みたいに総てが分かってれば防げたかもしれない。でも、俺達は神様じゃないからね」


「しかし・・」


「世の中にはやっちゃいけない事がある。だから、罰則があって、悪いことをやったら罰を受ける。まあ、こっちの世界には警察とかいないから、その決め事を作っておかないと、これからも同じような事が起きちゃうと思うんだ」


「・・そうだな。相手が自分と同じ考えだと思い込んでいたのは・・確かに間違っていた」


「いや、アズマは間違ってないよ? 獣人は強い。あの町の人間より圧倒的に強いんだ。だから、いくらでも加減をして攻めることが出来たはずだ。それをしなかった。いや、出来なかったというべきかな」


「出来なかった?」


「そう、獣人は戦闘民族。戦いになると本能が激して歯止めが効かなくなる・・そういうふうに生まれてきた民族なんだ」


「・・そうなのか?」


「神樹の人から聴いた話だから嘘じゃ無いだろう」


「そうか・・獣人の本能」


「だけど、仕方が無いで済ませていると、町で人間を虐殺した行為まで赦すことになってしまう」


「・・あれは・・駄目だ」


「そう、駄目だ! 駄目なものは、駄目っ!」


 俺は、獣人の長老達をびしり・・と、指さした。


「本能を御してこその人間だからね? 本能まっしぐらとか、ただのケダモノだからね? 分かってる?」


「お、おう・・それについては、まったく・・申し開きのしようも無い」


「すまなかった」


 猪頭の獣人と、熊頭の獣人が気圧されるようにして低頭した。


「この通り、獣人さん達は悪かったと反省してます。でも、アズマは納得いかない。それで、俺が仲裁を頼まれたんだけど・・・」


「いや、その辺りのことは理解したつもりだ。結城ユウキの言う通り、日本的な道徳観に固執した俺達にも非はある」


「いやいや、そんなの口だけだから。お腹の中では納得いかないから」


「しかしだな・・」


「納得いかないのは、獣人の皆さんも同じ! そうでしょ?」


「・・いや、我らはこの通り、非を認めて・・」


「良いんです。異世界の人間に配慮して、頭を下げてくれる気持ちは嬉しいんですけど、長老さんは我慢できても、若い人達は納得がいかなかったりするでしょ? ねぇ?」


 俺は、遠巻きにして見守っている獣人達を見回した。


「そういうわけで、バトルロイヤルを開催します」


「いや、だから意味が分からないと言ってる!」


アズマ君、理屈じゃ解決できない気持ちの悩みを、拳に乗せて語り合うのだ。人の数だけ正義があって、人の数だけ正解があるんだ。世界には色々な物差しがある。だれもが納得するようなピカピカした答えなんか無いんだよ」


 俺は、ウルフールに頷いて見せた。


 合図を受けたウルフールが地面めがけて拳を打ち下ろす。凄まじい震動で広場に集まっていた獣人達が跳ね転がり、大きく陥没した地面に悲鳴をあげながら転がり落ちて行く。

 円形に地面が陥没していた。中央部は深さ10メートル近い。


「ロートリング、整地して」


「はい」


 頷いたロートリングが歌うように呪文を唱えて精霊魔術で窪地の中を平らに成形してのけた。

 いつもやっている事なので、ウルフールもロートリングも慣れたものだ。


 集まっていた獣人達も、アズマ達も呆然とした面持ちで硬直していた。


「魔法や加護に紐付いた技は無し。殴る、蹴る、投げるだけで戦って貰います」


「結城、気持ちはありがたいが、そんなことをしても何の解決にも・・」


「獣人の皆、今回の事はお互いの価値観の違いが招いた事故のようなものだ。本当なら、どちらが正しい、どちらが間違ってると決めつけるような案件じゃない! でも、長老達は黙って頭を下げてくれている。神々に招かれたアズマ達に配慮してくれているからだ。当然、長老達だって、内心では納得できない思いが燻ってる。なればこそ・・・いつまでも理屈を突き合わせて、良いだ悪いだ言い合う事を止めて、戦士らしく拳で語り合おうじゃないか!」


 俺は、握り締めた拳を突き上げた。


 あれ・・歓声が聞こえませんよ?


「さあ、我こそはと思う奴は名乗りをあげよ!」


 俺は獣人の面々を見回して、繰り返し拳を突き上げて見せた。


 眼を逸らされた。


 獣顔の皆があらぬ方向へ顔を背けて乗ってこない。


「みんなぁ~? 拳闘大会ですよぉ? 自慢の強さを見せる時ですよぉ?」


結城ユウキ、もう良いんだ」


 アズマが俺の肩に手を置いた。


結城ユウキ君、もう大丈夫だから・・ね?」


 上条カミジョウさんまでが慰めるような口調で言う。


「バトルロイヤルの開催が・・」


「今回のことは、お互いのことを不理解だったから起こった事だ。過ちを繰り返さないよう、獣人の長老方とも、よく話し合いながら進めていきたい」


「いや、だから、バトルロイヤル・・」


結城ユウキ君・・それでは人が死ぬ。遺恨が残ってしまう」


 本郷ホンゴウさんが諭すように言った。


 視線の先に、大きく陥没した窪地クボチがある。即製のバトルロイヤル会場が気に入らないのだろうか?


「あのさぁ、結城ユウキ君・・」


 黒川クロカワさんが溜息交じりに声を掛けてきた。


「地面をこんなにする人と、拳で語り合ったら死んじゃうでしょ?」


「デイジーが治癒するから大丈夫だよ? ねぇ?」


「はい。即死でなければ何とかします」


 デイジーがさとりを開いた聖人のように微笑む。


「ほらっ?」


「いや、ほらっ・・じゃないから。即死するから」


 大石オオイシさんまでが弱気な事を言っている。


「・・そう?」


「うん、死んじゃいます」


「それは、まあ・・良くないね」


 二条松高校の女性陣は、人類の宝的な美人揃いだ。危ないことをさせるわけにはいかない。


「でも、アズマは・・」


「俺もまだ死にたくは無い」


「おぅ・・え? じゃあ、この会場はどうすんの? バトルロイヤルは?」


「だから、バトルはいらないと言っているだろう」


「またまた・・そんな事言って、本音じゃ、獣人をぶっ飛ばして、挽肉ミンチに変えてやりたいんでしょ? やれば良いじゃん! ほらっ、舞台もあるよ? この中なら、少々の衝撃波とか大丈夫だから。ガンガン、やっちゃいなよ? 我慢は体に良くないって、何かのコマーシャルでやってたじゃん?」


結城ユウキ・・おまえは仲裁を頼まれて来たんじゃ無かったのか?」


 アズマが額を手を抑えて俯いた。


「・・・そうだっけ」


「いや、そうだっけって・・結城ユウキ君?」


 大石オオイシさんの眼が怖い。


「ははは・・いやぁ、ほら、バトルジャンキーなアズマ君に満足して貰おうって頑張り過ぎちゃったかなぁ? あははは?」


「獣人の皆さんが、どん引きなんだけど・・どうするの、これ?」


 黒川クロカワさんが両手を腰に当てて俺の顔を覗き込んでくる。


「むむ・・なら、俺が代わりにバトルを・・」


 俺が良案を思い付いた時、


「ユウキ殿・・」


 シンギウスが森の長老を連れて近寄ってきた。

 途端、周囲の獣人や森の民が一斉に片膝を地に着けて頭を下げる。


「なに? 今から良いところなんだけど?」


「いや、ひとまず話は落ちついたようだったのでな・・少し、長老とも話をしたのだが、やはり今回の事は我々の側の浅慮が引き起こした惨事だった」


 シンギウスが言うと、


「・・いいえ、我々こそ、自分たちの倫理観を一方的に押しつけるような事を言ってしまいました。申し訳ありませんでした」


 アズマが丁寧に頭を下げた。後ろで、二条松高校の美女軍団が綺麗にお辞儀をして見せる。


「これは・・いや、こちらこそ申し訳無かった」


 森の長老が慌てた顔で頭を下げた。


 その頭越しに、シンギウスが俺の方を見る。


「・・バトルは無し?」


「無し・・で、お願いしたい」


 シンギウスが苦笑気味に言った。


(ちぇっ・・)


 俺は小さく嘆息して、綺麗に整えられた即製の闘技場へ眼を向けた。準備は万端だったのに・・。


「宿の準備が出来たようです」


 ロートリングが声を掛けてきた。


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