第72話 vs 龍種っぽい何か!


 はるかな高空からの落下からの・・雷兎の破城角、一角尖・・。


 タイミングが難しいが、この3つの組み合わせが決まると洒落しゃれにならない威力を発揮する。


 入り江の中央部、流れの緩んだ湾処わんど内が、いきなりの震動と爆風に見舞われてぜ散り、膨大な水が大きな水の壁となって走る。


 爆流は、投錨とうびょうして上陸準備をしていた帆船2隻、その直下に潜んでいた大型の龍種を巻き込んで岸へと打ち上げ、さらには丘へ続く斜面を呑み込んで行った。


(わわわ・・・)


 河水の津波が、もう少しで丘の向こうにまで達しそうに見えて俺はヒヤリと背をすくめた。


 しかし、ぎりぎりのところで、河水が勢いを失って港へと戻り始める。


(・・やばっ)


 今度は俺が水に流されてしまう。


 雷兎の瞬足・・。


 一時的に水が干上がった状態の河底、泥濘ぬかるんだ地面を蹴って大急ぎで本来の岸辺へと退散していく。途中で膝丈くらいまで引き水に浸かったが、なんとか岩場に辿り着いて、大岩の上へと避難できた。


(おおぅ・・)


 港を囲む丘陵部や崖などが、押し寄せた河水に洗われて運ばれた岩や土砂で覆われてしまった。横倒しで押し上げられた帆船の方は船の形を残している。上下がひっくり返って転がった帆船は途中で大破して粉々だ。


(・・あいつが龍種か?)


 俺は、崖に打ち付けられて転がっている大型の爬虫類っぽい生き物を見つめた。


 龍というより、山椒魚サンショウウオのような姿で、表皮はヌメヌメと粘って見える。見るからに毒々しい青紫をした皮に、黒い斑紋が散っていた。

 体長は15メートルほど、平べったい体型で体高は5メートル前後。失神でもしているのか、半開きにした大口には針のような細い牙がビッシリと剣山のように並んでいた。


 俺は話精霊を呼び出して、丘上のユノン達に伝言を依頼しつつ、山椒魚サンショウウオっぽい龍種に向かって走った。


 一角尖は使ったけど、カンディルパニックと雷轟を残している。模写技の1軍が2枚あれば・・。


(勝算は、低くない!)


 愛用の細槍キスアリスを片手にぐんぐん速度を上げる。


(うっ・・)


 まだ100メートル近くあるのに、龍種がブヨブヨと柔らかそうな巨体を動かし始めた。どうやら意識を取り戻したらしい。


 龍種から見て、俺は尻尾の側に居る。

 足音はほとんど立てていない。まだ気付かれていないはずだ。


(このまま行くっ!)


 行く手で、青紫の巨体が大きく揺すられ、白い蒸気のようなものが周囲へ舞った。


(・・毒?)


 それなら俺には効かないが・・。


「って・・ちょ、ちょっ・・」


 俺は慌てて踏ん張り、水で泥濘ぬかるんだ地面に尻餅を着いて止まった。


 強酸だ。


 山椒魚サンショウウオっぽい龍種の周囲が溶解し、白煙を立ちのぼらせている。


(おぅのぅ・・)


 尻餅を着いた俺に気付いたらしく、青紫の巨体が向きを変えた。巨体に似合わない素早さだ。

 イボだらけで何処に眼があるのか分からないような扁平へんぺいな頭部が俺の方を向く。右へ動けば右へ、左へ回れば左へ・・。

 正確に俺の事をとらえているようだ。


(ヤバい・・ヤバい・・ヤバい・・)


 泥濘ぬかるむ地面に足を取られながら大急ぎで移動する。

 龍種の後方で、尻尾が震えながら持ち上がっていた。俺の耳には、細かい震動音が聞こえている。なんというか・・歯医者で奥歯とか削られるような音だ。


 誰だって分かる。龍種が何かやってくる前兆だ。


(龍息か?)


 普通に考えるなら、開けた口から何かを吐き出してくるのだろう。龍帝の龍息なら回避不能、即死確定コースだが・・。


「う・・・ひゃ?」


 俺は細槍キスアリスを地面に突き刺して身を低くした。

 とんでもない風の流れが生まれて、龍種の方へと身体が流されそうになったのだ。


(バキューム? 吸い込んでんの?)


 石やら泥やら草やら木やら・・宙を舞って龍の口腔へと吸い込まれている。


 俺は、ほぼ身動きできない状態で、懸命に細槍キスアリスにしがみついて吸引に耐えていた。


 そして、不意に風が止んだ。


(ぉ・・?)


 どうやら息が続かなくなったか?

 そう思ったが、


「へっ・・?」


 ぴたりと止まった風の流れに、何やら嫌な予感を覚えて頭を抱えて身を伏せる。泥に飛び込むような格好だったが、汚れを気にしている場合では無い。


 直後に、激しい風音が鳴って息も出来なくなるような突風が襲ってきた。いや、風だけじゃない。吹き付ける風の中を、石やら泥やら草やら木やらが怖ろしい勢いで飛来し、辺り一帯を打ちつけ、穿うがち、えぐって抜けていく。


(吸い込んだ物を吐き出す技かよっ!)


 龍種の技を見破ったものの・・。


 ただの石や岩も、この速度で飛来したら銃弾と変わらない。事実、その辺の石に当たって火花を散らせたり、砕いたりしているし・・。あれが俺の頭とかに当たったら、それはもう潰れたトマトのような・・アレだろう。


「ぃだっ! ちょ・・いつまで吐いてんのっ!」


 小さな枝やら小石やらに肩やら脇腹やらを擦過さっかされて、裂傷から打撲まで増えていく。


(これって、本当は水を吸い込んでやる技かも・・)


 身体のあちこちが痛む中、とにかく他の事を考えようとしてみるが・・。


(もう止めてっ・・許してぇっ・・勘弁してよぉ!)


 泥溜まりに顔を突っ込んだまま、潰れた蛙のような格好で頭を抱えて祈っている。

 このまま永遠に続くんじゃないかと不安にかられる中、


(・・止んだ?)


 風圧が消えた事に気がついて、俺は泥まみれの顔を持ち上げた。


「あ・・」


 そこに、牙の並んだ大きな口が迫っていた。

 まだ20メートル以上も離れていたはずなのに、一瞬にして距離を詰めて来ている。鈍重そうな見かけからは想像できない敏捷な奴だった。


 一角尖が無い今、巨体を物理的に押し戻す技は無い。


 強酸を噴出するような奴の近くに寄りたくない。


 だけど、もう覆い被さらんばかりに巨大な口が迫っている。


(・・駄目じゃん)


 俺は色々あきらめた。



 雷轟っ!



 針のような牙がビッシリと並んだ口に包み込まれながら、俺は模写技を発動した。


 雷撃が効かなければ喰われて死ぬ。


 仮に雷撃が効いても、弾みで龍の口が閉じてしまうと牙で貫かれて死ぬ。


(おお、神よ・・・なんちゃって)


 雷撃の渦が周囲を灼き払う中、俺は胸の前で手を合わせて祈っていた。久しぶりの、命のスペアを使った戦いになりそうだ。

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