第76話 お別れ?


「何やってんの?」


 俺は、チュレックの男達に声を掛けた。


 船乗り達が港の岸壁沿いに集まったまま出港する様子が無い。

 すでに、上陸用の小船が3艘、港の岸壁に浮かべられて点検を終えている。小船とは言っても1艘に20人は乗れる大きさがある。


「・・本音を言うと、ちと危ねぇんだ」


 初老の船乗りが代表して説明した。


「危ない?」


「元々、こんな小船じゃ、河の魔物を相手には出来ねぇ・・運に任せて漕ぎ下るしかねぇんだが・・空まで怪しくなってきやがってな」


「空・・?」


 晴れているようだけど?


「いや、風がな・・」


「風ねぇ?」


 そよそよと心地良いけどな?


「数日、様子を見させて貰えねぇか?」


「う~ん、良いけど・・」


 俺は、初老の船乗りの顔をまじまじと見た。

 背丈は180そこそこ、節くれ立った体躯はいかにも頑健そうだ。年齢からして、この水夫達の頭役なんだろう。


(・・チュレックとかいう国のお偉いさんかもな)


 さしたる根拠は無いが、そんな感じで見ている。


 他国からの姫君を迎えに来る船に、ただの水夫と傭兵しか乗っていないなど有り得ないだろう。


(女官とか言ってたけど・・)


 女達も、ただ者じゃない。


「・・数日待つと、何かあるのかな?」


 俺は青空を見上げながら訊ねた。援軍を呼ぶような素振りは無かったけど、何かの方法で救援を要請しているかもしれない。


 船団の生き残りが下流へ逃げ延びている。

 あの船がチュレックか、近くの国へ助けを求めた可能性はあるか・・。


 一応、大鷲オオワシ族に依頼して、上流側、下流側共に見張って貰っているけど、"鳥目"の関係で夜間は見張れていない。


(離れた所に上陸して、陸路で攻めて来る・・と、アズマ達の警戒網に引っかかるだろう)


 あのハーレムキングを褒めるのは腹立たしいが、二条松高校の生き残り達は、凄みのある強さを身につけている。あのアズマ達を出し抜いて陸路を攻め寄せるのは難しい。


(やっぱり河から・・?)


 俺は岸壁に並んだ3艘の船を眺めた。


「非常時に備えて予備の船を待機させてある。ここから下流側に3日ほどの場所だ」


 初老の男の口調がやや改まった感じになった。


「・・お名前は?」


「バロード・モンヒュールだ。チュレック王国の東域方面艦隊で提督をやらされている」


「提督さんか」


 お偉いさんだろうとは思ったけど・・。高い地位の人だよね?


「うちの王様からは、ガーナル王国の揉め事を押し付けられるのは鬱陶しいんで、適当なところで沈めるように言われていたんだが・・・護竜ガーディアンまで失ったとなると、ちと国には帰り難い」


「ふうん?」


 護竜ガーディアンというのは、あの山椒魚サンショウウオみたいな龍種のことだろう。


「とは言え、お前さん達とやり合って傭兵小僧のような末路を辿るのは御免だ。死ぬ時は、若い女の膝で老衰死と決めてあるんでな」


 ザウスの傭兵は、何度も投げ倒された上に、股間を蹴り潰されて悶絶死していた。あの時の声にならない悲鳴は、その場に居た男達の心胆を震え上がらせている。


「強がってみたものの、あんな小船で河の流れに乗るのは自殺するようなもんだ。お前さんが必要も無く我々を殺さないだろうと・・まあ、その辺に賭けてみよう思ってな」


「それで、どうすんの?」


「先に行った連中が助けを呼んだはずだ。それなりの数を揃えて船で迎えに来るだろう。無駄な争いが起こらぬよう入江の入り口に1隻浮かべておき、湾処に帆船が入るところで投錨させる。後は、我々を収容させて速やかに立ち去る。それまでの時間を与えて欲しいのだ。無論、こちらが不審な動きをしたなら攻撃してくれて構わん」


「まあ、お金払うなら良いよ?」


「・・む、しかし・・今は持ち合わせがな。積み荷の返却は望めぬのだろう?」


「魚のえさになる?」


「そうなると、我々には対価を支払うすべが無い」


「駄目じゃん」


「そこをなんとか、金銭以外の物で支払わせてくれぬか?」


「うわぁ、詐欺師の常套句きたぁ~」


「詐欺師は酷いな。まあ、国許では似たような事をよく言われたものだが・・」


「まあ良いや。10日間は無料にしよう。それを超えたら、1日1人ずつ魚の餌ね」


「10日もあれば十分だ。恩にきる!」


 チュレック王国の提督が頭を下げた。



****



「ねぇ、どうなってんの?」


 俺の前に、チュレックの提督以下、男達が座っていた。ずいぶん顔色が悪い。

 それもそのはず、約束の10日は昨日までだったのだ。


「俺、余裕のある日数をあげたつもりだったけど?」


「いや、その通りだ。十分な期間を貰ったはず・・だった」


「迎え、来ないじゃん」


「・・う、うむ・・風も悪くない。晴天続きだったのだが・・」


「船は、見えない?」


 大鷲オオワシ族のゲンザンを振り返った。


「見えませぬ。上流部に接岸を試みた小船は御座いましたが、我らが手を下すまでもなく、魔魚に襲われて沈みました」


「小船?」


 くと、即座にモンヒュール提督が首を振った。


「いや、待機させていた船は80人乗りと、120人乗りだ」


「ふうん?」


 なかなかの大型船らしい。その大きさの船を大鷲オオワシ族が見逃すはずは無い。


「そうした帆船は遠目にも確認されておりません」


「・・らしいよ? どうするの?」


 完全に期限切れである。


「その・・恥をしのんで頼みたい。どうか、部下達の命だけは・・」


 チュレックの提督が初めて見せる狼狽ろうばいした姿だった。


「対価はどうなるの?」


 とても重要な事なので確認した。


「・・・労働で」


 苦渋に満ちた表情でチュレックの提督が呻くように言った。


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