第79話 アナンの妖獣


 快晴、ほぼ無風・・。

 まだ太陽は高い所で輝いている。


 全長が200メートル近い化け物が、八本の腕だか足だか分からないもので地面をいて上ってくる。


 妖獣ベヘヌル・・それは、アナン教団が魔導で生み出した怪物に、禁呪によって悪魔デモンを降ろしたものだった。


 もちろん、この時の俺はそんな事は知らない。


 可愛い婚約者を前に見栄を張った事をちょっぴり後悔しつつ、悠然と・・見えるような足取りを意識しながら、道を下っていた。


(うわぁぁぁ・・怖ぇぇぇぇ・・)


 顔は平然としているようで、心臓はバクバク、背中はヒンヤリしてるのに汗がにじんでいる。


 まず、止めないといけない。

 

 あの巨大な怪獣の足を止めるか、押し戻すくらいの一撃を・・。


 そんな技は一つだけだ。


「・・っぅぅううぉぉぉぉぉーーーー」


 妙な叫びが口を突いて出た。ちょっと恥ずかしい。


 でも、声を出したおかげで身体が楽になった。



 雷兎の瞬足・・



 そびえるような巨大怪獣めがけて一気に加速する。


(デカすぎて、目測が・・)


 距離感が狂いそうだったので、もう全体は見ずに地面に着いている足の一本だけを見る。


 8本ある内、向かって右側の4本を狙って・・。


(・・っと? やっぱり・・)



 遁光ぉーーーーっ!



 女神様に貰った技を使用した。


 直後に、



 バグゥッ・・・



 巨大な影が周囲を包み込んで俺を呑み込んだ。

 巨大怪獣の首のような部位から大きな口が生えて、蛙の舌のように素早く伸ばされたのだ。

 牙というより、繊毛のような針で覆われた口の中を俺は見た・・・ような気がした。


(でもね・・)


 俺は光になりました。コンマ5秒だけですが・・。


 すぼめられて閉じられる口先から脱出するには十分な時間だ。


 無数にある牙をすり抜け、上手く脱出できた。怪獣のお口に残ったのは身代わりの依り代(紙人形)だけだ。

 

 脱け出た場所は、巨大怪獣のほぼ正面、やや下側だった。



 ・・カンディル・パニック!



 最寄りの足に向けて跳び込むなり、細槍キスアリスで突き刺しながら模写技を放った。


(普通の奴なら、これでお終いなんだけど・・)


 雷兎の瞬足で、巨大怪獣の真下を駆け抜けて尻尾のある側まで一気に移動する。


(・・距離を取られてるな)


 アナン教団の連中が、怪獣から200メートル近くも離れている。


 アナン教団の男達めがけて走りながら、雷兎の耳で会話を拾い、指示出しの声を聞き取る。


 走りながら、激しい震動を背に感じて振り向くと、細槍キスアリスの穂先をその巨体中に生やして苦悶する怪獣の姿があった。


 しかし・・。


(やっぱり、痛めただけか)


 巨大怪獣の姿を見た時から、そう簡単にはいかない気がしていた。


 その時、


「討ち取れっ!」


 鋭い号令をあげたのは女だった。


 アナン教団の指揮者だ。目元を隠すような仮面を着けているが、声の感じからして20代後半くらい。手には、内へ反った変な形の剣を握っている。


 まっしぐらに女指揮官を狙って走る俺めがけ、横合いから鉄槌を振りかぶった巨漢が襲ってきた。



 ・・遁光っ!



 30秒の間隔を開ければ何度でも使用できる有能技を使った。

 わずかコンマ5秒の無敵状態。光体となって光の速さで移動できるという、それだけの技・・。


 龍の雷息とのトレードにしては、なんかショボいと嘆いていた技だったが・・。


 使い方次第で、とんでもない卑怯チート技と化す。


 光体から実体化した俺が、女指揮官を真後ろから細槍キスアリスの穂先に捉えていた。本来なら狙えるような場所では無い、襟首を精密に貫いた穂先を引き抜き、さらに鋭く踏み込んで鎖帷子を着込んだ背中から刺し貫く。耳で拾った心音を狙い澄ました一撃だった。


「教団長っ!?」


 悲痛な叫びをあげたのは鉄槌を握った巨漢だった。



 ・・雷轟!



 俺は、まだ細槍キスアリスで女指揮官を貫いたまま雷渦を撃ち放った。

 女指揮官が心臓を貫かれながら、なお何かをやろうとして呪文らしきものを呟いていたのだ。


 周囲から襲って来ようとしていたアナン教団の男達が次々に雷渦に灼かれて跳ね転がる。


 上手くいったと思ったら、


(・・は?)


 灼けて煙をあげている女指揮官が、むくりと身を起こして立ち上がった。虚ろな眼差しのまま、ぶつぶつと呪詛めいた言葉を呟き続けている。


(なんで?)


 俺、首と心臓を刺したんですよ? それで生き返るとか詐欺サギじゃんか!


(・・って、まさかの命のスペア持ち?)


 俺みたいなのが他にも居るの?


(他の奴は?)


 慌てて視線を左右したが、他にはよみがえった奴は居ないようだ。


「う・・?」


 女指揮官の身体を黒い煙のようなものが呑み込み、みるみる形を変え始めた。


(まさかの変身技・・)


 黒い煙が晴れたそこには、黒いボロを纏った大きな骸骨が立っていた。右手には大きな鎌を持ち、左手には数珠のような珠を繋いた物を握っている。


(・・どうすんの、これ)


 案の定というべきか、カンディル・パニックを受けながらも巨大怪獣は死なずに生き残っている。さすがに痛みは感じたようで、苦悶して地面を転がっていたようだが、青紫の気味の悪い色をした体液をき散らしながら、じっとうずくまるようにしている。

 怪獣は、いつの間にか、向きを変えて俺の方を向いていた。


 チリッ・・


 焦げた臭いを感じた瞬間、俺は遁光術を使っていた。

 直後に、火炎の渦が俺が居た辺りを吹き荒れて抜ける。

 それが、目の前の骸骨がやったのだと理解する間も無く、光体となって逃れた俺は真後ろから骸骨めがけて細槍キスアリスを繰り出した。


 ・・キイィィィーーン


 乾いた衝突音をあげて、俺の細槍キスアリスを骸骨の大鎌が打ち払っていた。


 なおも踏み込んで細槍キスアリスを繰り出そうとする俺めがけて、骸骨の左手に握った数珠のようなものが振られる。


(ぅ・・あっ!)


 キィン・・キキキキキキキーーン


 仰け反るようにして距離を取りながら、細槍キスアリスを舞わせて飛来した珠を打ち払った。何かの魔法なのだろう。数珠のような物から、黒い珠が無数に放たれて飛来する。


(真っ直ぐに来るだけなら・・・じゃないですよねぇっ!?)


 弾き払ったはずの珠がそれぞれ向きを変え、別々に意思を持つかのように角度を変え、速度を変えて、前後左右上下とあらゆる方向から襲ってきた。


(とっ・・遁光っ!)


 回避しきれなくなって、なし崩し的に術を使って逃れる。身代わりのしろがズタズタになって飛び散った。


 コンマ5秒で実体化したそこに大鎌が襲ってきた。

 危うく細槍キスアリスで受け流しつつ、再び飛来する珠を払いながら忙しく立ち位置を変える。


 飛来する珠は、99個・・。一つ一つは小さな珠なのに、気を抜くと持っている槍の方が弾き飛ばされそうな威力だった。

 腕力も握力も無いので、もう必死に圧をらして回避しつつ受け流しているところへ、


(・・またかぁーー)


 詠唱らしき声も無く、業火が襲ってきた。


(無詠唱ってやつですか? 便利で・・よござんすねぇっ!)


 俺だって、そんな魔法が使いたかったよっ!


 遁光術の再使用が間に合わない。

 俺は全力で宙へと跳び上がっていた。垂直跳びで15メートル近くも上に跳び上がっている。全体に身体能力が上がっている上に、雷兎の脚力も力を増している。


 無詠唱で放たれた業火の魔法は回避できたが・・。


 地上で見上げた黒衣の骸骨がわらったように見えた。


 そう、足場を失って回避のできない空中に跳んだら終わりなのだ。次の魔法は回避できない。それどころか、飛来する珠ですら回避不能だ。


(普通なら・・ね)


 黒い珠が一斉に飛来し、同時に真っ黒に渦巻く不気味な魔法光が視界を埋め尽くした。



 魔兎の宙返り・・



 魔法が放たれた直後に、宙に居た俺と黒衣の骸骨の位置が入れ替わっていた。


(へっ・・ざまぁ!)


 自分で放った魔法と珠を、自分で浴びた形の骸骨さんに心の中でエールを送る。


 にやり・・と良い笑顔を見せたいところだったが、


(・・っとぉ!)


 危うい所で遁光術を使った。

 

 うずくまって回復を図っていたらしい巨大怪獣が、例の口を伸ばして襲ってきた。


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