第65話 ハーレムキングのお下がり?


「ええと・・・?」


 俺は珍しい来客を前に首を傾げていた。


 最近は、樹海の北の外れ、奴隷狩りの基地になっていた港町跡地に小屋を建てて貰って、ユノンとデイジーと共に寝泊まりをしている。倉庫とか燃えちゃったため、まともに住める家屋が無かったのだ。


 この港は重要拠点だ。帆船で大河を下って来るなり、遡上そじょうして来るなりしても、強い流れの中で投錨とうびょうしても停泊は極めて困難になる。おまけに、大河には魚系、蜥蜴系、蛇系の魔物が多く、しかも強い。船足を緩めることは、そうした魔物に狙われやすくなるため、ただいかりを打って船を停めれば良いというわけではない。


 安全な上陸をするためには、湾処わんど状になった場所を魔導の結界で護った場所が必要となるが、大河の上流側、下流側共、馬の速度で3ヶ月以内には大型の帆船が寄せられる深度の淵は無く、湾処わんど状に流れが緩む箇所も無かった。

 つまり、俺が居座っている港町跡が、近隣では唯一無二の優良上陸地点であり、俺達がこの港を占拠している限り、奴隷狩りなどをしても大人数を運び出すには陸路を荷馬車をつらねて移動するしかなくなる。しかし、陸路となると獣人達が追いすがって来て消耗戦を強いられるし、大がかりな護衛団を組織しなければならない。


「・・なるほど、よくこれだけ条件の良い場所を見つけたな」


 感心したように言ったのは、二条松高校の2年生、アズマである。


「なにしに来たの?」


 ちょうど昼下がりで、そろそろ周囲の見回りにでも行こうかと考えていたところだった。湾処わんどの入口にある結界魔導器を回収したため、大河の魔物が湾内に入り放題、上陸し放題なので、ちょいちょい間引きに出かけなければならないのだ。


「いや・・しばらく話せていなかったからな。情報の共有が出来ればと思って来た」


 アズマが連れている女性陣を振り返りつつ言った。

 本郷ホンゴウを筆頭に、怪しからんくらいの美人女子高生がずらりと並んでいる。


(おかしいよな・・)


 どうやったら、美人の人口密度がここまで上がるのか? いったい、どんな高校なんだ? 二条松ってモデルしか住んでないの?


 実に信じがたい・・。


「我々の動き方を不審に思い、距離を取られているのは理解している」


 アズマが言う。


 うん、そんな喋り方する高校生とか、俺の周りにいませんでした。いったい、どこの御曹司おんぞうし様なんですかねぇ?


「我々の側も、結城の行動については不審に思ったこともあった。いや、全員では無い。我々の中でも、それぞれ意見は違っていて、結城を信じるという者も居た」


「ふうん・・」


「だが、どうしてもな・・気を悪くしないで欲しいんだが、得体が知れない・・違った存在に思えてならない」


「・・俺が?」


 どう見ても、二条松の皆様の方が違った存在なんですが?


「結城が使う技・・あれは、どうやっても我々には得られないものだ」


「ああ・・」


 模写ね。まあ、そうだろうね。でも、あの技は魔法の代わりだからね? おまえらが、バンバンやれる魔法の代わりなんだよ?


「身体能力の高さも、ちょっと異常に見える」


「いや、俺、弱っちぃよ? むしろ、高校男子の平均下回ってるけど?」


「馬鹿を言わないでくれ。以前、森の洞窟で猿人と渡り合ったのを覚えているか? あの時のお前は完全に人間離れしていたぞ?」


「・・まあ、そういう面はあるかもしれないけど」


 神様が合気の技を極めさせてくれちゃったので・・。素人に毛が生えた程度の部活員が、いきなり達人を超えちゃってるし・・。兎シリーズの俊足と蹴り足と耳があるし・・。細槍キスアリスを握れば、槍の達人になるし・・。


「最初は、さほど差を感じなかったが、このところの結城の成長速度は異常だ」


「おっとっと・・」


 成長とか禁止用語タブーよ? 喧嘩売ってんの? ちょっと俺より20センチ以上も上に顔があるからって、いきなりの決闘申し込み? 受けて立ちますよ? 悲しいけど、俺1センチも伸びてないからね? 成長ナッシングだからっ!


「・・何か誤解をされているようだが・・・急激に強くなったのは事実だろう?」


 アズマが少し困った顔で言った。


「そう?」


 兎の毛皮とか身に着けたから? 確かに、流れ矢くらいでは死なない感じになったけれど。


「恐ろしくなった」


「・・・ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」


 むしろ人助けばかりやっていますよ? 柄にも無く・・。


「我々は・・こちらの世界に来て、いつも狩られる側だ。女子はみんなひどい目にった。俺も・・そうだ」


「あぁ・・まあ・・そうだね」


 色々と目撃しているけど、ここは忘れてあげるべきだろう。


「本音では、誰も信じられない・・信じるのが怖い」


「そりゃあ・・無理も無いか」


 いきなり異世界に飛ばされて、流人だとか言われて森へ追いやられ、同じ学校の同級生に売られ、奴隷商には酷い扱いを受け・・。

 確かに、人間不信におちいるのも不思議じゃ無い。


「まあ・・色々あって、誰も信じられないと・・そこまでは分かった。それで?」


「頼みたい事があって来た。ただ、その前に・・・これは、本郷ホンゴウ上条カミジョウから言われたんだが・・まずは結城に謝罪をしたい」


「謝罪?」


 プライドの塊のような眼鏡の鉄面皮が、何やら似合わない事を言っている。


「村で・・俺達はおまえに矢を射て、魔法で命を狙った」


「ああ・・うん、そうだったね」


 あれは怖かったな・・。弓矢の脅威を肌身で感じた事件でした。


「その後、上条カミジョウ達を助けてくれ、ここに居る皆を助けてくれたのに・・・気を失っていた結城を助けず、坂本サカモトが剣で刺すところを傍観ぼうかんした」


 坂本サカモト君とやらが剣でブスッ・・と俺を刺した時、アズマ達は命のスペアについて知らなかった訳で・・。

 つまり、二条松高校の皆さんは、気絶した俺が刺し殺される現場を見て見ぬ振りをしたということだ。

 あの時の事は、上条カミジョウさんから教えて貰っていたし、坂本サカモト本人も言っていた事だが、改めて聴かされると何だか悲しい。


「ああ、なんか・・寂しかったな」


 あの時、ボク、号泣しちゃったんだ。泪で前が見えなかったんだ。


「我々の元へ森の民エルフが訪れて、森の結界を破った者がいること、恐らくは異界の人間による犯行だということを告げられた時には、犯人はおまえだろうと告げ口をした」


 いやぁ、間違って無いけど、涼しい顔で何を言ってくれちゃってますかねぇ? あの後、俺はエルフの娘さんと殴り合いをさせられたんですけども・・。


「・・なんか腹が立ってきたな」


 よく考えたら、俺って酷い扱いしか受けてないよな?

 森の民エルフには樹から吊されたし? そういえば、あの時襲って来た蜘蛛女って何だったの? まさかの刺客? あんなのが森の民エルフに知られずに樹にんでいるわけないよね?


 あんな事をされておいて、どうして俺は森の住人達のために戦っちゃってんの? おかしくない?


「あれ・・?」


 色々あって忘れていたけど、俺はもうちょっと自分の身に起きた事を考えないと駄目なんじゃ?


 二条松高校のみんなや樹海の人達・・どうして、俺は手助けしてるんだっけ? よく考えたら、義理も何も無いじゃないか。


(でも、二条松の女子は・・まあ、助けちゃうよねぇ、綺麗な子が暴行される寸前だったんだ)


 あの場面は理屈どうこうじゃ無いでしょ。男の子なら助けようとするでしょ。


(樹海の連中は・・)


 ユノンが居なければ、ここまで頑張らなかっただろうなぁ・・。


 でも、そう考えると、ちゃんと理由があるじゃん?

 男の子が頑張る理由としては上等なんじゃないかな?

 酷い事をされそうな綺麗な女の子を助けたい、可愛い女の子に格好良いところを見せたい・・それで十分だよな?


(なんだ・・ちゃんと納得できる理由で頑張ってるじゃん)


 俺はちょっと安心した。


「それで、殺人狂のアズマ君は、皆様に殺されかけ、見捨てられた哀れな小ウサギさんに何の用事かな?」


「・・・申し訳なかった」


 アズマが深々と頭を下げた。


「すいませんでした」


「ごめんなさい」


 綺麗どころが次々に頭を下げて謝る。


(・・胡散臭うさんくさいな)


 結城浩太君は、少しおへそが曲がっていますよ?

 こんなもんで、少年の傷ついた心は癒やされたりしませんよ?


(まあ・・その辺、すっかり忘れてたけど)


 どこかで、アズマ達については割り切って考えていたから、今では、そう言えばそんな事もあったかな・・くらいの薄い気持ちしか動かない。


「で・・?」


 依頼というのは何だろう?

 ファッションモデル系からアスリート美人まで取りそろえて、純情無垢な少年に何をさせようと言うのか?


「実は・・その、我々も色々あって・・グループを別けることになった」


「ほほう?」


 人の不幸は蜜の味。ハーレムキングがしくじったらしい。ざまぁ・・。


「いや・・たぶん、結城が考えているような理由では無い。純粋に、理念・・・目的の違いだ」


「ふうん・・」


 俺は、美形軍団の表情をちらっ・・と見た。


「俺をリーダーにしたAチーム、本郷ホンゴウをリーダーにしたBチーム・・チーム名はとりあえずの仮称だ。その内考える事になっている」


「へぇ・・何人ずつに別けたんだ?」


「6人ずつのチームを考えている」


「人数足りてないじゃん」


「ここには来ていないが、森の民エルフと獣人から有志が参加してくれる」


「・・ふうん」


 ついに、森の民エルフや獣人にも、ハーレムキングの毒牙が・・。あの眼鏡でじっくり品定めをして選んでいるに違いない。怖ろしい奴め・・。


「ただ、全員がそうしたグループでの戦闘行為を続けるのは難しい。本人の適性というものがあるから・・」


「ほう・・?」


 まさか、さんざん遊んで、飽きた女を捨てる流れか? 面倒になったから捨てるとか、どんだけ酷い男なんだ! というか、誰と誰を食い散らかしたんだ? ま、まさか全員を・・?


「それで・・1人だけなんだが、これまで我々と共に戦ってくれていた森の民エルフを・・結城のところへ置いて貰えないだろうか?」


「刺客? スパイ? 綺麗な女の子で油断させて暗殺?・・どうして、そこまで人を憎めるの? どんだけ心が曲がってんの? そこまでして俺を殺す気か? こういうの何だっけ・・ハニートラップか?」


「・・いや、結城の方がかなり曲がっていると思うが」


 アズマが眼鏡を外して、眉間をほぐすように指で揉みつつ嘆息する。


「ふうん?」


 俺は疑念たっぷりな眼差しでアズマを睨んだ。


(じゃなくって・・)


 あれっ? おかしいな?

 これ、根本的に変な話だよね?


(・・何を当たり前な顔して、俺のところに捨てて行こうとしてんの? 森の民エルフとか・・普通に森に帰せば良いじゃん。ここ、樹海の外だよ?)


 俺は、鉄面皮眼鏡の顔をまじまじと見つめた。


 まさか、森の民エルフの女に手を出して、好き放題にもてあそんで、飽きたらぽいっ・・とか? 森の外なら女を捨てても目立たないとか企んだのか? いくら異世界だからって、やって良いことと悪いことの区別もつかないのか、この冷徹眼鏡は?


「どうも・・また、妙な誤解をされているようだが・・」


 アズマが困り顔で本郷ホンゴウ上条カミジョウを振り返っている。2人が軽く肩をすくめて苦笑したようだった。


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