第71話 兎爆雷


「撤収っ! 急いで! 丘上の見張り小屋まで移動します!」


 デイジーが大鷲オオワシ族に声を掛けながら、港に設けた診療所から飛び出した。負傷者を他の大鷲オオワシ族が支えて運び出すと、1人の負傷者を2人が左右から抱えて低空へと舞い上がる。2人、3人・・と負傷者が運ばれるのを見送って、デイジーも全速力で丘へと続く道を走り始めた。


「デイジー殿」


 ウルフールが追いついて来て併走する。


「皆さんは?」


 走りながらデイジーがく。


「すでに、待避されています」


「・・せっかくの診療所だったのに」


 走りながら自分の肩越しに遠ざかる白壁の小屋を振り返る。


「帆船はいかりを打ったようです。小舟を降ろして上陸してくるのでしょう」


「岸際でも20メートル近い水深がありますから接岸できそうですけどね」


「乗り込まれる危険を考えたのでしょう」


 2人は軽く言葉を交わしながら、丘の上まで駆け上がった。


 すでに、大鷲オオワシ族、ユノンやロートリングが勢揃いしている。


「手当の続きをやります。先ほどの負傷者を・・」


 白布を取り出して地面へ敷きながらデイジーが声を掛けた。

 すぐさま、大鷲オオワシ族の数人が手助けをして敷かれた布上に負傷者を寝かせていく。


「コウタさんは?」


 デイジーが薬品の準備をしながらユノンにいた。


「上です」


 ユノンが空を指さした。


「・・上?」


 デイジーが上を見る。

 見事に晴れ渡った青空に、白い雲が流れている。まだ太陽が中天に近く、見上げるのも辛いほどの日差しだった。


大鷲オオワシの人達に抱えられて空へ飛んで行きました」


 ロートリングが言った。


「空に・・」


「龍を捕まえるとか何とか・・」


「龍種が来たのですか?」


 デイジーが慌てた顔で港の方を振り返った。


「水中のことなので、あれが龍種かどうかは・・ただ、帆船と同等の大きさをした生き物がいるのは確かです」


 手当を受けている大鷲オオワシ族の男が言った。


「そのような大きな生き物を相手に・・2隻の船には大勢の護衛が乗っているでしょう? コウタさんはどうするつもりなのでしょう?」


 デイジーがユノンを見た。


すると言っていました」


「・・みずあげ?」


 デイジーが首を傾げた時、


「ぁ・・」


 ユノンが小さく声を出した。



 はるかな上方、白い雲を突き破るようにして、豆粒のような人影が落下してきた。


 2隻の帆船が投錨とうびょうし、巨大な生き物が水中で寄り添っている・・港湾の直上である。


「ユウキ殿を落としたのですかっ!?」


 ロートリングが近くに居た大鷲オオワシ族の男に厳しい視線を向けた。


「い、いえっ・・ゲンザン様に限って、そのような」


 男が狼狽うろたえて首を振る。


「コウタさんの指示だと思います」


「ユノンさん?」


「あの方法で、奴隷狩りの協定の場を粉々にしたと・・コウタさんから聴きました」


「・・ああっ、あれですか!? きっ・・危険です! 防塁を・・い、いえ・・魔法で防壁を! 衝撃波が来ます!」


 デイジーが大慌てで呪文の詠唱に入った。その剣幕につられ、ロートリングも急いで魔法を唱え始めた。


「斜面を昇った衝撃波は、斜め上方へ吹き抜けると思います。身を低くしてやり過ごせば大丈夫です。飛び上がると死にますよ?」


 ユノンが大鷲オオワシ族に声を掛けた。

 頷いた大鷲オオワシ族がユノンやデイジー、ロートリングをかばう位置に移動して地面に身を屈める。


 直後、



 ドッドォォォォォォーーーン・・・



 重々しい衝突音がして、足下に揺れが伝わってきた。

 すぐに、その震動を上塗りするように激しい物音と揺れが襲ってくる。


 覚悟をしていても思わず背をすくめさせる不気味な地鳴りが響き渡り、続いて、大気そのものが軋むような異様な音が聞こえた。


「船が・・」


 誰かの呆然とした声が聞こえた。


 その声に、ユノンやロートリング達が身を伏せたまま顔をあげる。


 それぞれ、眼と口を大きく開いて固まった。


 衝撃波によって持ち上げられた湾処わんど内の河水が大きな波となって丘めがけて駆け上がって来ていた。

 その波が帆船を陸上へと押し流し、丘へ続く斜面を滑走させている。もう一隻は逆さまに転がってマストを折られ、草地を削りながら途中の岩場に突き当たって大破していた。



『ユノン様ぁ~、コウタ様から伝言ですぅ~』



 唐突に、蜜柑みかん色の服を着た精霊が出現した。



「えっ・・あ、はい」



大鷲オオワシの人と協力して船に乗っている人間を捕まえて。加護持ちの危ないのが居るだろうから気をつけて・・・以上になりまぁ~す』



 蜜柑色の精霊がにこやかにお辞儀をして消えて行った。



「・・ゲンザンさん、聞こえました?」


 ユノンが大鷲オオワシ族を率いている筋骨逞しい男を見た。


「しかとっ!」


 ゲンザン・グロウが猛った表情で頷いた。


 すぐさま、配下の者達を見回すと、


「聞けいっ! 我ら、攻めの一翼、これより打ち上げられた帆船の拿捕だほへ向かう! 相手に加護持ちがおるかも知れぬ。各々おのおの油断するなよ!」


 野太い声で命令を発し、水が退き始めた丘の斜面を尻目に空へと舞い上がった。続いて、次々と大鷲オオワシ族の男達が空へ飛ぶ。


「私達も参りますか?」


 ロートリングがユノンを見た。


「はい。まず、向こうで大破した方の船から調べます。デイジーさん、ウルフールさんも同行して下さい」


 ユノンの指示に、全員が力強く頷いた。


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