第69話 大鷲 vs 兎


 もう意味が分からん。


 ロートリングの案内で、大鷲オオワシ族の住んでいる森奥の岩山に来た。そこまでは良かった。


 とにかく色々と脅されていたので、懸命に話し合いで収めようと頑張ったのに・・。


 大鷲オオワシは戦闘部族だの、勇ある者にしか従わないだの・・ギャーギャーと騒ぎ立てた挙げ句に、長同士の一騎打ちを受けないのなら、連れの女を見せしめになぶり殺すだのと無茶なことを言い出す始末・・。


 ここまで挑発されて、笑顔でられるほど穏やかな男の子では無い。


 もう、がっつり挑発に乗って、大鷲オオワシ族の族長との一騎打ちに突入していた。


 そうしたら、これがもう笑うくらいに面倒臭い。

 というより、俺の攻撃が届かない。


 身の丈は3メートルほど。肩幅のがっちりとたくましい筋肉隆々たる巨漢が、大翼を拡げて空を飛んでいる。


 何をしてくるかと思っていると、強烈な突風をぶつけてきたり、小さな竜巻のようなものをぶつけてきたり、その強烈な風に麻痺針パラニードルを潜ませて打ち付けてきたり・・。


 俺の細槍キスアリスが届かない距離を保ちながら延々と飛び回って攻撃してくる。


(身体は大きいのに、やる事は小っちゃいなぁ・・)


 こんな奴等を味方にして何か意味があるのかな?


 戦いが始まって10分。


 俺は、ここに来たことを後悔し始めていた。

 もしかしたら、とんでもない無駄足だったのでは無かろうか。


(これ・・族長さんを仕留めた後に、残りの連中が一斉に襲ってくるかもなぁ)


 吹き付けてくる突風を適当に避けながら、俺は決闘の場を囲んでいる連中の頭数を数えていた。


 ざっと見えるだけで、90人。


 ユノン達が居るから、引きつけて雷轟を使う訳にはいかないし・・。


(死なないくらいに加減しておかないと駄目か・・)


 丈夫そうに見えるけど、ちょっと蹴ったら死にましたぁ・・とか困ったことになる。


(う~ん・・使いたく無いけど)


 普通の攻撃を見せつつ、嫌がらせ的な弱体技で追い込む方が安全かもしれない。


 チャドク針・・思い出しただけで心胆が震え、身の毛もよだつような状況の中で習得した荒技だ。


(俺の数少ない飛び道具・・)


 飛ばすというより包むといった感じで、狙う相手に約10メートルの距離まで近寄らないといけない。

 対象物を中心にした5メートル四方の立方体の内側を、すべての毒針毛で埋め尽くすという技だ。びっしりと埋め尽くす毛虫の幻影まで見えるという究めっぷりの技だった。毛虫が発生する時間は5秒間。


 模写元は、毛虫の魔物だ。

 普通の毛虫じゃ無い。

 効果は即効性があり、2、3秒後くらいから狂ったようなかゆみに襲われ、刺された部位が真っ赤にれ上がり、目眩めまいが起こり、ひどく頭痛がする。そして、この症状は三日三晩継続する。薬は効かない。


(・・謝るなら今の内ですよぉ?)


 俺は、得意顔で何やら馬鹿にしたようにわらいつつ突風を放っている大鷲オオワシ族の族長を見上げた。


 できるなら穏便に事を収めたい。

 ちゃんと理性的に話を聴いてくれるなら、こんなトラウマになりそうな技は使いたくないのだ。


「くくくっ・・どうした小さいの! こちらが空では何も出来ぬのか? 女のような面をしおって、森の奴等が気をかせて男妾だんしょうでも送ってきたのかと思うたぞ!」


 大鷲オオワシの族長が下卑げびた声で言い放ち、高らかにあざけわらった。


(・・ギルティ)


 俺の双眸が絶対零度アブソリュート・ゼロに冷えた。

 俺の怒りは青天井だ。


 魔兎の宙返り・・


 龍帝エンペラードラゴンから貰った技を使った。

 智精霊から説明を受けるまでは、技の名称からして俺が宙に跳ぶんだろうと思っていたが・・。


 この技は距離50メートル以内の対象物と自分の位置を入れ替える。対象が大き過ぎると不発で終わるが・・。


「・・・お?・・ぶっ!?」


 唐突に地面近くに移動させられて大鷲オオワシの族長が顔面から地面に激突した。


 代わりに、宙へ出現した俺が足下に族長の姿を見ながら落ちて行く。


「・・貴様は調子に乗りすぎた」


 立ち上がったものの、状況が飲み込めずに視線を左右させている大鷲オオワシ族の族長が、はっ・・と慌てた顔で振り仰いだ。


 ・・射程。


「チャドク針っ!」


 無慈悲な声と共に悪夢の模写技が放たれた。


 空へと舞い上がろうとしかけていた大鷲オオワシ族の族長が、ビクン・・とるように動きを止めた直後、前触れも無く大量の毛虫が発生して空間を埋め尽くした。


 わずかに離れた位置に着地するなり、


 ・・遁光術


 月光の女神から授かった技を発動した。


 こちらは忍者のアレ。空蝉うつせみっぽい幻影術だ。

 身代わりになるしろを準備する必要があるが・・。



 ゥキィィィィアァァァァァァァ・・・



 図体の割に甲高い絶叫を放ちながら、族長の巨体が狂ったような勢いで飛び出してくる。血走った猛禽もうきんの眼で俺を捉えるなり、両腕の爪を真っ赤に輝かせながら棒立ちの俺めがけて掴みかかって来た。


 だが、突っ立っていた俺は、いわゆる幻影である。

 この遁光の幻影が優れているのは、族長の光る爪で捉えられて引き裂かれ、苦悶の形相でたおれる俺の様子がリアルに展開される点だ。

 大鷲オオワシの族長はしっかりと肉を裂いた手応えを感じたはずだ。

 もっとも、全身を襲うかゆみで、それどころでは無いだろうが・・。


 俺は、狂ったように地面を転げ回り、声をあげ、所構わずき散らして悶える大鷲オオワシの族長を、やや離れた場所で眺めていた。


 慈悲は無いのだ。


 吐いた暴言に対する謝罪と賠償を行った後、初めて俺達は対話のテーブルにつける。今は駄目だ。


「俺は伸び盛りなんだ! これから身長だって伸びるんだ! それから、俺は男に興味はナッシング! 女の子が好きなんだ! 覚えておけっ!」


 まくし立てるなり、真珠色の細槍キスアリスの石突き側で大鷲オオワシの族長を殴りつけた。重たい打撃音が鳴って、身の丈3メートルはあろうかという筋骨隆々たる巨体がぐったりと動かなくなった。



「コウタさんを侮辱ぶじょくした結果です。皆さんも軽はずみな発言は止した方が良いですよ?」


 冷静なユノンの解説に、デイジー、ロートリング、ウルフールが真っ青な顔で小刻みに頷いて見せた。


「乱戦になるようでしたら、全員でコウタさんから距離を取りましょう。雷撃に巻き込まれます」


「・・分かりました」


「はい」


 ロートリングとデイジーが頷いた。


「どの程度の距離を取れば?」


 ウルフールの問いに、


「通常の魔法と同じ距離です」


 ユノンが答えた。そのスミレ色の瞳は、コウタの一挙手一投足を見つめて揺るがない。ユノンは雷轟を見ている。到達範囲は感覚的に理解していた。



(さすが、ユノン・・)


 話す声が俺に聞こえることを理解した上で、ああやって俺に伝えているのだ。


(さあ、どうする?)


 大鷲族の族長は地面で意識不明のまま痙攣けいれんしている。


 取り巻いている連中は、まだ動きを見せていないが・・。


「・・・次は私が相手をしよう! 次期族長として、すでに跡目の印可を授けられている!」


 地面に転がる族長と同じように、筋骨逞しい大柄な男が進み出た。いくぶん、鷲顔を彩る羽根の具合が若い感じだろうか。


「族長でも無い者が、俺の前に立つ資格など無い!」


 俺はきっぱりとお断りした。


 しかし、


「問答無用っ! 参る!」


 何やら勝手な事を言いながら、地面を蹴って舞い上がろうとした。

 そこを狙って、


 魔兎の宙返り・・


 今度は2メートルも飛べていない位置での逆転だ。尻餅を着くように地面に落ちた大鷲オオワシ族の若者と入れ替わり、俺は2メートル上から細槍キスアリスを振り下ろした。


 咄嗟とっさの動きで、剣を抜き打って受け止めたのは立派だったが、なにしろ体勢が悪い。


 雷兎の蹴足・・


 剣で俺の細槍キスアリスを受け止めた大鷲オオワシ族の若者が、腹部へ爪先を蹴り込まれ、くの字に身体を折って転がる。


 俺は真珠色の細槍キスアリスを手に、若者を追って前に出た。


「お待ち下さいっ!」


(またかよ・・)


 制止の声をあげた男をうんざりしながら見る。


「我らが敗北に御座います!」


「族長はそう言っていない」


「しかと・・見届けて御座います。この場の誰も・・異を唱えますまい」


 そう言いながら前に進み出てきたのは、これまでの2人とはタイプの違う、横幅のがっちりとした・・しかし、背丈はそれほどでも無い、たるのような体格をした男だった。


 鷲顔に深々と無惨な傷があり、どうやら片目が潰れている。鷲顔からは年齢が推察できないが・・まあ中年かな?


「名前は?」


「これは、失礼いたした。我は、ゲンザン・グロウ。攻めの一翼を担っておりまする」


 男が神妙な様子で地面に片膝かたひざを着いて頭を下げて見せた。それがどういう意味を持つのか・・小声でざわめいていた他の男達が静まり返った。


「俺は、コウタ・ユウキ。頼み事があって、ここに来た。受ける受けないは、そっちの自由だから、まずは話を聴いて欲しい・・んだけど、族長があれじゃあねぇ」


 俺は嘆息混じりに言って、地面でのたうち回って悲鳴を上げ続けている鷲顔の大男を眺めた。


「族長と護りの一翼が倒れておりますが、我を含めて攻めの四翼、護りの三翼は健在です」


 ゲンザンという男が言うと、それらしい面々が進み出て同じように片膝かたひざを着いて並んだ。


「話を聴いて、族長に伝えるくらいはお願いできるのかな?」


「無論です・・が、族長はどういう状態でしょうか?」


「ひたすらかゆい、気が狂いそうなくらいに身体中がかゆいと思う」


「・・かゆい? 痛いわけでも無く、ただかゆいと?」


 ゲンザンの横で膝を着いている、少しせて背丈のある男がいてきた。


「そう、ただかゆいだけ。ただし、あのかゆみが3日くらい続くからね」


「あの状態が3日ですか・・」


 ゲンザンが軽く瞠目どうもくしつつ呟いた。


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