第59話 獅子(兎)奮迅


(・・そろそろ・・きつい)


 くぼんだ草地に身を伏せたまま、俺は荒い呼吸を繰り返していた。

 ここまで、72人と9匹をたおしている。


 すでに岩地からは追い立てられ、あまり身を隠す場所の無い平地での戦いになっている。


 追っ手は様々だが、魔法を遠くから撃って来る奴はあまり居ない。最初にたおした火球の男と、ついさっき斃した露出狂まがいの女の2人だけだ。他は、光る槍っぽい物や風の刃を飛ばしてくるが、届く距離も狙いの精度も悪く、脅威にはならなかった。


 問題なのは、腕の良い弓手が3人も居たことだ。

 こちらの動く先を読んで矢を放ってくる奴、岩を割るような強弩を使う奴、曲射で物陰へ射たり、速射で何本も矢を放つ奴・・。


 猟師の弓矢で追われる獣になった気分だった。


 ちらと、自分のかたわらを見る。

 そこに頭が砕けた弓手の青年が斃れていた。弓だけでなく、接近してからの短刀を使った戦いでも強く、俺の方も深手を負わされてしまった。怖ろしく強い奴だった。


(あと、21人・・かな?)


 俺を警戒して無闇に前に出ず、互いに声を掛け合いながら包囲網を作り上げようとしている。


(アナン教団の皆さん、何やってますかぁ? ちゃんと仕事して下さい?)


 俺は疲労困憊こんぱいした顔に浮いた汗を拭いつつ、港に立て籠もっているだろうアナン教団の連中にエールを送る。


 なんとなくだが、港町を包囲していた連中まで、こちらへ回ってきた感じがする。

 

 俺は体力が無いのです。

 いや、たぶん、平均的な高校生男子よりは体力が付いたと思うけど・・。

 そんな程度じゃ、この危ない世界では全然足りないわけで・・。


(こっち来んなぁ・・こっち来んなぁ・・)


 必死にお祈りしつつ、匍匐横進ほふくおうしんして窪地くぼちの中を移動している。


 正面やや斜め前方から2人の足音が聞こえてくる。まだ確信を持った歩き方じゃない。俺の正確な居場所は掴めていないのだ。


 粘りに粘ったおかげで、陽が暮れ始めている。

 夕闇に沈む大地の上を、台所の"G"よりも密やかに、視線を切る角度と位置を意識してって行く。


 魔法を使える奴から仕留めて回ったおかげで、追っ手側が警戒をして魔法使いをかなり後方へ下がらせた。探知魔法が及ぶ距離では無い。


 弓や弩が上手い奴も仕留めた。

 こちらもかなりの手傷を負ったが・・。

 雷兎の毛皮は、吃驚びっくりするくらいに丈夫だったけど、強弩や至近からの矢は防ぎきれなかった。おまけに、やじりのかえしが良い仕事をしていて、刺さった矢を抜くだけで大量出血である。


(うぅ・・これ無理っぽい)


 なんだか、意識がふわふわとして心許ない。出血したせいか、手足が思うように動かずに重たい。


(百人組み手とか・・嘘だろぉ)


 どこぞの道場とか、休まずに連続して百人と戦うのだとか聴いた事があるが・・。


(・・ありえん)


 ボク、70人ちょいでギブアップです。


 そろそろ、誰か、助けてくれませんかねぇ・・?


 まあ、敵も味方も、俺の位置をつかめないとは思うけどさ・・。


(このまま時間が経ってくれると良いんだけど・・)


 などと、つい思ってしまったのがまずかったのか、


「隠れている奴っ! 聞こえるかぁーーー!」


 不意に、ぎょっとするくらいの大声が響き渡った。20代半ばくらいの男の声だろう。


「今すぐ姿を現し、こちらへ出て来いっ!」


 何やら頭のおかしな事を言い出した。

 そんな事を言われて出て行く馬鹿がどこに居るというのか・・。


「出て来なければ、我々が捕らえた亜人共を殺してゆくぞっ!」


 声音は勇ましいが、言っている内容は脅迫犯のそれだ。


(やれやれ・・)


 心は痛むが、捕まった皆様には運が無かったと諦めてもらうしか無い。俺は死にたく無いから・・。正直、いっぱいいっぱいなんで・・。


「貴様は、流人だろうっ! 流人も捕まえているぞっ! 同じ故郷の女を見捨てるのかぁっ!」


(・・マジですか?)


 というか、女を人質にするのかぁーー?と問い詰めてやりたいが・・。


 思わず身を起こしかけて、俺は動きを止めた。

 瞬時に冷静さを取り戻す。


(なるほど・・)


 大声を張り上げている奴をおとりにして、左右から5人ずつ、ほぼ等間隔に散開しながら包み込んで来ている。一瞬でも、声に気をとられた俺のミスだ。今の動きで、俺の位置を察知されてしまった。


 どうやら沈黙、見殺しは許されない状況下に追い込まれたらしい。


(でも・・ね?)


 俺は身を低く起こして、そのままスルスルと声を張り上げている青年の方へと近付いて行った。


 わずかな間があって、頭上に真っ白な明かりが灯った。

 魔法の光球だ。

 それでも、俺は小走りに前へと走った。

 耳は包囲を狭める足音を聴いている。


「愚かだが勇敢だな!」


 声を張り上げた青年は、金属の重たげな甲冑プレートメイルに身を包んでいた。しっかり兜を被って目元しか見えない。手には長剣と大ぶりな騎士楯ナイトシールドを持っている。


(雷轟・・)


 走りながら、雷轟を発動した。

 わずかな間を置いて、眩い雷光が当たりへと撃ち放たれていく。幾重にも、俺を中心に渦を巻いて草地を灼いて周囲へと拡散していった。


(耐えた・・?)


 甲冑の青年が騎士楯ナイトシールドをかざして雷撃を受け止めていた。

 無傷という感じでは無いが・・。


「化け物めっ!」


 不当な罵り声と共に、騎士楯ナイトシールドで雷撃を受けたまま突進してきた。

 雷轟は、1度発動すると決まった時間、勝手に放雷を続ける。俺はバリバリと放雷したまま槍を手に前に出た。


「突撃剣っ!」


 青年が何やら叫びながら、長剣ロングソードを前に突き出してきた。

 まだ10メートル近くも距離があるというのに・・。


 そう思っていたら、


(う・・ぅおっ!)


 青い光を纏って、甲冑の青年が俺の目の前ぎりぎりまで肉迫していた。

 雷兎の俊足・・あれに似た技だったらしい。

 違うのは、突き出された長剣ロングソードが魔法光で輝いていることだ。


(・・だぁっ!)


 ぎりぎりで身を捻って避けたが、光の部分が触れたらしく、道着のそでが炎をあげて焼けていた。


(嘘だろ・・ぉぃ)


「よく避けた! だが、これならどうだっ!」


 甲冑の青年が両手に剣を握って頭上に高々と掲げた。


(隙だらけじゃん・・いくか?)


 腹めがけて雷兎の蹴脚を叩き込んでやろうと思った直後、


「ぃぎゃぁぁぁぁ・・・」


 今度は空から雷光みたいな光が降ってきて俺を直撃していた。


「雷光剣っ!」


 青年が誇らしげに叫んだ。


(い、いや・・先に言えよ)


 発動してから技名言うな!


「むっ? これを受けて生きているというのか!?」


 青年が驚いた声をあげた。


「ああ、そうだよ。悪かったな!」


 俺は雷光の中から雷兎の俊足で抜け出すなり、


(一角尖っ!)


 必殺の一撃を起動した。まあ、発動するのは5秒後だが・・。


 2・・3・・


 胸内でカウントしながら、細槍キスアリスを手に甲冑の青年を攻撃する。


「・・やるな!」


 騎士楯ナイトシールド長剣ロングソードで巧みに槍穂をさばき、青年が驚いたように呟いた。


 その時、


(破城角っ!)


 頭突きの発動を、一角尖の発動に合わせて放った。



 ダギィィィィィーーーン・・



 重たい金属音と共に、青年が持っていた騎士楯ナイトシールドがひしゃげて弾け飛び、青年が独楽こまのように回って地面に叩きつけられる。


(マジかぁ・・)


 こいつ、直撃をかわしやがりましたよ? 至近距離からの、初見の一角尖を・・。


(だけど、楯は壊した!)


 俺は細槍キスアリスを手に走った。立ち直る間を与えないために、雷兎の俊足で一気に迫る。


 驚いたことに、甲冑の青年が地面に片膝をついて身を起こしていた。


 それどころか、


「破山裂空旋っ!」


 口元から鮮血を吐きながら、甲冑の青年が長剣ロングソードを頭上へ振りかぶった。

 同時に、剣が光を帯びて、長大な輝く柱のように夜空へと突き伸び、そして真っ向から光の奔流と共に振り下ろされる。


「うがっ・・あぁぁぁぁぁぁぁーー・・」


 ぎりぎりで身を捻って飛び込んだが、半身が強烈な熱に灼かれて肉が焼ける嫌な音を鳴らした。口をついて苦鳴が漏れる。


 だが・・。


「カンディル・パニック!」


 細槍キスアリスを青年の顔面に突き入れながら叫んだ。ぎりぎりで青年が顔を背けて穂先は頬骨を浅く削った程度だったが・・。


「くっ・・なにを」


 甲冑の青年が細槍キスアリスの穂先を逃れて立ち上がろうとする。

 その時、異変が起こった。


「は・・はぎゃぁっ!? おぐ・・ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁーーー・・」


 青年の身体の内から無数に生え伸び、貫き、引き裂いて出たのは、何百という細槍キスアリスの穂先だった。異様な叫び声をあげつつ、青年が身の内から刻まれて肉片となっていった。


 たちまち、人の形を保っていられなくなり、甲冑が重たい音をたてて地面に崩れ落ちる。綺麗な意匠がされた長剣ロングソードが草間の小石に当たって乾いた音を立てた。


「つ・・付け・・付け替え」


 細槍キスアリスを杖にして座り込み、俺は模写技の入れ替えを行っていた。

 一日一回しか使えない技を三つとも発動してしまった。


 個人倉庫から薬湯と気付け薬を取り出して口に含む。



 フッ・・・フッ・・・フッ・・・フッ・・



 そのまま、獣のように荒い息遣いで呼吸を整えながら周囲の音に聞き耳を立てた。


 どうやら包囲してきていた10名全員を雷轟で巻き込めたらしい。息がある者は近くに居なかった。


(勘弁して・・もう、やだ・・無理)


 ジュウジュウと良い音を立てていた左肩から腕にかけてが実に香ばしい。

 意識が飛ばないのは、ユノンに調合して貰った気付け薬のおかげだ。あの子は、毒薬作りの腕も良いが、普通に薬を作らせても素晴らしい腕前をしている。将来は薬局を開設すれば繁盛間違いない。ボクを食わせて貰おう。


(そうだ・・人質・・誰か捕まえたとか言ってた)


 甲冑の青年は、流人という言葉を使っていた。東達の誰かが捕まったのかもしれない。ブラフだと思いたいけど・・。


(だけど、近くじゃないな)


 雷兎の耳で聞こえる範囲には誰も居ない。あるいは、最初の野営地の辺りに繋いでいるのだろうか?


 俺は、地面に散乱した甲冑と長剣ロングソードを見た。結局、青年が何者なのか分からなかったが、遺品を持っておけば何かの照合に使えるだろう。


(楯も・・)


 重たい体を引き摺りつつ、1つずつ丁寧に回収していった。


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