第67話 ゴロゴロ?


御大将おんたいしょう・・」


 低くささやく男の声に、俺は小さく右手を挙げて応えた。


 距離にして80メートル、岩の陰に鬼人族がうずくまるようにして隠れている。さらに離れて100メートルの位置にいる森の民エルフが、


「コウタ殿」


 ささやいた声も聞こえた。


 すぐさま手を挙げて見せる。


「コウタさん」


 デイジーの声は150メートルの彼方かなたから聞こえていた。


(男の声が聞こえ難いな・・一番、近いんだけど)


 逆に、女性陣の声はよく聞こえる。


 いや、決して、女の子の声だけを聞き取ろうと頑張っているわけじゃ無い。ちゃんと公平に耳を澄ませている。鬼人のウルフールの声と、デイジーの声が同じくらいのボリュームで聞こえた感じだった。


(ふむ・・)


 傍らに控えているユノンに、その事を告げ、すぐさまユノンが備忘録に記入する。


 ただ今、俺の身体能力の検査中だった。

 いわゆる聴力測定というやつだ。


 風下、風上に位置を変え、低い声やら高い声、ささやき声の大きさを変えて貰いつつ調べていた。


 なお、ウルフールは我が家の使用人になっていた。

 損壊した家屋の修理が終わるまで手伝えと言ったら、家の修理が終わった今になっても立ち去る気配が無い。まだ、森の民エルフに未練があるのかと思ったが、そんな感じでは無い。まさか、ユノンやデイジーを狙っているのかと疑ったが、それもどうやら違う。デイジーの治癒魔法によって、損壊した身体の部位は完治しているので、一応の警戒はするよう女性陣には伝えてあったが・・。


「元より、長の決定に背いた以上は、部族の元へは戻らぬつもりで出て参りました」


 婚姻話の破談は、エルフの長の側からの申し入れだったが、鬼人族の長も快く受け入れた話だったらしい。1人、ウルフールだけが不満に思い騒ぎ立てたという事だ。


 押し問答が面倒になって、好きにしろと言ったら、本気で居座ってしまった。


「私も帰る場所は御座いませぬ。どうか、この家に置いて下さい」


 森の民エルフ、ロートリングも居座った。


「・・馬鹿なの?」


 思わず言った俺の言葉によって、しばし揉め返したが、結局のところ、行き場が無いというのは本当らしく、最終的にはユノンとデイジーまで一緒になって応援団になり、とうとう泣き落とされてしまった。


 そういうわけで、港町の家ベース・キャンプには、俺、ユノン、デイジー、ロートリング、ウルフールの5人が暮らしている。


 エルフの長に頼んで、かなり高い石積みの基礎を造った上に、広々とした2階建ての小屋を建てて貰った。

 何しろ、曾孫ひまごを押しつけられた形だ。そのくらいはやって貰わないと困る。


 大きな建物になった。10の個室と2つの客間は2階に、1階と地下階にはダイニング、キッチン、リビング、食糧庫、調剤室、医務室、祈りの間、裁縫室、鍛冶場・・各人の要求を森の民の職人達が形にしてくれた。



「今日はどうします?」


 ユノンがいてくる。


 まだ昼前だ。


「河岸に沿って北側を見に行こうか」


 ここから北へ大河をさかのぼると、ちょっとした河の流れ込みがあり、その河を遡って行くと樹海へ続く渓谷になる。


 昨日は一日をかけて下流側を見に行った。巻き貝の魔物を退治したり、変わった水草を手に入れた。


 ここのところ、連日のように5人で一緒に動き回っている。ユノンは誘って連れて行くけど、他の人は自由にして貰って良いんだけどな・・。


「谷に行くならお弁当を作りますね」


「うん、良いね」


 ユノンと話しているところへ、


「コウタ殿、今日も出掛けるのですか?」


 ロートリングがやって来た。


「上流を見回ろうかと・・」


 言いかけて、俺は口をつぐんだ。


(何か・・聞こえた?)


 音の正体が気になって周囲へ視線を巡らせる。

 その視線が空へと向けられた。


「鳥・・?」


 指さす方向に、鳥のような飛影が幾つか浮かんで見えた。大河の向こうから・・方向からすると北部から飛来したのかもしれない。


「あれは竜騎士、センテイル王国の飛竜騎士団です」


 デイジーが呻くように言った。500騎ほどの飛影が雲間を突き破るようにして次々に降下してくる。


「森を狙ってる?」


「・・飛竜ワイバーンから油壺を落として火をかけるか、毒を入れた袋を落として攪乱かくらんするというのが一般的な攻撃方法です」


「えっ?・・火とか吐くんじゃないの?」


 俺の中では、竜騎士というのは、飛竜ワイバーンに炎を吐かせ、急降下してから槍で攻撃する・・そんな感じなのだけど。


「それは龍帝エンペラードラゴンのような限られた古代龍だけです」


 デイジーが呆れ顔で言った。


 なんか、むかつく・・。


「通常は、地上の騎馬兵や歩兵との連携をとるのですが・・」


「・・神樹へ直接乗り込むつもりなのでは?」


 ロートリングが切れの長い双眸をすがめるようにして言った。


「レーデウスにシンギウス・・あの2人って強そうだったけど?」


「はい。あの御方達が護る神樹は、あの程度の数ではどうにもなりません」


「ふうん・・」


 ロートリングの声を聴きつつ、俺は飛竜騎士達に眼を凝らした。全身甲冑フルプレートの人影が、長い槍を手にして飛竜の首の付け根にまたがっている。鞍には、壺や革袋が吊り下げられていた。


(つまり・・爆撃機? ヘリコプター?)


 矢が届かない上空から、油や毒を降らせて去って行くわけか。城攻めとかやったら強いだろうな。


「龍帝の領域には野生の飛竜ワイバーンですら寄り付かないのに・・」


 ロートリングがいぶかしげに首を捻る。


「センテイルでは、戦闘時には飛竜ワイバーンに興奮薬を食べさせるそうです。薬物で本能的な恐れを抑え込んでいるのでは?」


 薬によって、龍種の本能を抑制しているかもしれないと・・デイジーが言う。


 その時、


(おやぁ・・?)


 妙な音が聞こえ始めた。


「ごろごろ?」


 俺は、ユノンを振り返った。


「ごろごろ?」


 ユノンが小さく首を傾げる。彼女には何も聞こえないのだ。


「ごろごろ?」


 俺はデイジー、ロートリング、ウルフール・・と視線を巡らせた。


「・・ごろごろ?」


 3人とも、俺が何を言い出したのか分からずに首をかしげた。


 直後、



 ゴゴオォォォォォォォーーーーーーーー



 遙かな高空で、思わず背をすくめたくなるような轟音が響き渡った。


(おぅ・・)


 膨大な雷光の束が右から左へ、一瞬の輝きを残して、500騎の飛竜騎士をぎ払って抜けていった。


 すべての飛竜が煙をたなびかせて地上へ落ちていく。


「あいつ、デカいだけじゃないね」


 俺は巨龍が居るだろう大空を振り仰いで呟いた。耳ほど眼が良くないので、はっきり見えないが・・。龍帝エンペラードラゴンという呼称は伊達じゃ無いらしい。


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