第82話 迎えが来たっ!


「あれが?」


 湾処わんどに入ってきた帆船を見ながら、チュレックの提督を見た。


 5隻の大型帆船が縦列になって入ってきている。


「船は我が国のものに間違いありません・・が」


 バロード・モンヒュールが言い淀んだ。


 乗っている者達が、モンヒュール達をどうするつもりで来たのかは分からないのだ。単純に、迎えに来てくれたと思うには、ちょっと色々と起こりすぎた。


 アナン教団の襲撃で、チュレックの水夫達は半数近くが命を落とし、バロード・モンヒュール自身も深手を負ったのだ。高位の聖魔法を習得したデイジーが居なければ死んでいただろう。


 あれから1ヶ月が過ぎている。


「すでに話したとおり、本来なら20日、いやもっと前に来ているはずの艦隊です。あまりに遅い」


「でも、他に船が無いからね」


 アナン教団の襲撃で、頼みの船が沈められてしまったのだ。


「そうですな・・では、打ち合わせの通りに」


「うん」


 俺はチュレックの提督や船乗り達を残して、港の見張り小屋へ入った。


 小屋の中ではウルフールと大鷲オオワシ族の男達が数人待機している。


「バロードさんも半分疑ってる感じだった。予定通り、敵襲がある前提で進めよう」


「了解です」


「では、我らも持ち場へ」


「うん、ゲンザンさんによろしく。無駄な備えになると良いけどねぇ」


 大鷲オオワシ族を見送り、俺はよいしょっ・・と、椅子に腰掛けた。


「ガーナルの女官殿が面会を求めておりました」


「断ってくれた?」


「はい」


「頼むよ。船に荷積みして帰って貰うんだからね」


「その日が待ち遠しいです」


「・・うん」


 俺はお茶をすすりながら頷いた。


 この1ヶ月、負傷者の治療を行いながら、港周りを汚した毒を除去したり、敵の侵入除けを設置したり・・それぞれが忙しく働いていたのだが、ガーナルの女官と姫君だろう少女は指一本動かしていない。


 すでに俺の中では魚のエサコース確定だ。身柄はチュレックの提督に押しつけ、その時の都合で好きにするよう依頼してある。


 なお、未だにお姫さんが誰なのか告げてこない。生き残った女は3人だけ。1人は賑やかな老女殿、もう1人は20歳前後の女、残る1人は推定年齢10才くらいの女の子だ。


(本物はとっくに沈んじゃってるのかもな・・)


 正直、3人ともお姫様といった雰囲気が皆無だった。演技なら見事だけど・・。


 最初の時、火災を起こしながらも河を下っていった船が何隻かいたはずだ。あの船のどれかに乗っていたのかもしれない。あるいは、最初からお姫さんなんか乗っていなかったか。


「バロードさんが討たれるか、向こうについて俺達を攻撃してくるか・・どっちだと思う?」


「・・無事に乗船できるという可能性はありませんか?」



「ああ・・まあ、あるけどさ」


 でも、それだとドラマが起きないじゃん?

 提督さんが船に乗ったところで、ザクッ・・と剣とかで刺されて、チュレック人同士が血で血を洗う抗争勃発・・みたいな?

 このまま何事も無く・・って、有り得ないでしょ?


「上陸用の小船が降ろされたようです」


「ふむ・・」


 ウルフールに促されて窓辺へ行くと、なるほど湾処わんどの中央に投錨とうびょうした帆船から、手漕ぎの小船が滑車で降ろされたところだった。


 湾処わんどに入った5隻とも並列していたが、小船は中央の1隻からだけ降ろされたようだ。


「あの旗は何?」


「・・さあ、陸の者には分からない、信号のようなものでしょうか?」


 帆船のマストから船首へ掛けて張られたロープに、見慣れない柄の小旗が5枚も吊されている。いわゆる、信号旗なのだろうが・・。


「まあ、いっか・・こっちは襲撃される予定でいるんだから」


「ですね」


 ウルフールが頷いた。


 バロード・モンヒュールを乗せた小船も離岸して、帆船をめざして進み始めた。


 矢でも射かけられるか、魔法で狙われるか・・と、悪い方の予想をしながら見守っていたが、意外にも互いの小船同士が接舷して何やら対話を開始していた。


(・・・まさかの円満解決? そんな訳無いよね?)


 疑いの眼で眺めていたが、一向に戦いが始まる様子が無い。


「どうなってんの?」


「・・今のところ、目立った動きはありませんね」


 ウルフールがわずかに首を傾げている。

 絶対に、穏やかには進まないだろうと、俺も含めて全員が考えているのだ。


(帆船に招き入れてからの暗殺? それとも航行途中で油断したところでやるの?」


 そう思いながら見守っていると、2隻の小船が港に向かってぎ寄せて来た。


(こちらを油断させるため? 港に居るガーナルのお姫さん達を襲うのかな?)


 チュレック提督を襲撃するのはその後なのだろうか?


(・・ここに注意を集めておいて、また別の所から上陸してるとか?)


 一応、その可能性を考えて、大鷲オオワシ族による沿岸の哨戒しょうかいが行われている。


「こちらへ来るようです。出迎えますか?」


「・・そうだね」


 俺はウルフールを連れて小屋の外へ出た。


 港に小船を接岸させて、ざっと10名ほどが向かって来ていた。1人はチュレック提督、残りは新顔ばかりだ。チュレック提督の水夫達は小船に待機しているようだった。


「ユウキ殿・・」


 バロード・モンヒュールが声を掛けてきた。表情は戸惑ったような、どこかスッキリしない雰囲気だ。


「お迎えでした?」


「・・ええ、こちらはディージェ・センタイル。海軍局の参謀を務めている者です」


 モンヒュールが隣に立っている男を紹介した。例によって、すらりと背丈があり、見上げなければいけない位置に顔があった。冷厳・・とでも言うのか、やや細面ながら冷たく厳しい双眸をした20代半ばくらいの顔立ち。


「初めまして、貴方がコウタ・ユウキ殿ですね? 私はチュレック王国海軍本部にて参謀を務めております、ディージェ・センタイルと申します。モンヒュール提督をお救い頂いた事について御礼を申し上げます」


 無機質な声で淡々と告げて、ディージェという男が頭を下げた。


「・・どうも」


「さて、当方はモンヒュール提督を救出し、母国へお連れする任を帯びておるのですが、どうやら貴方の保護下にあるようですね」


「う~ん・・なし崩し的に、そんな状態になっちゃってるけど・・できれば、さっさと連れ帰ってくれない?」


「・・よろしいので?」


「バロードさんにも言ってあるけど、条件は一つだけ」


「うかがいましょう」


「ガーナルのお姫さんとお付きの女官さんだと言い張ってる人達が居る。あの人達を一緒に連れて行って欲しい」


「提督?」


「うむ・・かねてよりユウキ殿から依頼されている。本物かどうかに関わらず、同行して速やかに退去するよう・・幾度となく申し入れを受けている」


「我が方としては問題ございませんな」


「じゃ、さっさと頼むよ」


「ところで、ユウキ殿はどういったお立場でしょうか? 魔の森と無関係では無いようですが?」


「まのもり?」


 俺はウルフールを振り返った。


「樹海のことを、外の者がそう呼んでおります」


「ああ・・そうなんだ」


「そちらの方と同様、鬼人族・・ということで宜しいのですか?」


「いや、鬼人じゃ無いよ? まあ、樹海で暮らしている別の種族ってところだね」


「・・なるほど。それで、魔の森・・いえ、樹海に住んでいる方達の中で、何らかの地位にある方・・そういう認識で宜しいでしょうか?」


「まあ、そうだね。このところは、港から樹海に行くまでの土地を任されてる」


「なるほど・・では、もしチュレック王国が樹海の方々と何らかの交渉を行いたい場合は、ユウキ殿にお伝えすれば良いのでしょうか?」


「穏やかな話なら、俺に伝えて貰って構わないよ? 乱暴な話は他所よそでやって欲しいけどね」


「無論です。元より、チュレック王国・・現国王の曾祖母様は未だご健在なのです。御生家は別の森とのことですが、こちらの樹海のことは気にかけていらっしゃいます」


「ふうん・・?」


「我らが国母様は、エルフ族だ」


 モンヒュール提督が補足した。


「へぇ、そういう国があるんだなぁ」


「恥ずかしながら、チュレック宮殿でも、ランドール教皇の妄言で踊った愚か者がおりました。粛正を終えるのに手間取ったため、提督をお迎えにあがるまでに時間がかかった事をお詫びします」


 このディージェという男、眼は冷え切っているのに、言っている事はまともだった。


「奴隷狩りは困るんだ」


「我が国では奴隷制度は廃絶されて久しい。仮に、奴隷を所有している者がおれば、即刻首をねられる」


「ふうん・・良さそうな国だね」


 まあ、話半分に聴いておこうか。口だけなら何でも言えるからねぇ・・。


「ところで、提督の艦隊はガーナル王国からクリーナ王女を護送中に、ユウキ殿旗下の者達によって襲撃を受け、こちらの湾内にて沈められたとか?」


「そうだね」


「・・なぜ、襲ったのか理由をお聞かせ願えますか?」


「奴隷狩りの船だと思ったんだよねぇ・・正直、今でも疑ってるけど」


「チュレックでは奴隷は禁じられて・・」


「でも王様が良いよって言ったら、奴隷売買が始まるでしょ? うちの森はガザンルード、センテイル、ランドールにアナン、ついでにタランドって奴隷商まで加わって大軍で攻められたばかりなんだ。ちょっとした人間不信ってやつ。だぁ~れも信じられません。船は全部奴隷狩りの船、敵なんです」


「しかし・・それでは、先が無いでしょう?」


 冷え冷えとした表情のままディージェが言った。


「先って?」


「ユウキ殿が口にされた国々の他にも沢山の国家があります。こちらの樹海はやや特殊ですが、エルフやドワーフといった種族は普通に町中で暮らしているんですよ? それら総ての国々を敵と見なして行動するというのは無用な災いを招く行為ではありませんか?」


「確かにそうだね」


 あっさりと頷いた。ほぼノータイムである。

 俺の方は、ろくに考えもせずに口から出任せですから・・。


「・・・ユウキ殿は、チュレック王国を敵に回す行為を行った。それについては、どのようにお考えかな?」


「運が悪かった?」


「・・提督」


 ディージェが困ったようにモンヒュールを見た。


「その辺については、仕方が無いことだと理解している。戦時下のセンテイルの鼻先を航行したのだ。ユウキ殿では無く、センテイルから攻撃されてもおかしくない状況下だった」


 モンヒュールの方は、どこかなだめるような声音である。


「ガーナル王家はそうは思わないでしょう?」


「いや・・どうかな、あちらの宰相さんの刺客が入っていてな。むしろ、その刺客をユウキ殿が片付けたことで、宰相何某なにがしからは恨みを買ったかもしれんが・・」


「やはり、クリーナ王女は不良物件でしたか」


 ディージェが頷いた。


「送り返すのが一番だが・・」


「一応は、国家間で約定を取り交わした事案です」


「・・なんだよなぁ」


 モンヒュールが眉間にしわを寄せて唸った。


「我が方のトーロス殿下も、まあ・・色々と問題のある方です。頭痛の種が少し増える程度なのかも知れません」


「おまえ・・それは言っちゃいかんだろう。みんな言いたくても我慢してるのに」


 モンヒュールが眼をいた。


「・・失礼」


 ディージェが無表情に頷く。


「なんでも良いから、そろそろ帰ってくれませんかねぇ?」


 俺はチュレックの面々を眺めながら提案した。このまま居座られたら夜になってしまう。大鷲オオワシ族は鳥目の関係で、夜は視力が低下してしまうのだ。


(まあ、監視が必要無いくらい、ユノンの毒罠が埋設されてるけどね)


 ちらと空を見上げつつ、


「あっちで4人ほど死にかけてるけど・・どうすんの?」


 俺はディージェとモンヒュールに笑顔で問いかけた。

 こそこそと脇道へれようとした4人の男達が、毒に冒されて死にかかっている。もう手遅れかも知れないが・・。


 モンヒュールが、ぎょっと眼をいてディージェを見た。


「やはり・・まぎれていましたか」


 ディージェが無感動に言った。


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