第84話 仲裁

 チュレックの艦隊が去った後、港湾部周辺には倉庫や簡易的な宿泊施設、大きな交易所などが建てられた。

 港から続く坂道を上った丘の上には、港を見下ろすようにして、地主である俺の館、大鷲オオワシ族の館が建てられた。


 もっとも、港のことはゲンザン達、大鷲オオワシ族に丸投げで、俺はほぼ館を留守にして、樹海の奥地を転戦していた。

 同行したのは、ユノン、デイジー、ロートリング、ウルフールである。


 獲物は、魔虫であったり、魔獣であったり・・。


 稀少な薬草採りをする日もあれば、ひたすら魔獣狩りをやる日もある。


 互いの力量を測り、共闘の呼吸を掴む・・と言えば聞こえが良いが、実際には俺の模写技集めと練度上げに、全員を付き合わせている形だった。


 結果として、みんな強くなった。


 少しデイジーが劣るところがあるが、それでも以前に戦った加護持ちの連中より上だ。剛力、剛健のウルフールに次ぐ怪力の持ち主で、重たい戦槌ウォーハンマーを小枝のような気安さで振り回している。

 近接戦闘から中距離での魔法戦までやれるロートリング、詠唱に時間はかかるけど笑えるくらいの火力を持ったユノン、速度と剛力に抜きん出た近接特化のウルフール、そして・・怪しげな技を色々持ち合わせた俺。


 森の民、鬼人族ですら立ち入れない魔瘴地帯を主戦場にして、何度も危機に追い込まれては撤退し、ようやく魔瘴地帯でも危なげなく狩りがやれるようになってきた頃になり、俺達は神樹の森へと戻ってきた。


「・・懐かしいです」


 ユノンがぽつりと呟いた。短い言葉に、万感の想いが込められている。

 ロートリングがそっと顔を伏せ気味にして目元を隠し、デイジーが口元を抑えて嗚咽おえつを噛み殺す。ウルフールは上向きに空へ眼を向けて顔が見えない。


(なんか・・やり過ぎた?)


 練度上げにこだわり過ぎて少しだけムキになってしまったかもしれない。


 だけど、おかげで"有料"の魔法シリーズは軒並み練度上昇に伴って上位魔法へ進化し、魔法では無いが、「個人口座」「個人倉庫」「劣化抑制」「習得促進」「隷属回避」「鸚鵡おうむ返し」の性能も上がった。


 さらには、雷兎シリーズの破城角、瞬足、耳、宙返りも性能アップが体感できるほどになった。より威力が強力になり、効果範囲が広くなったり、容量がアップしたり、効果が高まったり・・そういった変化の仕方だった。


 それから「模写技」が「模写技・陰陽」に変化した。

 これは今までの3つの選択に加えて、さらに3つの模写技を選べるというものだったが、選択できるのはいわゆるパッシブな技だけで、こちらから能動的に攻撃にしようするような技は登録できなかった。


 「模写技・陽」は、これまで通りの攻撃的な模写技。

 「模写技・陰」は、攻撃を受けた時などに発動する受動的な技という区分らしい。


 初めはちょっとがっかりしたけど、よく考えたら良い性能だ。使い道が無いまま死蔵していた模写技の幾つかは、これによって良技と化した。


 加えて、身体能力の全体的な底上げにも成功した感じがする。魔瘴地帯に引き篭もる前とは別人と言っても良いくらいの性能アップだ。


(・・なんだけども)


 まあ、自分の練度上げに付き合わせたという自覚はあるので、はらはらと泪しているロートリングやデイジーを見てしまうと、ちょっとだけ胸が痛みます。


 それはもう、直視がきつい・・容赦なくグロい魔物のオンパレードだったから・・。

 まともな形をした魔物はいなかった。


 ゲル状に溶けかかった体から人の手やら虫の足やらが生えた芋虫みたいなのや、牙のある蟻っぽい大きな甲虫が数万匹の小さな牙虫に分裂したり、半分腐った子供のような姿をした魔鬼が赤子が泣き叫ぶような声をあげて延々と何日も襲い続けてきたり・・。


 透明な触手による不意討ち、液化して忍び寄ってきたり、気化して鼻腔から体内に入り込んだり・・それはもう、気を休める間も場所も無い有様で、ずっと緊張しっぱなしのまま戦っては移動し、移動しては戦い・・死にかけては懸命の治癒魔法と投薬で蘇生し、また死にかかり・・。


(そう考えると・・よく頑張ったよな)


 ゲームでやっていた引き篭もってのレベリング・・のような感覚だったが、現実にやってみて分かった事がある。安心して休める場所や時間が無いまま戦い続けるというのはとても苦しい。


(次は何か対策を考えないと・・)


 そういう魔導具か、魔法か・・何か準備しないと魔瘴地帯での長期滞在は厳しい。


「御神樹様のお使いが来られているそうです」


 館に到着を報せに行っていたロートリングが戻って来た。


「へぇ・・それで、俺達、泊めて貰えるって?」


「はい。長の館は御使様がいらっしゃっているので入れませんが・・別棟であれば」


 ロートリングが申し訳なさそうに言う。


「食事と睡眠が安全にできる場所なら馬小屋でも良いよ」


 俺は苦笑気味に言った。

 元々、森の民にはよく思われていない。

 今回はロートリングの里帰りを兼ねつつ、森の長に挨拶をしようと立ち寄っただけだ。この後は、闇谷へ行ってユノンの母親に挨拶をする予定でいる。


「そうですね・・ここの広場でも有り難いくらいです」


 デイジーがしみじみとした声音で呟いている。


「・・確かに」


 ウルフールが苦笑気味に頷いた。魔瘴域で、俺が行動不能に陥った時のサブ楯(肉壁役)をやる機会が多かったウルフールが一番死に瀕している。

 この頃は、どこか達観したような妙な風格すら感じさせるようになってきた。


 不意に、


「コウタさん」


 ユノンが振り返って、巨樹の上方を指さした。


「・・うん」


 まだ距離はあったが、アズマ達の話し声が聞こえていた。かなり上の方・・樹の上に設えられた館の辺りから聞こえてくる。

 ユノンの方は、その窓越に、二条松高校の顔ぶれを見つけたらしい。俺が聴力に秀でているように、ユノンは眼がずば抜けて良くなっていた。


 クーンの力だと説明されたけど、よく分からなかった。

 より正確に魔法を放つために座標を視覚で捉えられるようになったらしい。魔法の照準を合わせた地点に射光線や光円が点滅して見えるのだとか。それに伴って、意識を集中すれば、魔法到達地点の詳細な様子が拡大して視えるのだと言う。


アズマ達が来てるな・・これは、ちょっと揉めてる?」


 俺は話し声を拾いながら顔をしかめた。


 部屋に遮音の魔法が張られているらしく、微かな震動のようなものしか聞こえてこない。ただ、時々混じる強い語気で発した音は拾えた。


「例の奴隷狩りの町を、猪族と熊族の獣人が襲撃して半壊させたらしいね。その時のやり方が・・やり過ぎだとか言って噛みついているっぽい」


 俺は途切れ途切れの情報を補完しつつ、ユノン達に伝えた。


「・・あの場所に人の暮らす町がある事自体がおかしかったのです。森の人達に排除されるのは仕方の無い事ですが・・」


 デイジーが表情を曇らせた。


アズマ達としては、ある程度の力の差を見せた後に立ち退き勧告をするつもりだったみたい」


 その、"ある程度"のさじ加減が狂ったという感じか。


(獣の人達にも言い分はあるだろうから・・地球の・・日本の考え方が正しいとは限らないよ)


 アズマの気持ちも分かるけど・・。


「血に酔ったのだろう」


 物静かな声と共に、見覚えのある美青年が姿を現した。シンギウスである。近付くまで足音や心音が聞こえなかった。唐突に、そこに現れたのだ。


「・・魔法? 転移とか言うやつ?」


 俺は、ややふて腐れ気味に声をかけた。


「御存じか。絶えて久しいとされる術だったのだが・・」


 シンギウスが軽く眼を見張った。


「魔法自慢なら他所よそでやってくれ。俺は傷つきやすいお年頃なんだ」


 漫画やアニメじゃ、瞬間移動とか珍しくも無いんだよ! 雑魚キャラだって当たり前のようにやってるんだからね?


「・・気を悪くしたなら謝ろう」


 白金髪の美麗な青年が頭を下げた。


「良いけどさ・・それで、血がどうしたって?」


「猛った獣の戦士達を抑えるのは難しい。なかなか理屈通りにはいかぬのだ」


「それ、俺じゃなくて、アズマ達に言って来なよ」


「伝えたのだが、どうにも・・な」


 シンギウスが困り顔で嘆息した。


アズマ達を怒らせて敵にしたら、あんた達は滅びるよ? あいつら、ここの神様が連れて来た人間だよ? 俺とは期待値が違うんだからね?」


 俺はシンギウスの顔を眺めた。


「・・困った」


「真面目な話、アズマ達はこの世界の神々によって招かれたんだ。対応を間違えたら後悔すると思うよ?」


「だからこそ、森の長老がさとしているのだが・・」


さとすんじゃなくて謝るの! 地面に額を擦りつけるくらいして謝罪しないと、結構危険なところまで来てるよ? あいつ、クソ真面目だからね? 融通効かんから、なあなあじゃ終わらないよ? 俺、どうなっても知らんからね?」


「私で良いなら、いくらでも頭を下げるのだが・・」


「長老さんだと難しい?」


「そのようだ」


「・・そうか。それで、転移までして、俺を迎えに来たんだね?」


 シンギウスも、このままでは危ないと思い、俺に仲裁を頼みに来たのだ。


「なんとか、お願い出来ないだろうか?」


「・・失敗したら吊されるの? 俺に責任被せて殺しちゃおう計画?」


「まさか・・そのような馬鹿げたことなど」


「普通にやってくるでしょ? 俺、まあまあ裏切られてるよ? いい加減、慣れっこだけど?」


「御神樹が護士、レーデウスが一子、シンギウス・キルミエが誓おう。仲裁の不首尾を理由に御身に危害を及ぼそうとする不心得者がいれば、我が手にて厳正に処断する」


「ふうん・・この人、信じられるの?」


 俺は、後ろに居るだろうユノンやロートリングを振り返った。


「む・・?」


 ユノンはいつも通りに、だがロートリングとウルフールは地面に片膝を着いて低頭していた。


「何してんの?」


「ここでは、神樹様の一族と私達では・・人の世で言うなら、王家と平民くらいの身分差があるのです」


 ユノンが教えてくれた。そう言うユノンの声も、やや緊張気味だろうか。


「へぇ・・?」


 俺は、シンギウスの美麗な顔をまじまじと眺めた。


「結構、偉い人なんだな」


「・・アズマ殿一人、説得できぬ身だがな」


 シンギウスが苦く笑った。


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