第77話 お客は刺客?


 湾処の中程に帆船が浮かべられていた。

 チュレック提督達が帰国するための船だ。

 傷みが少ない方の船を改修している。材料はもう片方の大破した船から集められた。なお、船を運んだのは、ウルフールが呼んで来た鬼人族の皆さんだ。


 ウルフールは、鬼人の里を飛び出したような形になっているが、出禁をくらっているわけでは無いらしい。戻って来るよう懇願されていた。


「・・で?」


 俺は威勢の良い老女を見た。

 毎日、りもせずに苦情の申し立てにやってくる。


(もう、河にかえってくれませんかねぇ・・)


 ユノンがれてくれたお茶をすすりながら、俺はデイジーから出された要望書に眼を通していた。


 と言っても難しいものでは無い。

 傷薬などを調合するために必要な素材を採りたいと前から言っていて、それなら何がどれだけ必要なのか紙にしろと突き返したら、どっさりと厚みのある紙の束が提出された・・・という流れである。


(傷薬は・・まあ、あった方が良いだろうな)


 元司教さんに、どんな物が作れるのか知らないが・・。


「ですから、食事の充実を・・」


「魚、トカゲ、貝、蛙、蛇、蟲、水草・・いっぱいあげたでしょ?」


「そっ、そんなものを姫様に食べさせろと申すのかっ!」


「あんたがお姫様なんじゃ無かった?」


「くっ・・知っていて、ぬけぬけと・・」


「岸の小船をあげたでしょ? もうそろそろ、あれに乗って出港してくれないかなぁ?」


「何を申すのか! 我々はガーナルの迎えが来るまで・・」


「チュレックに行くんじゃ無かった?」


「一切合財を失って、こんな何も無いままでは姫様が笑い者にされてしまう!」


「へぇ・・そういうもの?」


 俺はデイジーを見た。


「さすがに着の身着のままという訳にはいかないでしょう。でも・・提督の話では、チュレック側は破談を望んでいる様子ですし、ガーナル王の思惑は知りませんが、宰相が堂々と刺客を雇っていますから・・ガーナルに帰るのも危険でしょうね」


 デイジーが淡々とした口調で答える。


「・・それ、詰んでるんじゃ?」


「つむ?」


「もう、終わってるでしょ? 国に戻ると危なくて、結婚相手からは迷惑がられてるんでしょ? もう行くところが無いじゃん?」


 俺が言うと、デイジーがなるほど・・と呟いた。


「だっ、黙って聞いておれば、なんという無礼なことをっ!」


「あんたの方が無礼でしょ?」


「な、なんと・・」


「ここ、俺達の土地だよ? いつまで偉そうに居座ってんの? 迷惑なんだけど?」


「なんという傲慢っ! ガーナルの姫君にそのような・・」


「対価を支払いたまえ。チュレックの皆さんは、ちゃんと働いてくれてるよ?」


 港周りの片付けをやって貰ったし、仮設の小屋も建てさせた。


「た、対価などと、姫様に・・むしろ、高貴な女性のために労を惜しまず働いてこその男子であろう!」


「そういうのはガーナルの人に言って。他の国で言っても、喧嘩売ってるようなもんだよ?」


 俺は呆れ顔で言いながら河上へ視線を向けた。

 投錨して修繕をやっている帆船から小船が離れて、港に向かっていた。


 俺は上空の大鷲オオワシ族をちらと見上げた。特に警戒するような動きは見えない。


(チュレックの人達が、素直に出港してくれれば・・誰も死なずに済むんだけどな)


 国の看板を背負っている以上、人が良い悪いに関わらず、個人の感情やら都合などに関係無い行動を選ぶだろう・・・と、ロートリングが言っていた。


 そういう訳で、こちらへの襲撃を想定して大鷲族、ウルフール達が警戒に当たっている。


「俺・・耳が良いんだよね」


 老女をちらと見やる。


「・・なんですか、いきなり?」


「チュレックの連中が、小屋を襲うみたいだけど・・遊んでて良いの?」


「なっ・・なんですって!?」


 老女が弾かれたように仮設小屋を振り返った。すぐさま、大慌てで駆け出す。

 停泊して修理中の帆船から離れた小船が、まっすぐに漕ぎ寄せて来ている。


(行ったところで、一緒の小屋に居る女官達はチュレック人だからねぇ・・)


 最初から、ガーナルのお姫様には味方が居ないのだ。老女が1人付いて来ているが、周りに噛みつくばかりで味方を増やす気が無いのだから・・。


(どうするのかねぇ・・)


 お姫様を捕まえて出航するなら傍観する。


 その際、こちらを攻撃するようなら船ごと沈める。


(お姫さんに非道いことをやろうとしたら、どうしようか)


 出航した後の事ならどうしようも無いけど、陸の上で悪さをするようなら、さすがに見て見ぬふりは出来ない。


(やっぱり変だな?)


 チュレックの提督の姿はおろか、声も聞こえて来ない。


 ロートリングが言ったように、お国の事情とやらで、こちらと敵対する事に決めたのだろうか?


「・・ぅ?」


 俺は立ち上がりかけた姿勢で動きを止めた。

 ユノンが同じように動きを止めて、黙って俺の顔を注視してくる。


「笛、3点」


「はい」


 すぐさま、ユノンが首から吊していた警笛を口に、鋭く三度鳴らした。間を空けて、3度ずつ繰り返す。



「話精霊、カモン!」



『ご伝言ですかぁ?』



 蜜柑色の服を着た小太りの精霊が姿を現した。



「ロートリング・カミータ、デイジー・ロミアム、ウルフール・ゼーラ、ゲンザン・グロウに同文の伝言を頼む」



『う~んと・・はいっ、伝言できますよぉ~』



「チュレックの他に、河から上がって来た奴等が居る。数は30以上50までは居ない。ただし、おそらく帆船にも入り込んでいる。速やかに後退、丘上の見張り砦に集合」



『承りましたぁ~。4件ですので、2000セリカになりまぁ~す』



「わかった」



『口座から引き落としになりますよぉ~』



「うん、良いよ」



『では、ご利用ありがとうございましたぁ~』



 蜜柑色の精霊が消えて行った。



「ユノン、行くよ」


 促すと、


「はい」


 円楯を手にユノンが頷いた。


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