第78話 忍び寄る者達


(ふうん・・)


 聞こえてくる物音や声などを拾いつつ、俺は見張りから報告を受けているユノンを見た。


「チュレックの提督は帆船の甲板上で交戦中とのことです」


「・・相手は?」


「水に入ると姿が消える者達だと・・上空の大鷲オオワシ族からの報告です」


「へぇ・・そういうのがあるんだ?」


「水妖の鱗衣スケイラというものでしょうか。稀少な物で、数を揃えるのは難しいはずなのですけど・・あ、ロートリングさんから遠話です」


 ユノンがうつむきがちに魔導の伝話に意識を向けた。


「デイジーさんが矢避けの魔法障壁を展開しました。ロートリングさんは、攻性の反射壁を展開中です。ゲンザンさん達50名がウルフールさんを運んで、船に・・残り50名が交替で上空からの索敵を継続中」


「索敵帯は機能してるかな?」


「この季節です。花粉はしっかりと」


 ユノンが頷いた。

 触れると特殊な匂いと色が着く小さな花を、辺りの草木に混ぜて植えてあった。

 姿を隠しても、あの匂いと色はなかなか落ちない。


「お母様から伝話です」


「うん?」


「森の南部で、アナン教団による大規模な攻勢が開始されたようです。アズマさん達の隊が初期対応中とのこと・・闇谷の戦人も参戦するみたいです」


「・・アナン? じゃ、ここに来ているのも?」


 相手がアナン教団なら、主目的はあいつらが亜人と呼ぶ森の民や闇の民、獣人達の殲滅だ。


「港を襲っている者達が乗ってきた船は、まだ発見できないようです」


 ユノンが不安顔で報告を伝える。


「船まで消せるのか? それとも沈めちゃったかな?」


「ゲンザンさんから・・・帆船に魔人デモン化しかかった人間が複数居ると」


「なにそれ? でもん?」


「方法は様々ですが、身体に悪魔を降ろして一時的に力を得ている状態・・と、伝承の書物で眼にしただけですけど」


「降霊・・憑依かな? そんなやつか・・なんか、危なそうだなぁ」


 漫画やアニメで登場するそれは、結構なハイリスクというのがお約束だったけど・・。


「力を得る代償に、自我を喰われて魔物に成り果てる・・そう記されておりました」


「・・だよねぇ」


 俺は小さく嘆息した。

 ほぼ捨て身。

 これは、アナン教団で確定でしょう。


「その化け物になった奴はどのくらい・・ああ、これ全員がそうなるのかな?」


 襲って来た連中が、全員悪魔を降ろす・・?

 アナン教団なら有り得る気がする。


「これ・・広くて足場の良い場所でやった方が良いね」


 こちらの姿が隠せる場所というのは、相手の姿も隠れてしまう。


「・・こちらに、数人が向かってくるようです」


「もう丘の上まで・・」


 俺は細槍キスアリスを手に小屋を出た。

 丘の上に目立つように建ててある見張り小屋だ。港から馬などで来るなら、この小屋へと続く小道を上ってくるしかない。

 切り立った断崖をよじ登って迂回をする者は、空を飛ぶ大鷲オオワシ族の的になるだけだ。


「えぇ・・っと?」


 港から続く小道を正面に見ながら、俺は首を捻っていた。

 なんか、考えていたのと違うものが走ってくる。


 簡単に表現するなら、怪物モンスターだ。


 四つん這いならぬ、八つん這いで、どこか爬虫類っぽい体型をしている。やけにゴツゴツと太い背骨の先には尻尾らしき物が伸びているようだった。肌はつるりとした人のような肌身に見える。顔というか頭というか・・そういう部分は無かったが、そこに頭があったのだろう首らしき部位は残っている。


(帆船より大きいんじゃ・・?)


 俺は顔を引きらせつつ、呆然と立ち尽くしてしまった。


 だって、フェリーサイズの気持ち悪い化け物が、じたばた八本足を動かして這い進んで来るんですよ?


「知らない魔物です」


 ユノンの呟きが聞こえた。


(うん・・むしろ、知ってたら吃驚びっくりだから)


 大きく深呼吸をしながら考えをまとめつつ、俺はユノンを振り返った。

 すぐ横で、じっと俺を見つめていた。

 紫の色の大きな瞳が憂いを帯びて陰って見える。


(・・不安にさせちゃ駄目っしょ、男の子!)


 俺は力強く息を吐いて表情を引き締めた。


「大きな音を立てる奴は、あの化け物だけだ。他のアナン教団はあいつの後ろからついてきている。数は14」


「・・はい」


 ユノンが小さく首肯した。


「とりあえず、あいつに接近して雷を放つ。それから技をまとめて打ち込んでみるよ。効けば普通に倒せるし、効かなくて、再生とかしちゃったら・・まあ、逃げながらの防戦しか無いね」


「再生・・それをすると思いますか?」


「ただ大きいだけだと芸が無いからなぁ・・なので、あのデカいのを引きずり回している間に、残ったアナン教団の連中を片付けて欲しい」


「おそばに・・居られませんか?」


 ユノンがすがるような眼差しを向けてくる。

 いつもは、表情の薄い、冷徹な雰囲気の子が、こんな表情を見せたのは初めてだった。

 それほど危険な相手だと、直感しているのだろう。


「大丈夫。俺、しぶといから・・ユノンが来てくれるまでたせてみせるよ。なるべく、敵が俺の方へ集まるように・・こそこそ森へ向かう奴が居ないように頼むよ。終わったら、毒玉を投げ込んで合図して」


「・・はい!」


 ユノンが唇を噛みしめるようにして頷いた。


「さあ、行って。ここは滅茶苦茶になるよ」


 俺はユノンの両肩を掴んでクルリと向きを変えると、ポン・・と、お尻を叩いた。


「必ず・・待っていて下さい」


「未来の旦那様を信じたまえ」


 俺が自信たっぷりに胸を張ると、一瞬目元を和ませたユノンが走り去って行った。向かったのは、ロートリングの持ち場の方だろう。

 その背を追って、10名ほどの大鷲オオワシ族の男達が飛翔する。

 残ったのは、連絡要員の大鷲オオワシ族が3名。

 そして、俺だけだ。


「巻き込まれないように、十分な距離を保ってね」


「はっ!」


「交戦開始と同時に、1人が伝令に行って。後の2人はその後の様子を見ながら」


「畏まりました」


「ご武運を!」


 大鷲オオワシ族の視線が熱い。猛禽類の顔で、こんな熱い眼差しを向けられると、食べられそうで怖いじゃないですか。


(さて、嫌な予感しかしませんがぁ・・・結城浩太は、男で御座ゴザるよ!)


 俺は細槍キスアリスに軽く振りをくれながら、化け物が這い進んで来る小道へと踏み出した。

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