第61話 クーンの宿り木


「お休みのところ申し訳無い」


 出迎えに出てきた森の民エルフの・・たぶん男性がうやうやしくお辞儀をした。いつ見ても、区別が付きにくい。本意ではないが、じぃ〜・・と胸の辺りから腰周りなどを念入りに観察しないと判別できない美麗な容姿をしている。


(たぶん、男・・?)


 きっとそうだろうと思いつつ、巨大な樹の上にある庭園を見回した。

 どうやって造ったのか知らないが、地上から100メートルくらい上、見下ろすと足が竦みそうな高さに、運動場くらいの広々とした平らな場所があり、木造の古めかしい家屋が建っていた。


「かつては、遙かな天上の世界にまで届いてたと言われておりますが・・」


 案内の森の民エルフが説明してくれた。

 今から2千年ほど前に、無法者の巨人族によって巨樹が折られたと伝えられているらしい。巨樹は折られながらも立派な枝葉をつけていて、下から見上げただけでは途中で折れているとは思えない威容だったが・・。


 案内されるまま建物の一室へ招き入れられる。

 そこに、大きな寝台があり、やややつれた感じの美少年(あるいは美少女)が寝かされていた。


 1人の美少年(あるいは美少女)が壁際に控えるようにして立っている。腰に細身の剣を吊しているので護衛だろうか。


(・・というか、本当に洒落にならない造形美・・)


 俺は部屋の中を見回し、勧められるまま置かれていた椅子に腰掛けた。


 入室した俺を見るなり、わずかに眼を細めるようにして小さく頷いたようだった。


「恩人を呼びつけるような真似をして・・失礼しました。私はルティーナ・サキール。思うように動けぬ身故の非礼、お許し下さい」


 声が弱々しい。病気なのだろうか。


「コウタ・ユウキです。なんだか気をつかってもらっているようで・・こそばゆいです」


「ふふ・・我らが血統継承者をお救い頂いたのです。本来ならば、ひれ伏して謝意をお伝えするべきところなのですよ」


「・・ええと?」


 俺は背後を振り返った。椅子は2つ並んでいるのに、いつまで経ってもユノンが隣に座らない。

 それどころか、ユノンは床に両膝を着いて頭を下げていた。日本で言うところの土下座に近い格好だ。


「もしか・・しなくても、偉い人?」


「・・この樹と同じ時を生きて来られた方です」


 ユノンが床を見たまま囁くように言った。


「偉い人なんだ?」


 俺の方はお構いなしに普通の声でたずねる。


「もう隠居して久しい・・枯れ果てる寸前の身です。どうか、お気遣きづかいなさいませんよう」


 寝台の人が穏やかに微笑みながら言ってくれた。痩せて細っているのに、包容力のあるどっしりと落ち着いた雰囲気がある。


「えと・・礼儀とか、そういうのが苦手で、なんだかすいません」


「構いませんよ。ただの年寄りです。そちらの娘御も・・どうか立って楽にして下さいな。それでは貴女あなたの顔を見ることができません」


 17、8歳にしか見えない人が、年寄りだと口にしても、今ひとつピンと来ないが・・。かなりの高齢らしい。


「彼女は、俺の婚約者でユノン。1人だと不安なので付いてきて貰いました」


「ユ、ユノン・・で御座います」


 緊張しきった声と表情で、ユノンが立ち上がって頭を下げた。


「なんとも初々しい・・き夫婦と成られましょう」


「ありがとうございます」


 俺は殊勝げに頭をさげつつ、隣の椅子を手で軽く叩いて、遠慮しているユノンを座らせた。


「ユウキ殿は、異界から漂着されたとか・・」


「はい」


「ずいぶんと理不尽な思いをされたでしょうね」


「・・はい」


「ご不満も・・恨みもあったでしょうに、我々のために血を流し、掛けえのない多くの命を救って下さった」


「外の連中の方がムカついたんで大丈夫です。森の民エルフには・・まあ、樹から吊されたり、軽くハブられたくらいですし」


「・・我が子等の非礼は、この身がびましょう。どうか、ゆるしてやって下さい」


「大丈夫です。俺は、ユノンの味方をすると決めているので」


 俺はきっぱりと断言した。


「闇谷の子・・長の血に連なる娘・・ユノンと申しましたか?」


「はい」


「この度、救って頂いた者達について記した物があると聴きました」


「はい・・こちらに」


 ユノンが糸じの記録簿を取り出した。今回助け出した255人分、氏族名、名前、捕らえられた場所、相手の様子など細かく聞き取って記した帳簿だ。


「レーデウス・・」


「はっ」


 壁際に控えていた美麗な少年が進み出てユノンから帳簿を受け取った。


「読んで聴かせて下さいな」


かしこまりました」


 レーデウスと呼ばれた美少年が落ち着いた声音で帳簿に記載された内容を読み上げ始める。


 その間、寝台のルティーナ・サキールは眼を閉じて聴いていた。


 途中、端折はしょるかなと思っていたが、レーデウスという少年は記載されているまま、正確に総てを読み上げていった。ルティーナ・サキールも、言葉を挟むこと無く聞き入っている。


「・・ありがとう、レーデウス。手間を取らせました」


「勿体なき御言葉・・」


 美少年が片膝をついて一礼し、記録簿をユノンに返却してから壁際へとさがった。


「ユノン・・」


「はい」


「まだ成人の儀まで間がありますね?」


「・・はい」


き星の巡り合わせです。なればこそ、樹が貴女を招いたのでしょう。ユノン・・貴女にクーンの枝を授けましょう」


「えっ・・わ、私が・・クーンを・・?」


「貴女に相応ふさわしいものですよ」


 ルティーナ・サキールが壁際に控えるレーデウスに頷いて見せた。

 すぐさま、レーデウスが小さな木の枝を黒布に載せて進み出た。ユノンの前に着て、片膝を着くと低頭する。


「・・よろしいのでしょうか。私のような・・私は戦人いくさびとにすら成れなかった非才の身です」


「クーンは夜の使徒・・月光の殿方に寄り添う貴女にこそ相応しいのです。さあ・・お受け取りなさい。相応しいか否かは、その枝が教えてくれるでしょう」


「・・拝領いたします。御神樹様」


 ユノンが震える手で小枝を取り上げ、そっと眼前に掲げ持った。祈るようにして額に近づける。


 途端、小枝が小さな光と化して、ユノンの身体を包み込むように輝いてから、ゆっくりと染み入るように消えていった。


「ルティーナ・サキールが見届けました。クーンの宿り木に幸多からんことを・・」


「・・ユノン?」


 俺は驚いた声をあげた。


 ユノンのやや目尻の尖った大きな双眸全体が紫色に染まっていた。どこが瞳なのか判らない。紫色のレンズを着けたような感じだ。


「大丈夫です・・コウタさん」


 ユノンが軽く眼を瞬かせると、いつもの綺麗な紫瞳に戻った。


「私、クーンになりました」


 ユノンが、照れ笑いに・・しかし、すごく嬉しそうに見つめてくる。


(ごめん、全然分からないんだけど・・?)


 俺には、その喜ぶ理由が理解できていなかった。


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