第70話 河の関所


「どうだった?」


 俺は家に戻ってきたロートリングにいた。丘向こうの高台から河面を監視していたのだ。


「15隻の船団です。すでに3隻が煙をあげています」


 どうやら、大鷲オオワシ族から応援に来たゲンザン・グロウと手勢100名が上手くやったらしい。

 船の上空から先錘のやじりのような物を箱ごといて降らせ、混乱する船上に油壺を投下して火矢を放つ。

 今回は、どの程度有効なのかを実戦で試しているところだ。


ワシの人に被害は?」


「低く飛んで舵棒や舵輪を狙った者が矢傷を負ったようです」


「・・ふうん」


 なんで、そんな危険を冒すかな・・。何かしら別の戦い方を試しているんだろうか?


「いずれも軽傷のようでした」


「船の方からは、どんな攻撃が?」


「5隻の帆船に、魔法を使える者が13名、弓の達者な者が4名・・1隻だけ、魔法を防御する魔導器が設置されていました」


「ほほう・・その魔導器は欲しいね・・っと」


 俺の耳が、遠くで鳴る鐘の音を拾った。


みさきのウルフールだ。2隻がこちらの湾処わんどへ入って来るらしい」


 お試しの作戦だったが、ここまでは上々の流れだ。



「話精霊カモン!」



『ご伝言ですかぁ?』



 蜜柑みかん色の服を着た小太りの精霊が現れた。



「ゲンザン・グロウに伝言よろしく」



『う~んと・・あっ、発見しましたぁ。伝言できますぅ~』



「負傷者をデイジーの診療所へ。そのまま港上の見張り小屋で待機。合図を待つように」



『承りましたぁ~。代金は500セリカになりまぁす』



「わかった」



『口座から引き落としになりまぁ~す』



「オッケー。もう一件お願い」



『どなたですかぁ?』



「ウルフール・ゼーラ」



『う~ん・・あっ、居ましたぁ! 伝言できますよぉ~』



「2隻が湾処わんど内に入ったのを見届けてから、デイジーの診療所の護りに加わるように」



『承りましたぁ~。代金は500セリカになりますぅ~』


「はいよ」



『口座から引き落としになりますぅ』



「了解」



『では、ご利用ありがとうございましたぁ~』



 蜜柑色の精霊がにこやかにお辞儀をして消えて行った。



「さてさて・・」


 俺は、ユノンとロートリングを見た。


 ロートリングは細目の鎖帷子チェインメイルの上から、外套を羽織っている。武器は弓と細剣だ。


 ユノンはいつもの黒ポンチョ。本人いわく、下に鎖帷子チェインメイルを着ているそうだが・・。こちらは、小さな円形の楯を左手に着けているだけで、これといって武器を持っているようには見えない。まあ、楯の裏側に、釘みたいな針が隠されているのは知っている。


(まだ上陸されていないから、デイジーの診療所は大丈夫だろう)


 デイジー自身も、あれでなかなかに強い。戒律で刃物を武器として使用することを禁じられているため、剣や槍は使えないが、背丈くらいの棒を使っての自衛はやれる。


(船を調べる間くらいは頑張れるだろう)


 この近辺は、港町の他は切り立った断崖が続く。崖上がけのぼりの名人でもなければ、よじ登って背後に回り込まれるような事は無い。


「それにしても、15隻というのは多いです」


 ロートリングが首を捻っている。


「そうなの?」


「私も外のことは詳しく知りませんが・・・大型の帆船はとても高価な物で、建造には年単位で時間が必要になると・・曾祖父から聴かされたことがあります」


「・・なるほど」


 そう言われてみると、大きな船をほいほい購入できるような人は少ない気がする。水夫達にしても無賃では雇えない。護る傭兵のようなのも連れているだろうし・・。


(あれっ?・・これって、積荷よりも船の方が高価なんじゃ?)


 もしかして、船を手に入れた方がお金になる?


 俺が難しい顔で考え込んだ時、文字通りに風を切って大鷲オオワシ族の男が飛んで来た。


「御大将に伝令っ!」


 鋭い声と共に地面に片膝を着いて低頭する。


「・・どしたの?」


 ボク、耳が良いから、そんなに大きな声を出さなくても・・。


「はっ! 湾処わんどに入った2隻を追って航行する、奇妙な影が目撃されました!」


「奇妙って・・どんなの?」


「上空から視認したところでは・・その・・水中を龍種らしき影が追って来ているようです!」


「なんだってぇぇぇーーー・・・って、龍種は龍帝には近寄らないんじゃなかった?」


 俺はユノンとロートリングを振り返った。


「龍のことは分かりませんが・・その2隻を襲わずに追って来ているということは、飛竜ワイバーンと同じく、飼われているのかもしれません」


 ロートリングが言った。


「・・なるほど」


 護衛役として、水中を泳ぐ龍を飼っているわけか。確かに、頼もしい護衛だろう。と言うか、龍種って飼えるの?


「水中に潜っているため、上空からの落下物が届きにくく・・何より、油壺や毒壺の効果が望めませぬ。至急に、ご指示を仰ぐようにとグロウ様より命じられて参りました」


 2隻の帆船は、大鷲オオワシ族の攻撃で損傷して港湾内の水流の緩やかな場所へ避難してくる。その後ろを水中から追尾してくる巨大な龍種っぽい生物がいる。


「他に似たような船とか、生き物は?」


「おりませぬ。他13隻は対岸寄りへ航路を転じて流れ下っております。3隻は傾きが大きく、あるいは沈むやもしれませぬ」


「よし・・急いでゲンザンを呼んで来て」


「はっ!」


 大鷲オオワシ族の伝令が素早く身をひるがえして駆け離れると、背の翼を拡げて宙へと舞い上がった。


 予定を大きく変更しないといけない。


「話精霊、カモン!」


 俺は課金制の魔法を唱えた。

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